Ore Dake Kaereru Kurasu Teni

Mental contamination

「そろそろルシアの言った期限が近づきつつあるんだが……」

俺は拠点にしていた場所で国の騎士達といつでも出撃が出来る準備をしていた。

「ふむ……何分、大活性の時期に合わせて出てくる事が多いからのう。早める事は出来ても噴出のタイミングを完全に見計らう事は難しいのじゃ」

「それじゃあ困るんだが……」

相手の方は地中に潜って、出現する時を待っている様な存在だ。

倒すにしても何にしても、出てくるのを待たなきゃいけない今があまりにも歯がゆい。

「過去にもおったぞ。火山の噴火を待つようなものだと表現したのは誰じゃったかな」

「言い得て妙だな」

「ガウー」

襲い来る魔物達の殲滅はある程度出来てはいる。

割と凶悪化していて強力な魔物だ。

これもあの子の影響で俺達の総Lvに合わせた変異をしているとか何とか。

「魔物の変異もまだ予兆でしかないからの」

「そういや森に生息しているユニークウェポンモンスターとかはどうなっているんだろうな?」

あの森にもユニークウェポンモンスターは生息している。

ワラビーとかカンガルーとか、後クマ子の元種族であるパンチングベアーとか。

「汚れた大地の気配に一斉に避難をしておるじゃろうな。後は意図的に汚れを取りこんでいる者もおるじゃろう」

「そんな事もあるのか」

「例えばクマ子と同系統のパンチングベアー系はデビルズパンチングベアーに変異して力を得た者もおる」

「ガウー」

「誰じゃったかな。戦った者がおったぞ。まさにアクマとか冗談を言っておった。ユキナリもクマ子をアクマ子にするかの?」

「それは何かの冗談なのか?」

ルシアはかなり適当なデッサンで、どんな魔物なのかを描いて見せる。

クマに悪魔っぽい羽と尻尾、そして捻じれた角が付いた感じだ。

「ガウー」

これも悪くないって顔をして何度も頷くなよ。

下手をすると実さんが泣くぞ?

少なくとも実さんの許可が必要だ。

変な揉め事は避けたいからな。

「精神とかは大丈夫なのか?」

「魔素を取りこんだベアー系魔物扱いじゃ。この世界の人類未踏地域に生息しておるからあくまで発生、変異させるだけじゃな」

「安易に出てくるってだけ?」

「そうじゃ」

なんだかな。

そんなにまでして武器強化に走る冒険者とか……いそうだなぁ。

なんて言うかライクスだけじゃないけど、この世界の冒険者って割と命知らずなの多いみたいだし。

ただ、その割に逃げ足は優秀みたいだけど。

「かと言ってな。はぐれのシャコを仕留めたからなぁ」

「ああ、既にその領域におるのか。ボクサー系では最上位に位置する魔物じゃからのう……劣化バリエーションになりかねん」

「ガウガウ」

「なに? 全てが解決したらミノリと交渉して検討したいじゃと? クマ子は変わっておるの」

「何だかんだで可愛い系よりも凶悪系を望んでるのか?」

「ガウー」

クマ子は頷く訳でも否定する訳でも無い態度で鳴いた。

「そっちの方が、色々と出来そうだからじゃそうじゃ」

「色々……便利な言葉だね」

少なくとも、変な事は企んで欲しくはない。

まあ、クマ子なら……大丈夫なのだろうか?

そこは一応信頼しているつもりだ。

「早く事が起こってくれないと俺も困るんだがな。茂信達の事もある」

「……そうじゃな」

比較的軽度の茂信達でさえも戦闘をするのが難しい程に精神汚染を受けている。

誰かに当たるなんて事は無いんだけど、こう……茂信達の纏う空気がとても重たい。

常時不機嫌そうな雰囲気って奴だ。

俺が声を掛けると気難しい顔を僅かに見せる。

依藤達の方は重傷で、ルシアの用意した施設で症状の緩和はしているが、個室に閉じこもって出られない様にするほかない。

汚染も酷く、暴れたい衝動をどうにかして我慢している姿が痛々しかった。

「羽橋……次に来る時は……全てが終わってからにしてくれ。じゃなきゃ俺は俺が許せなくなる事を、お前に言ってしまいそうだ」

そう、胸を抑え、今にも泣きそうな顔で依藤は俺に懇願した。

だから俺は依藤の願い通りに頼まれた品を差し入れる以外はしていない。

音声転移を切った状態で依藤達を確認すると、とても殺伐とした表情で閉じこもっている。

出せ! とか呪ってやる! とか、色々と呪詛に満ちた物を壁に書き記している者も多い。

発作が治まると、自身のした事に対して複雑な心境で消しているんだけど、血文字で書いていたりして見ていられなくなるんだ。

本人達でさえも呆れているのか消している時は苦笑いを浮かべている。

笑わなきゃやっていられないって事だろう。

「とりあえずユキナリよ、少なくとも数日中に間違いなく起こる。もう膨れ上がった力の胎動をそなたも感じる事が出来るじゃろう?」

「……ああ」

時々、大地が脈動する様に森中が紫色に光が走る事がある。

蛍火の様な明かり……ウィルオウィスプみたいな明かりが時々明滅して森の形相が様変わりしているのは確かなんだ。

出来る事は全て試した。

ライクス国のみんなも十分に注意してくれている。

王様に至っては危機に対して、俺に10億ポイントもの寄付をしてくれた。

税で集めたポイントや金銭を俺に渡してくれたんだ。

世界平和のために、と。

俺はそのポイント全てをLvや能力に割り振っている。

「――っ!」

そんな感じで準備を整えつつ、来るべき時に備えていたその時……。

一際強い、地震とも異なる空気のざわめきがその場にいた者達の体を通り抜けて行った。

「時が来た! 皆の者、恐れることなく戦うのじゃ!」

ルシアがそう宣言するのとほぼ同時だった。

拠点の北東辺りで天を貫くほどの大きな光の柱が噴出し、地響きを立てて、その柱の近くに地面から轟音と土煙りを立てて建築物が地面から現れた。

「気を付けるのじゃぞ。前にも注意したが、あの建物から無数のアンデッド共が湧き出しては辺りの生者に向かって襲いかかってくる。此度の規模ではどんな化け物が出てくるかわからんぞ!」

「俺が先陣を切って行く。一刻も早く……この戦いを終わらせる!」

既にルシアから無数の傾向を聞いて騎士や冒険者達は、どう動くか十分に打ち合わせをしていた。

準備は十分過ぎる程している。

後は予定通り戦うだけだ。

「作戦をちゃんと頭に入れておくのじゃ。舐めていると即座に奴等の仲間入りじゃぞ!」

「「「おおー!」」」

騎士や冒険者達の号令を聞きながら俺は剣を掲げ、飛び出して行く。

俺の武装は茂信が強化してくれためぐるさんの剣とルシア、そしてクマ子だ。

クマ子とルシアが打ち合わせをした結果、状況に応じて俺の手に持つ武器を器用にスイッチするらしい。

ルシアやクマ子が武器化せずに戦闘に参加する案もあったんだけど、今の俺の速度に追いつく事は出来ず、足手まといにしかならない。

ならば武器化した状態でアシストするのが最適だろうという事で、武器状態での援護となった。

出来れば二人とも後方で戦っていて欲しかったんだけどな。

思いがけない、国からの10億という投資の影響でかなり能力が上がったから、しょうがない部分もある。

で、俺の攻撃手段は剣術やボクシングだけじゃない。

僅かな期間で習得した応急手当の回復魔法と城や茂信の工房に無数に用意された武具だ。

現在、国中の鍛冶師が能力と素材を使って無数の武器を作り出している。

状況に応じて武器を転移で飛ばして相手を仕留める作戦だ。

Lvの上昇によって、転移で当てる事が失敗しても射出して命中させる事が

出来るようになっているから、ルシアと戦った時と同じくどうにか出来る……と良いんだけどな。

「ゥウウウウオオオオオ……」

やがて黒い塊みたいな無数の影の様な何かが地面から姿を露わして襲いかかってくる。

現れた建物を遮る様に、確実に30メートル以上はある巨大な……影みたいな化け物も現れてこっちに進撃してくる光景は、もはや世界の終焉をマジマジと見せつけているかの様だ。