モンスターなどから獲れる羽根や爪、そして内臓は『素材』と呼ばれ、人々の生活を豊かにするために利用されている。

しかしそれを集めるには命の危険が伴うので、必要とする人々は自分では行わず、クエストという形で冒険者たちに依頼する。

依頼を受諾した冒険者たちは、まずその対象モンスターが棲息する場所まで向かう。

モンスターというのは大抵、山奥にある深い森や洞窟などの、おおよそ人里から離れた場所に棲息しているので、移動にもそれなりの時間と労力を必要とする。

冒険者たちは棲息地の近くに到着したところで、安全な場所にキャンプを張り、そこを拠点として狩りを行う。

現場の近くで寝泊まりすれば、夜になったからといってわざわざ最寄りの街まで戻る必要はなくなり、狩りの効率を最大限にまで高めることができるのだ。

オッサンは『最果て支店』で売上を立てるにあたり、冒険者たちがキャンプを張るであろう場所に目星をつけ、そこで待ち構えるという形で『行商』していた。

しかし街中などの安全な場所ならともかく、戦場カメラマンのごとく最前線まで出張ってくる行商人など前代未聞。

冒険者たちはクエスト中に足りないものがあれば、居合わせた他のパーティと交渉して融通しあう。

本職がいてくれればその必要はなくなるのだが、キャンプ地にいる商人というのは、彼らにとっては実に異質な存在だったのだ。

最初は野盗かと警戒されるのだが、そこはオッサンの接客術があれば打ち解けるのはすぐであった。

オッサンは少し世間話などしてみて、相手が普通の冒険者だとわかれば、陣取っていた梁の上から降りる。

そして、彼らにさらなるサービスを提供した。

「『セラー・ピラー』を狩りに来たのでしょう? でしたらここでキャンプを張ると良いですよ。そうだ、『セラー・ピラー』は外皮が硬いですから、武器のほうを研ぎ直してさしあげましょうか? あとそこの魔法使いの方、ローブの裾が破れてますね。戦闘中に踏んで躓くと危険ですので、それも繕いなおしましょう。あ、どちらもサービスでやらせていただきます」

オッサンは息子ほどに歳の離れた相手であっても、慇懃に振る舞う。

血気盛んな戦士たちの剣を丁寧に受け取ると、砥石を使ってシャカシャカ。

世間知らずな魔女っ娘のローブを、ソーイングセットを使ってちくちく。

それらの『サービス』を受けた冒険者たちは、もちろん感じていたことだろう。

どうせ何かを売りつけるためにやっているんだろう、と……。

しかしこの時点では、オッサンは何もセールスしない。

彼らの仕事開始を気持ちよく送り出すのみ。

冒険者たちがキャンプを残して奥へと進んで行ったあとは、水の補給。

このホーンマックの山々にある洞窟へは、尖兵(ポイントマン)として何度か来たことがあるので、水場なども把握している。

オッサンはキャンプ地に着いてすぐ、壁に水筒を設置して、染み出ている水を集めていたのだ。

それは山からの湧き水で、地中を通って濾過(ろか)されているので川の水などよりも安全。

オッサンは満タンになった水筒を回収すると、梁の上のキャンプに戻ってポットに移し、火にかけた。

水をさらに煮沸消毒しようというのだ。

ちょっと神経質に見えるかもしれないが、オッサンは『清潔な水』を得るためには手間を惜しまなかった。

なぜならば汚れた水を飲んで腹を下した場合、水分を補給するどころか逆に、身体の水分を奪われることを知っていたからだ。

自分が飲むだけならまだしも、訪れた冒険者たちに提供している水なので、浄水に手を抜くわけにはいかなかった。

ポットが沸騰したら火から外し、持参したハーブを加える。

森で採取し、乾燥させたオッサンのオリジナルブレンドだ。

するとさわやかな香りがキャンプじゅうに広がる。

タイミングはバッチリ、狙いすましたように先ほどのパーティが戻ってきた。

『セラー・ピラー』は大人の腕くらいあるイモムシなのだが、倒すのに手間取ると絶命する際に臭気を放つ。

その最後っ屁はすさまじい臭いで、巣を襲う外敵を遠ざける効果がある。

狩りをしているとその悪臭が充満してしまい、とてもではないが戦い続けられないのだ。

多少なら鼻栓で凌げるのだが、臭いがキツくなると目にも染みてくる。

わずかな成果で退散を余儀なくされたのか、彼らは気が立っていて口々に言い争いをしていた。

しかしキャンプ地に広がる芳香に気づくと、険しい顔がふっとほころぶ。

そしてまた、オッサンのターンがやってくる。

「おかえりなさい。セラー・ピラーの臭いは大変だったでしょう。気分転換にハーブティーはいかがですか?」

オッサンが用意していたのは、リラックス効果のあるハーブティーだった。

そう、オッサンは冒険者の気持ちになって、戻ってきた彼らを最も癒やすであろうものを先回りして準備していたのだ。

冒険者というのは身体が資本なせいか、肉体には誰もが気を遣っている。

モンスターと戦い、傷ついた場合はポーションや魔法ですぐに治そうとするのだが……。

しかし、精神面に対しては無頓着な者が多い。

肉体と同じくらい重要な要素であるというのに、傷ついてもケアしない者がほとんどである。

オッサンはそこに目をつけ、彼らの傷ついた気持ちを癒やした。

特製のハーブティーを飲んだ冒険者たちの、ささくれ立った心はすぐに元通りになる。

そこでオッサンは初めて提案するのだ。

「これからまたセラー・ピラーを狩りに行くのであれば、こちらはいかがですか? セラー・ピラーが苦手とする草を配合した毒です。刃に塗って斬りつければ素早く倒せ、集団に向かって投げつければ一網打尽にできます。『弱い虫のモンスターにわざわざ毒なんて』とお思いかもしれませんが、こちらの試供品を差し上げますので、試しに使ってみてください」

『セラー・ピラー』というのは別段強いモンスターではない。

なので、わざわざ毒という追い銭を払ってまで狩る冒険者もいない。

オッサンがもし冒険者たちにいきなり毒を勧めていたら、これを売りつけるのが目的だったのかと断られていたことだろう。

しかしオッサンは試供品を挟むことで、さらにワンクッション置いた。

冒険者たちは追い銭を払うことを嫌うが、無料(タダ)ということであれば話は別である。

しばらくして悪臭がまぎれたころ、ふたたびセラー・ピラーの巣へと旅立つ彼ら。

そして、「雑魚に毒なんて使ってどうすんだ、でもまあせっかくだから」という軽い気持ちで、小瓶の蓋を開けたことだろう。

その頃オッサンはというと、ズダ袋の中に詰めておいた毒薬の瓶を床にずらりと並べていた。

彼らがすぐにまた戻ってくるであろうことを予期していたのだ。

ほとんど間を置かずに、再び冒険者たちの姿が見える。

彼らは血相を変え、先を争うようにオッサンの前まで走ってくると、興奮さめやらぬ様子で嬉しい悲鳴をあげた。

「こ……この毒すげえ! すげえよ! あっという間に倒せて、ぜんぜん臭いも残さねぇなんて! これさえありゃ、ガンガン狩れる……! ここにある毒、ぜんぶくれ!」

若き冒険者たちの心にあった壁が、完全に消え去った瞬間であった。

もやは彼らにとってのオッサンは、得体の知れないオッサンなどではない。

向けられた複数の瞳は、先ほどまでとはうって変わってキラキラと輝いている。

オッサンは、瓶といっしょに並べてあったバトルアクスを手に取ると、福の神のような笑顔でこう応えた。

「ぜんぶお買い上げですね、ありがとうございます。あと、こちらのバトルアクスも一緒にいかがでしょう? お昼になると、セラー・ピラーを餌にする『ハイルーフ・スパイダー』が巣から出てきます。このバトルアクスがあれば彼らの脚を簡単にへし折れます。セラー・ピラーを食べられるのも防げますし、なによりも『ハイルーフ・スパイダー』の素材は高く売れますよ」