火事あけて一夜、ゴルドウルフは太陽が昇るよりも速く、錆びた風とともに大地を駆け抜けていた。
ルタンベスタ領の『スラムドッグマート』をすべて巡り、被害状況の確認と近隣へのお詫び。
そして衛兵の現場検証を終えた場所から、店員たちに特別手当を支払って焼け跡の撤去を指示する。
撤去は地元の業者に頼んだほうが安くて効率的だったのだが、オッサンは敢えてそれはしなかった。
ちなみに火災の原因については、不審火ということで片付けられた。
それはそうだろう。数百の店舗から一斉に火の手があがったのだから。
放火であるのは明らかであったが、犯人が挙げられることはないだろう……。
オッサンはそう諦観していた。
そんなことよりも、今はまず店の復活を優先させる。
全焼となれば営業許可証などの再発行手続きが必要なのだが、1号店に集約されていたそれらをプリムラが命がけで救ってくれていたおかげで、すぐに実務に移れた。
ゴルドウルフは全店に対し、更地になった『スラムドッグマート』跡地に、屋根と支柱だけのパイプテントを設置するよう指示。
火事から3日後というペースで、仮店舗での営業再開にこぎつけたのだ。
普通に考えても、驚異的な立ち直りの速さである。
まず、オーナーがよほど図太い神経の持ち主であったとしても、火事からのショックにしばらく立ち直れない。
たとえメンタルが元通りになったとしても、テントでの営業など思いつきもしないだろう。
そして何よりも、商品……。
全焼してしまったら、売るものをまたイチから仕入れないといけない……。
しかし……しかしである。
ここであの『ゴルドくんカバー』が、奇跡を……いや、必然を引き起こした。
オッサンはかつての『新・捨て犬作戦』での経験で、ジェノサイドダディの放火に備え……。
閉店後の商品棚にかけていた『ゴルドくんカバー』の素材に、耐火の布を使っていたのだ……!
そう……!
店舗(ガワ)はすべて燃えてしまったが、肝心の商品(ナカミ)は健在……!
そしてこれこそが、野良犬がいちはやく復活できた最大の理由でもある。
死体を穴に埋めたあと、シャベルの背で地面をポンポン慣らしていると、背後から肩をポンポン叩かれるような……。
早すぎた埋葬をも超越する、超光速リベンジ開始の秘訣であった……!
しかし、商品があるから何だというのだ、と思われるかもしれない。
しかし……しかしであるっ!
オッサンは、この状況で商品を生き残らせることに、大いなる意味を見出していたのだ……!
営業を再開したスラムドッグマート、各仮店舗の前には、手作りの横断幕が掲げられていた。
そこには、こう書かれている。
『炎の精霊に愛された武器』
と……!
そう、そうなのだ……!
オッサンは生き残った武器たちに、新たなる付加価値を付けたのだ……!
『あの大火事でも燃え残った武器……それはすなわち、炎の精霊に愛された武器である』
と……!!
これは、台風でも木から落ちなかったリンゴが、縁起モノとして珍重されるのと同じことである。
縁起を担ぎたがるのは、なにも試験を控えた学生だけではない。
豪胆な冒険者たちといえども、心根は同じなのである。
彼らは、「生きて帰れるんだったら、お前のデベソだって拝んでやらあ」と冗談を言い合うほどに、運気というものを重視する。
それは、無理からぬことと言えよう。
なぜならば彼らは『命の試験』という名のクエストに、日々立ち向かっているのだから。
火事で燃え残った武器や防具に、炎の精霊の加護を見出し、ありがたがるのも当然である。
もちろん彼らがその気になれば、同じようなモノを人為的に作り出すことも可能であろう。
愛用の装備を耐火の布にくるんで、焚き火にくべればいいのだから。
しかし……想像してみてほしい。
農園の中に巨大な扇風機が持ち込まれ、レボリューションのごとく風に煽られる、リンゴたちの姿を……。
それで枝に残ったところで、彼らに神秘など感じるだろうか?
それは否であろう。
是(ぜ)とされるのは、あくまで不可抗力。
不幸な巡り合わせにもめげず、必死に抗い……!
すべてを失っても足掻き続け、ついには乗り越え、生き抜く……!
その醜くも美しい姿にこそ、冒険者たちは自分の姿を重ね合わせる。
俺もがんばるから、お前もがんばれ……!
と、いつしか戦友のような意識を感じるようになるのだ……!
オッサンはそれを商品だけでなく、『スラムドッグマート復活作戦』の全体を通してのテーマに据えていた。
火事で燃え残った残骸を、店員たちが力をあわせて片付け……。
綺麗な新店舗が建つのを待たず、仮設テントで営業を再開する……。
気の利いた看板などはなく、すべて手書きの紙や布……。
それでは目立たないと、店員全員が一丸となって声を張り上げ、客を呼ぶ……。
これらの一連の出来事は、災害ですべてを失い、瓦礫の山から再起する不死鳥のような……。
感動的なドラマとして、人々の心を動かしたのだ……!
野良犬は、転んでもタダでは起きぬ。
そう、忘れてはならない。
彼は実にすばやく、したたかで、強靭なのだ……!
『スラムドッグマート』はかつて1号店がオープンした当初のような、息つくヒマもないほどの大盛況に見舞われる。
それも1号店だけでなく、100をこえる店舗が、全店……!
『炎の精霊に愛された武器』たちは、倉庫にあった分もまとめて一気に売り切れてしまった。
それこそ翼どころか、プロペラが生えたような勢いで……!
しかも、客足は衰えることはない。
いつの間にか冒険者たちの間で、野良犬の店は『炎の精霊に愛された店』に格上げされていたのだ。
あの店で揃えた装備があれば、精霊の加護が得られる。
噂が噂を呼んで、冒険者たちが殺到。
店の商品は連日、開店と同時に瞬殺というのが恒例となった。
それはプロペラどころか、ジェットエンジンを搭載した勢い……!
もはや他の店に行く理由は、スラムドッグマートの在庫が空っぽになった時だけ。
ルタンベスタ領にある他の『冒険者たちの店』は、野良犬のおこぼれを貰う立場になってしまったのだ。
それはかの、『王様の店』も例外ではなかった……!
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!? おでのみせ、客がだれも、だれもいなくなっちまったどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!? なんでだ、なんでだなんでだなんでだ!?!?!? のらいぬは燃えてなくなったのに、なんでまだ客がこないんだど!?!!?!? なんでだ!? なんでだなんでだなんでだっ!?!?!? なんでなんだどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
ゴージャスマートのルタンベスタ領本部では、昼夜を問わず、野獣の断末魔が轟いていたという。
スラムドッグマートは仮店舗という状態にもかかわらず、90%のシェアを獲得するに至っていた。
すでに圧勝といってもいい。
もはやゴージャスマートは、放置しておいても消え去るであろう風前の灯火。
しかし……すでに野良犬から狼へと変貌を遂げていたゴルドウルフ。
成敗(イレース)モードに入っている彼が、自然消滅など許すはずもない。
満身創痍で、死期を悟って姿を消そうとするライオンを……!
どこまでも追い回し、トドメの一撃を加える……!
そう……! 狼は最後の一手……!
相手を徹底的に叩き潰す、絶滅の一手に出た……!
それは、あまりにも非情……!
死ぬ時は決して亡骸(なきがら)を見せない、百獣の王を……。
サバンナのど真ん中で、無様に朽ち果てさせるほどのものだったのだ……!