さて、そろそろ……。
というか、すでにお気づきの方も、多いことだろう。
これまでに勇者には、3つの裁きが下されてきた。
頭上からの金ダライ、ヘーアハッグ・ジャイアントスイング、石槌による殴打……。
これらには、あるひとつの共通点があることを。
そう……!
すべて『顔を狙った』もの……!
今回のツアーに仕掛けを施した何者かは、知っていたのだ。
本来ならば極秘のトップシークレットの事実……。
ライドボーイ・ゼピュロスは、アークギアで底上げしているということを……!
義肢であるアークギアは人体と同じ動きを求められるものなので、細かい複数のパーツから成り立っている。
耐久性をあげるために、魔法錬成が施された金属が使われているのだ。
それも戦勇者(せんゆうしゃ)用ともなれば戦闘も想定されているので、その剛性はかなりもの。
罠で狙ったところで、ダメージを与えるのは困難である。
しかし露出している顔面ならば、攻撃はそのまま通る。
しかもアイドルであるゼピュロスにとって、顔への攻撃は致命的……ほんのかすり傷ですら、大ダメージとなるであろう。
それどころか、石でボッコボコにされるなど……はらわたを裏返されるよりも辛い、極限ともいえる苦痛……!
もう死んでしまいたいと、心の底から願ってしまうほどの……!
「ころひて、もう、ころひてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
『おおおおーーーっと!? すごいことになっているじゃぁぁぁーーーんっ!? 死にたいと思うくらいの快感なんて、いったいナニをやってるんじゃん!? 子供はもう、寝る時間じゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!』
その極刑ともいえる顔面リンチは、いまだ継続中。
無慈悲なる邪神によって、勇者の顔は原形が分からぬほどに崩れつつあった。
肉の下ごしらえのように、石のミートハンマーで、グチャグチャと……!
グシッ! ゴスッ! グシャ! クシャッ!
打撃音がやがて、湿り気を帯びはじめる。
そして、ついにその時が訪れた。
……ガスガスゴスグシャッ! グシャクチャグチャッ!
邪神像が覚醒したかのように、石槌を唸るほどの速さで打ち降ろし始めたのだ。
今までのが必殺技なら、それはさながら超必殺技のような勢い。
この乱舞技に名前を付けるとしたら、
『豪雨の石槌《ヘビーレイン・ハンマー》』……っ!
「ごっ!? ぐふっ!? ぎっ!? がっ!? げっ!? ふぎぃっ!?」
ゼピュロスの視界はすでにレッドアウト。
せりあがってきた胃液で喉は塞がれ、口には血が溢れ、呼吸すらもままならない。
頭蓋骨はすでに砕けつつあり、衝撃が豪雷のように頭の中を激しく揺さぶる。
まるで巨大な石臼に頭を突っ込み、ゴリゴリとすり潰されるような、血も凍るほどの酷痛であった……!
そして、そして……!
ついに、ついにフィニッシュ……!
……グオオオオッ!!
ここに来て、いままでゼピュロスの身体が崩れ落ちないようにと、押さえつけていた右手が大きく振りかぶられた。
そこには、石の印章。
神話では、『悪趣の烙印』と呼ばれるもの。
心の奥底にある悪しき心を、文字にして浮かび上がらせるというものである。
その、人間の本性を暴き出すといわれる邪神の印が、いま赤熱っ……!
……カァァァァァァッ……!!
まさにスーパーコンボが発動したかのような、まばゆい輝きが……!
紅の曳光を残しつつ、トドメとばかりに、勇者の頬に叩き込まれるっ……!
……ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
しかもそれは、焼印であった……!
血が沸騰する、ブスブスという音と、皮膚が、肉が焦げる匂いがあたりに充満する。
そして断絶の阿鼻叫喚が、国じゅうに轟きわたるっ……!!
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?!?」
殺虫剤をかけられた毛虫のように、激しくのたうつゼピュロス。
いや、毛の無いその様は、まるで芋虫……!
……じょばぁぁぁぁぁぁぁっ!!
アークギアの胸のあたりから黄色い液体が迸り、鎧の隙間からオイル漏れのように吹き出す。
ここでようやく壁ドンから解放され、勇者は膝から崩れ落ちる。
……ガシャァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!
そのまま床に叩きつけられるように、前のめりに倒れた。
……バッ……シャァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!
床に広がっていた血と尿だまりに顔が突っ込まれ、しぶきがあがる。
もはや、汚液から逃れるだけの力は残っていない。
腫れあがってはち切れた頬の肉。
隙間から辛うじて除く瞳は裏返っていて、白目を剥いている。
すでに魂すらも抜けかけているように、ただただ痙攣を繰り返すばかり。
もはやただの、肉の塊。
誰もが目をそむけ鼻をつまむ、醜き塊であった。
ゼピュロスは己が最も忌み嫌う存在に、自らがなってしまったのだ。
壮絶すぎる裁きに当人だけでなく、それを見ていたものすべてが言葉を失っていた。
この時ばかりはさすがに、勇者を悪く言う者はいない。
誰もが心を痛め、誰もが気の毒がっている。
……だがそれは、ほんの束の間のことでしかなかった。
「ぜ……ゼピュロス様っ!?」
定位置へと戻っていく邪神像、それと入れ替わるように同行者たちが勇者の者へと駆け寄る。
女たちも最初は心配していて、それこそ抱き起こそうとしていた。
しかし近くで見るとよりいっそう汚物っぽかったので、誰もが触るのをためらっている。
とりあえず聖女たちが力をあわせ、勇者のケガを治療することにした。
今まではファンの順列により近づけなかったが、もう妨げるものはいない。
でも汚物だまりに足は踏み入れたくなかったので、聖女たちはちょっと離れたところでしゃがみこんで祈りを捧げる。
もはや聖女たちの精神力は残りわずかだったので、完治には至らなかった。
しかし伏せたままの勇者の顔は、いちおう人の形として見られるくらいには元通りになる。
そのあとは魔導女たちの出番。
杖の先っちょを勇者の身体にあてがい、力をあわせたテコの原理で転がして、ゴロンと仰向けにした。
すかさず法玉が反応し、勇者の顔がアップで捉えられる。
それは12ラウンドを戦い終えたボクサーのような、痛ましさの残る顔であった。
すっかり燃え尽きたようなその姿は、健闘を称えられてもおかしくないはずのものであったが……。
目の当たりにした者たちの反応は、意外なるものであった。
「ぶっ……!? ぶはははははっ! あっはっはっはっはっはっ!! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」
誰もが思わず、大爆笑っ……!?