スクリーンには邪女神トラソルテオトルの像に抱きつく姿が、勇者は大きく、野良犬は小さく映し出されていた。
どこで見ているのかはわからないが、ふたりの生贄の準備完了を確認した壁画の不死王は、高らかに宣言する。
『それでは、第二の裁きを始めるとしようぞ……! 取り決めは第一の裁きと同じ! 『不死王の国』の外にいる、1千人いるそなたらが、勇者と野良犬の運命を決めるのだ! 支持する人数が多いほど、その者に対しての裁きは軽くなると知れい! さあっ、審判の時は来たれり! 我が余興のために、動け! 動くのだ! フハハハハハハハハハハハハハハ!』
リッチの高笑いとともに、ついに客席移動が解禁される。
「あ、危ないですから、その場から動かないでくださいね!」
スタッフたちは苦肉の策として、観客にその場にとどまるよう呼びかけている。
するとゼピュロスファンの間に、言い知れぬ不穏な空気が流れはじめた。
デンデケデンデンデンデンデン! デンデケデンデンデンデンデン!
ドラムを基調とした重苦しいBGMが、より一層不安を煽りたてる。
『よぉし、ではあと10秒で締め切りだ! ……10! 9! 8!』
リッチのカウントダウンに、あたりの様子をチラチラと伺いはじめる観客たち。
それは裏切り者を監視しているのか、はたまた仲間を探しているのか……。
ともあれ、みなの気持ちがバラバラになってしまったかのように、誰もがそわそわしていた。
『心変わりをするなら、今のうちだぞぉ! ……7! 6! 5!』
ゼピュロスのまわりにいた女たちは、心配のあまり彼にすがりついていた。
かたや野良犬のほうは、女たちを近寄らせることすらしなかった。
「いけません。決して私に近づかず、離れたところで見ていてください」
ぴしゃりとそう言われたマザーとプリムラとシャオマオは、「待て」を命令された犬のように、その場で動きを止める。
それは、第一の裁きと同じような布陣であった。
ゼピュロスは女性たちに囲まれながら、それとは真逆に、オッサンは女性たちと離れながら。
どちらが本当に「まわりの者を心配している」かは、もはや明白であった。
勇者はそのことに、気付いていなかった。
もしかしたら野良犬は、気付いていたかもしれない。
それが、「最後の一押し」となったことに……!
『さあっ! 善悪の彼岸は、もう間もなくだっ! さぁ祈れっ、そして唱和しろっ! ……4! 3! 2!』
「よん! さん! にぃ! いちっ! ……ぜろぉぉぉぉーーーっ……!!」
……ズドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!
観客たちのカウントアップと同時に、またしても花火が打ちあげられる。
しかしもう誰も、空を見上げることはない。
そして……降り注ぐ爆音とともに、それは起こっていた。
「せーのっ、それーーーーーっ!!」
白い産毛のようなローブをまとう集団が、悪戯っぽい歓声とともに、野良犬の看板のもとへと走り出していたのだ。
それは群れからはぐれ、かりそめの集団に属していた雛鳥が、本来の群れを見つけたかのような光景であった。
「ああっ!? 裏切り者ーっ!?」という罵倒もものともせず、仔犬たちに合流っ……!
「よく来たわね! わんわん騎士団は、勇気あるアンタたちの行動を讃え、歓迎するわ!」
「気に入ったのん。こっちに来て、マスコットを好きなだけナデナデしていいのん」
「ひゃあっ!? マスコットって私!? で、でもありがとうございますぅ! でもでも、どうして……?」
移動してきたのは、聖女見習いの中学生たちだった。
小さなグラスパリーンを撫でくりまわしながら、彼女たちはこう答える。
「最初の伝映を観たときは、大聖女様がスラムドッグマートを手伝っていたのは、ゴルドくんに脅迫されてたからだったんだ、って思ってて、移動するつもりは全然なかったんだけど……」
「でも地下迷宮(ダンジョン)の中でのゴルドくんの行動で、それは違うんじゃないか、って少しずつ思いはじめて……」
「だってゴルドくん、大聖女様だけじゃなくて、いっしょにいる女の子も助けたでしょう!?」
「命をかけて大聖女様を守るのはわかるけど、普通の女の子にも同じようにするなんて……。分け隔てせずに施すのは、まさに大聖女様の教えそのものじゃない!?」
「それとは逆に、ゼピュロス様は女の子助けられなかったでしょう?」
「偶然か故意かはわからないけど、なんだかそれでちょっと冷めちゃって……」
「でもそれでも、ゼピュロス様支持には変わりなかったんだけど、最後のゴルドくんの気遣いで、すっかりやられちゃった!」
「そうそう! 大聖女様たちを、裁きに巻き込まないようにしてたよね! あれ、キュンってきちゃった!」
「だから私たち、ゴルドくんを応援することにしたの!」
わあっ! と歓喜の声に包まれる野良犬サイド。
数としてはまだ微々たるものであったが、さながら勝者のような盛り上がりであった。
かたや大軍勢であるはずの勇者サイドは、すでにお葬式ムード……!
『よぉし! 勇者の支持、1000名! 野良犬の支持、30名! それに見合った裁きを、それぞれに下すとするぞぉ! まずは、勇者からだぁ!』
不死王のその言葉は、勇者の頭の中で何度も残響していた。
さながらガン告知、さがら死刑判決のように……!
ゼピュロスは確信していた。
きっと、最初に離れていった3匹の女どもも、再び戻ってくるだろうと。
しかし、実情は大いに違っていた。
蓋を開けてみれば、大誤算……!
最初に離れていった3人がプラスされるどころか、27名ものマイナス……!
党員数ではいまだに大幅リードしており、大台割れこそ防げたものの……。
党首ゼピュロスはこの結果に対し、すべてが真っ白になるほどのショックを受けていた。
しかし彼にはその敗因を分析している余裕などなかった。
突如として動き出した邪神像から、
……ガシィィィィィッ……!
腰をしっかりと、抱きすくめられてしまったから……!
「ひっ!? やっ闇……と、虜にしちゅまったのさ! さっ、さぁ……わかったから離すのさっ!」
引きつれた声とともに、カミカミの台詞を読み上げるゼピュロス。
これ自体は、本来予定されていた事である。
ゼピュロスは闇の女神ですら虜にしてしまい、裁きにかわりに抱擁を受ける……という筋書きであった。
しかし嫌な予感がしていたので、ゼピュロスは早々に離れようとする。
が、不可能(インポッシブル)……!
両腕を突っ張ってみたが、ものすごい力でびくともしない。
しかも背負っている槍ごと抑えられているので、武器(エモノ)を抜くこともできない。
仮に抜槍できたとしても、この超至近距離では役に立たないだろう。
しかし、それでもなんとか逃れようと、ゼピュロスはもがき続けた。
「うっ……!? ぐううっ! 離せ、離すのさっ!」
ポカポカと拳で殴りつけ、身をよじらせる。
まわりにいた女たちも手助けするが、ままならない。
そしてついに、起こってしまった。
台本にもなかった、出来事が……!
トラソルテオトルの像は、剣を持つ右手だけでゼピュロスを押さえていた。
フリーの左手には、石でできた生首を持っていたのだが、それをポイと投げ捨てると……。
グワアッ……!
次にこうなるのはお前だといわんばかりに、左手を振りかざし……!
グワシィィィィィッ……!
ゼピュロスの髪を、むんずと鷲づかみにしたのだ……!