それ(●●)に最初に気付いたのは、グラスパリーンであった。

「隊員3号、アンタなにやってんのよ」

「犬食いしてるのん。なりきるのにも程があるのん」

「ち、違いますぅ! お弁当の匂いを嗅いでたんですぅ! なんだか卵焼きの匂いがしたから……」

「卵焼き? くやしいけど、こっちの弁当には入ってないでしょうが! まったく……気が利かないんだから!」

「卵焼きは敵側の弁当にしか入っていないのん。あんな離れた所にあるオカズの匂いを嗅ぎ取るとは、ついに五感まで犬化したのん」

「ううん、違うんです。たしかにこのお弁当から……」

もっとよく匂いを嗅ごうと、マスクの切れ目から鼻だけ出して、持ち上げた弁当の淵に乗せるグラスパリーン。

小鼻がウサギのようにヒクヒク動いている。

「アンタ何やってんのよ」

「こうやって嗅ぐと、匂いがよくわかるんです。プルさんに教えてもらいました」

説明しながら少しずつ顔を近づけ、弁当に顔を突っ込んでいくグラスパリーン。

「そういえばこの前、腹ペコキャラどうしで、露店の匂いを嗅ぎながらオニギリを食べているのを見たのん」

「み、見てたんですね……。あれは匂いがおかずになるか、プルさんと一緒に試してたんです」

「アンタ本当になにやってんのよ」

「うん! やっぱり、このお弁当からです!」

と、上げた鼻先にはケチャップが付いていた。

その少女の確信をバトンのように受け取り、核心に迫ったのは……やはりあの少女であった。

「……もしや、のん……」

フォークで自分の弁当をかき分ける、ミッドナイトシュガー。

「弁当箱の外見(そとみ)より、底がだいぶ浅いのん」

「それはどういうことよ、隊員2号!?」

ミッドナイトシュガーは答えるかわりに、赤い頭巾を俯かせ、正座している膝の上に弁当箱を置いた。

そして箱の淵に指をかけ、引っ張り上げると……。

……パカッ!

入れ物の容器が、蓋のように外れ……。

宝石箱を開けたかのような輝きが、あふれ出したのだ……!

「ああっ!? こ……これはっ!?」

「ご……ゴルドくんが作ってたメニューと、同じですぅ!?」

そう……!

配られた弁当には、マザーの愛情がたっぷり詰まった料理だけではなかったのだ……!

この日のために用意された、ゴルドウルフ特注の『ゴルドくんお弁当箱』は、底が二重になっていて……。

その下段には、今まさに地下迷宮(ダンジョン)で振る舞われている、ゴルド飯と同じものが入っていたのだ……!

ゴルドウルフはツアーの数日前、リインカーネーションに依頼していた。

「ツアーのお弁当を作るのであれば、このお弁当箱を使ってもらえますか? これは量産前のサンプルですが、ツアー当日の早朝に人数分が届きます」

「あらあら、まあまあ! ゴルドちゃんのお弁当箱ね! こんな可愛いお弁当箱だったら、みんな喜ぶわぁ! ママ今回は5人前を作るつもりだから、お弁当箱もそのぶん多くしてもらえるかしら?」

「わかりました、数を5倍にして発注しておきます。それとマザー、もうひとつお願いがあるのですが……」

「なあに? ゴルちゃんのお願いだったら、ママ、なんでも聞いちゃう!」

「弁当のメニューから、卵焼きとサラダを外してほしいのです」

美味しさと彩り、そして栄養バランスまで考えられたマザーの弁当には、卵焼きもサラダも毎回必ず入っていた。

しかし今回は敢えて、それを外すよう依頼したのだ。

なぜかというと……これは、ゴルドウルフなりのヒントであった。

定番メニューが入っていないことに、疑いを持つ者が現れれば……誰かがきっと、秘密の上げ底の謎を解いてくれるであろうと。

そしてツアー当日、ホーリードール家の台所に搬入されたのは……。

下段のほうに秘密のメニューがこっそりと隠されている、ゴルドくん弁当箱……!

リインカーネーションは何も知らず……。

その上段に、おかずを詰めたのだ……!

わざわざ専用の弁当箱まで用意して、隠しメニューを仕込んだ理由はひとつしかない。

オッサンはこうなることをすべて、予測済み……!

しかしてその予想は、見事に的中。

『ゴージャスマート』の妨害を逆利用して、サプライズを届けることに成功したのだ……!

これぞ、『なりきりゴルドくん スペシャルバージョン』の秘密機能の、番外編にあたる……。

『ゴルドくんワクワク弁当箱』っ……!

その見た目にも愛らしい弁当箱をガッついてファンたちは、いったん食べる手を休める。

わんわん騎士団の真似をして、次々に蓋を持ち上げはじめた。

すると、あちこちで歓喜の悲鳴が巻き起こる。

「わあっ! 『アーミーバットの卵焼き』だぁーーーっ!」

「うわぁ! 伝映で観たのより、ずっとずっと美味しそう!」

「きれーい! デコレーションケーキみたーい!」

「『メンリオンアームのしゃぶしゃぶ野草サラダ』も素敵! 高級なサラダみたい!」

「お肉がつやつやしてて、すっごく美味しそう……!」

「まさかツアーで出されたご飯と同じものが食べられるだなんて、すごくない!?」

「しかもこうしてモニターを見ながら食べると、大聖女様とビッグバン・ラヴちゃんたちといっしょにお食事している気分になれるわ!」

「ああん、もう最高っ! このツアー観覧に来て、本当に良かったわぁ!」

もはや誰かさんを観に来たことなどすっかり忘れている、野良犬サイドの観客たち。

かたや、勇者サイドはというと……。

『そ……そんなの……きっと、美味しくない……はず、じゃん……』

力なく言い返すだけで、精一杯だった。

生唾を飲み込んでいるのを悟られないようにするだけで、精一杯だった。

……勇者と、野良犬……。

両者の差は、地下迷宮(ダンジョン)探索という名のツアーが進むにつれ、歴然となっていった。

それは『ゴージャスマート』側の面々においては、ジェノサイドロアー以外は誰も、予想だにしていなかったことである。

しかし野良犬の猛威は、それだけにとどまらなかった。

まるで次元を超越するかのように、モニターから飛び出し……。

ついには観客席にまで、その格差をもたらし始めたのだ……!