Ore wa Mada, Honki o Dashite Inai

04. Accidental Hermes

 昼下がりの屋敷、広いリビング。

 安楽椅子でくつろぎながら本を開いていると、なじみの気配が入って来た。

「そんな真面目な顔で何を見ているのですか?」

「姉さんか。これは『オルティア大全集』、いまオルティアって名乗ってる子を集めた写真集――」

「そーい!」

 姉さんは俺の手から大全集をひったくって、豪快なフォームで窓の外に投げ捨てた。

「ああっ! 何するんだ姉さん、まだ半分しか見てないのに」

「そんなものよりももっと真面目なものを見なさい」

「真面目なもの? あるよ?」

「え? あるのですか?」

 驚く姉さん、完全に想定外だったようだ。

「ああ、これさ」

 俺は姉さんの反対側にある丸テーブルからそれを取って、姉さんに渡した。

 数冊分はあるそれを、姉さんは受け取って、開いて中を見た。

「男の人の写真……これはプロフィール? これは何なのですか?」

「姉さんに来てる縁談の申し込み」

「そーい!」

 二度目の全力投球。

 お見合いの写真も窓の外に消えて行った。

「こんなものはどうでもいいのです!」

「ああ、俺もそう思う」

「え?」

「このタイミングだ、カノー家が弱体化してると見てあわよくば乗っ取ろうとしてる連中の魂胆丸見えだからな。それに乗るわけがない」

「そうなのですか?」

「ああ。それにそいつ、一番下のヤツ。上手く隠しているけど結婚と離婚で成り上がりを繰り返してる。今じゃなくて、いずれ姉さんが俺の上に来るのを見越して申し込んできてる。俺を当主にするために姉さんは俺の養女になったけど、それを解消したら姉さんは姉さんだからな」

「……ほらね」

「うん?」

「やっぱりヘルメスはちゃんと物の本質を見抜ける子。そうやって本気を出せば歴代の誰にも負けない素晴らしい当主になるはずですよ」

 やべ、やぶ蛇だった。

「ま、まああれだ。父親が初婚もまだなのに娘が先なのはないな、父の威厳と沽券に関わる」

「ええ、そうですね」

 姉さんはいかにも「分かってますよ」って顔をした。

 くっ……まあいい。

 姉さんには色々ばれてるけど、姉さんだけなら問題はない。

 もっとも、例えちゃんとした縁談でも今はダメだ。

 いずれ家臣団を扇動して、姉さんの元で俺に下克上をさせるんだ。

 だから、

「姉さんは誰の嫁にもやらない。絶対に」

 宣言してからはっと気づいた。

 この台詞はかなり本音で本気だった。

 本気ってのを見抜かれてまた姉さんに突っつかれるとまずい、と思って慌てて姉さんを見たが。

「……」

 姉さんは何も言わないで俺を見ていた。

 心なしか顔が赤い、瞳がトロンとしている。

「どうしたんだ姉さん」

「い、今の」

「今の?」

「今の……もう一度言って」

「……」

 なるほど、俺の本気の台詞をもう一回引き出したいって事か。

 その手には乗らないぜ姉さん。

 俺は、本気なんて出さない。

「姉さんは何処にも嫁に出さない」

 今度はあっさり、ちょっと軽めに言い放った。

「はい……わかりました……」

「……」

 姉さんはますます顔を赤くしてうつむいた。

 お決まりの台詞、ヘルメスは本気を出せばすごい、は出なかった。

 顔がますます赤いのはむっとしたからだな、ふふ。

 ごまかしは成功だ。

「ねえ……ヘルメス」

「なんだ姉さん」

「今の顔、誰にも見せないでね」

 二回目のだろ? わかってる

 あんな軽薄な顔をするなという、いつもの姉さんだ。

     ☆

 次の日、謁見の広間。

 ミミスがものすごく難しい顔で俺に面会を求めてきた。

 相手は家臣団じゃなくてミミスだけ、しかも姉さん同席を指定してきた。

 俺と、ミミスと、姉さんの三人だけ。あまりない組み合わせだ。

 何かあったのか?

「今日は何の用だ?」

「率直におたずねする。ご当主はソーラ様の縁談を全て却下なさるおつもりだと聞きました」

 ミミスは縁談写真をとりだして、ちらつかせていた。

 俺の手元に届いたのは姉さんが地平線の彼方に投げ捨てた(そーい)が、筆頭家臣のミミスの手元にも同じものが届いてるんだろう。

 それを、俺に見える様にちらつかせた。

「ああ、そうだが?」

「その理由は?」

「理由?」

 何だってそんな事を。

 理由なんて家臣にはどうでも――

「一説には、ソーラ様に邪念を抱いているがため手放したくないから、という噂もございますが」

「んなーー」

 なんじゃその根も葉もない誤解は。

 俺が姉さんに惚れてるからって? なんじゃそりゃ。

 マジで何じゃそりゃだぞ!

「メイドの間で噂になっておるのですぞ」

「……」

 ハッとした。

 昨日か! 昨日のあれか!

 俺と姉さんの会話の中で姉さんは顔を赤くしてた。

 そこだけを切り取って邪推しやがったな。

 まずい、これはまずい。

 無能とか横暴とか思われたいけどこれはまずい。

 というかいやだ。

「そんな事はないぞ」

「では、何故なのでしょうか」

「ミミス、これはあなたの責任でもあるのではありませんか?」

 横で黙っていた姉さんが口を開いた。

 姉さん自身の名誉のでもあるから、彼女が説明をしようとしてるようだ。

 うん、ちょっとパニックってる俺よりも、ここは姉さんの方がふさわしいかもな。

 そう思って姉さんに任せた。

「私のせい……どういう事ですかな?」

「ヘルメスがちゃんと調べ上げました。ほとんどがカノー家を乗っ取りたいか、家名を利用したいだけで申し込んできた者ばかりです」

「なっ!」

「なっ!」

 俺とミミスの言葉がかぶった。

 流れ的に俺が声をあげるのはおかしい。

 ミミスは俺を見た。

「う、あー……」

「どうしたのヘルメス、こんなの、昨日ヘルメスが私に話した事ではありませんか」

「そ、そうだけど」

 くっ、謀ったな姉さん!

「それと、このタラトスという男」

「おお、その若者が一番将来性――」

「結婚と離婚を繰り返した成り上がり者だとヘルメスは突き止めました」

「――んな!」

「おおっふぅ!」

 また同じタイミングで声が上がってしまう俺とミミス。

 しかし今回はミミス、俺の方を見る余裕はなかった。

 姉さんを完全に説得できた理由は、同じようにミミスにも効いた。

「もう一度ちゃんと調べるのですよ」

「しょ、承知いたしました」

 やらかしたミミスは姉さん――そして俺に土下座する勢いで頭を下げた後。

 血相をかえて謁見の広間から飛び出していった。

 残ったのは俺と姉さん。

「姉さん……謀ったな?」

「あーら、何の事かしら」

「もう……こっそりででも本気出さないから……」

 俺はうなだれた。

 まんまと姉さんに一杯食わされたぜ。

 はあ……。

「……くすっ」