『デイリー・セブンルクス』の記者、シャキールは自室で苦悶していた。
「なんで俺は、あんな契約を交わしちまったんだ」と……!
彼が交わした契約は、『のらいぬや』がコンサルティングしている店の、開店一ヶ月後の取材の約束である。
店の売り上げが回復していなければ、『のらいぬや』のオーナーとローンウルフを徹底的に糾弾する記事を書き上げ、この国では商売ができないようにしてやることであった。
しかし現状は、勝負の対象となった店は増収増益を重ねており、店主はニッコニコ。
『のらいぬや』のオーナーとローンウルフを詐欺師呼ばわりどころか、今では神と崇めるまでになっていた。
適当に取材をして流すという手もあるのだが、契約には『取材したありのままを載せる』とある。
そんな契約は守らず、あることないこと好き放題に書き散らすとう手もあるのだが……。
この世界における魔蝋印(タルプ)と魔血筆(ザイン)、両方を用いた契約は、とても重いものとされている。
契約内容の大小を問わず、契約を履行しなければ重い罪に問われるのだ。
なぜかというと、契約を破って罰を受けるほうがマシ、などという選択ができないようにするためである。
現状のローンウルフとの契約から勘案するに、破れば最低でも10年、下手をすると20年は刑務所に入れられてしまうだろう。
そうなれば、シャキールの記者生命は終わりである。
なにせ新聞記者といえば、表向きは『真実の探求者』ということになっている。
そんな立場の人間が、重大なる約束ともいえる、契約を破ってしまったらどうだろうか。
その記者の書く記事はどうせウソっぱちだろうと思われ、誰も信じてくれなくなるだろう。
しかしシャキールもかつては『真実の探求者』と呼べるほどのまっというな記者であった。
その原点に立ち帰り、『のらいぬや』の凄さを、ありのままに記事にするという手もある。
しかし『のらいぬや』は、バンクラプシーとの戦いの真っ最中。
バンクラプシーの配下ともいえるシャキールが、『のらいぬや』を絶賛する記事を載せてしまったら、どうなるか……。
バンクラプシーの怒りを買い、シャキールは二度とこの国で記者ができなくなるばかりか……。
働き口もなく、一生、路上暮らしに……!
どっちにしろ、詰み……!
行先だけは選べるが、刑務所か路地裏かという違いでしかない。
どちらの記事も書かずに逃亡するという手もあるが、それは最悪の選択肢である。
この国内からは逃げられないうえに、さらに憲兵と勇者、両方から狙われる立場となってしまうからだ。
「うおおおおおんっ!? 俺はいったい、どうすりゃいいんだぁ~~~~~っ!?」
自室の床に倒れ込んだまま、どすんばたんと身体をのたうたせ、懊悩するシャキール。
そこに、思いも寄らぬ人物が訪ねてきた。
それは……いまの彼にとっては、疫病神ともいえる人物……。
そう、オッサンであった……!
「お……お前はローンウルフ!? なんでここが俺の家だと……!?」
「ちょっと、調べさせてもらったんですよ」
「くそっ、何の用だよ!? 約束の取材なら、週明けの予定だろうが!」
「単刀直入に言います。
私の言うとおりに記事を書けば、あなたが記者を続けられるようにしてあげましょう」
「なんだと?」
「この国ではもう無理ですが、ドッグレッグ諸国には新聞社の知り合いがおりますので、その人を紹介しましょう」
「ドッグレッグ諸国だと!? いまこの国と大変な緊張状態にある場所じゃないか!
仮にその知り合いとやらが本当にいたとしても、国境の検問はただでさえ厳重なんだ!
出られるわけがないじゃないか!」
「それは大丈夫です。いくつかルートがありますので。
少し窮屈かもしれませんが、あなたを安全にドッグレッグ諸国に逃がすと約束しましょう」
「ほ……本当か?」
「ええ。私の言うとおりに記事を書いてくれるのであれば、必ず」
シャキールにはもはや選択の余地はなかった。
今ある道がどれも地獄なら、不意に垂れてきた蜘蛛の糸にすがるしかなかったのだ。
たとえその糸が、天国に見せかけた、さらなる地獄に繋がっていようとも……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シャキールは覚悟を決め、『のらいぬや』のコンサルティングを受けている店を取材した。
店主たちはみな、こぞって『のらいぬや』を賞賛。
屋号こそ野良犬だが、まるでペットコンテストでグランプリを獲った名犬のような絶賛ぶりであった。
シャキールはそれを、記事としてしたためる。
彼はずっと、ゴージャスマートや金をもらった個人商店の提灯記事、もしくは金を払うのを拒んだ個人商店に対し、あることないことあげつらった記事をずっと書き続けてきた。
今回は初めて、金銭の授与なく個人商店を、いや『のらいぬや』を持ち上げた記事を書いたのだ。
書き上げた記事の編集長チェックは、問題なく通った。
なぜなら編集長は、『のらいぬや』とバンクラプシーとの確執を知らないからである。
それどころか、シャキールがバンクラプシーと繋がっていて、シャキールが編集長の座を狙っていることすら知らない。
編集長はてっきりいつもの店舗紹介記事だと思い、そのまま通してしまった。
よってゴージャスマート、とりわけバンクラプシーにとっては、
「な……なんじゃこりゃあっ!?」
となるほどの特ダネが、『デイリー・セブンルクス』に現れたのだ。
さっそく、同じ新聞を読んでいたノータッチから突っ込まれる。
「ちょっとバンクラプシーさん、どういうことなんですか!?
この記事は、あのシャキールとかいう記者が書いたものでしょう!?
彼は我々が『のらいぬや』と争っていることを知っておきながら、どうしてこんな一方的に持ち上げるような記事を!?」
この時ばかりはさすがのバンクラプシーも、一変の笑みも見せなかった。
「ぐぐっ……! あのガキぃ……!
この俺が、せっかく目を掛けてやってたのにぃ……!」