オッサンは最初、ゼピュロスがスラムドッグマートに訪れたときに、成敗(イレース)することも考えていた。

マオマオを、そして数え切れないほどの女性を弄んできた罪を、数えさせ……。

永劫ともいえる、苦しみの牢獄(ジェイル)に閉じ込めてしまうのは容易であった。

しかし……それではヤツは、悲劇のヒーローとなってしまう。

本人に罪を認めさせることはもちろんのこと、その所業をより多く、そして鮮明に知らしめなければ、意味はないのだ。

なぜならば……。

勇者はゴキブリと同じく、この世界にまだまだはびこっているのだから……!

ヤツらの悪業を知らしめるためには、言葉だけでは足りるはずもなかった。

たとえ億の言葉を尽くし、兆の言葉で訴えたところで……。

届く範囲も広くはなく、いずれは風化するだろう。

だからこそオッサンは、この時まで耐え忍んでいたのだ……!

さらにはどうしても、シャオマオをゼピュロスに絡ませる必要があった。

なぜならば、多くの女性を手にかけてきたゼピュロスにとっては、マオマオの殺害はその中の一部にしか過ぎないからだ。

従って、ハッキリとあの時のことを思い出させてやる必要があった。

でなければ、悪魔の腕で記憶を引きずり出し、法玉に乗せて国じゅうに伝えることも、できなかったからだ……!

シャオマオや、ビッグバン・ラヴ……。

まだ若き彼らには、勇者の魔の手がこれからも数多く忍び寄るであろう。

だからこそ、悲しい道を辿ったマオマオやミグレアの姿を、しっかりと脳裏に焼き付けてもらい……。

勇者に騙されず、また決して屈することのない人間に、なってほしかったのだ……!

そう……!

これこそが、オッサンの言っていた『守る』ということ……!

『守る』というのは何も、四六時中目を離さず、つきっきりでいることではない。

物心つかない幼子に、熱いものの怖さと、尖ったものの危なさを教えるように……。

勇者の本当の姿を、広く知らしめることで……。

『勇者は絶対善である』と信じ込んでいる、赤子同然の者たちに……。

自己防衛の意識を目覚めさせ、この先でも起こるであろう勇者被害を、ひとつでも未然に防ぐことこそが……。

オッサン流の、『守る』だったのだ……!

そして、この国じゅうの女たちは、今まさに観ていた。今まさに学んでいた。

ブルーレイばりの鮮明さで、モニターに映し出される、勇者の非道の数々を……!

過去から現在に遡るような映像は、ついに現在に追いついた。

パッと切り替わった画面には、大量殺人を犯してもなお、良心の呵責すら感じていないような……。

ついに心の醜さが顔に滲み出してしまったかのような、鬼畜そのものの、ド・アップが……!

『な……なにが悪いのシャッ!? 人間がブタを殺して、なにが悪いのシャッ!? 人は生きるために、他の生き者の生命を奪う……! それがゼピュロスにとっては、メスブタだったというだけなのシャッ!? だからゼピュロスはこれからも、言い寄るメスブタどもを、ちぎっては投げ、ちぎっては捨ててやるのシャッ!』

目も口も裂けたように釣り上がった、人の姿を借りたそれは、欲望の権化のように叫び続ける。

『この世にいるメスブタは、すべてゼピュロスのものなのシャッ! でも、まだまだ足りないのシャッ! だからもっともっと、ゼピュロスのために作り続けるのシャッ! 工場のように、次々と……! このゼピュロスをさらに着飾り、引き立たせ……そしてオモチャとなるような、良質のメスブタを……! ホーリードール家の大聖女のように、美しく、無垢で、純粋なメスブタを育てるのシャァ!! そうすればこのゼピュロスが、跨がって、蹴り上げて……! ボロ雑巾になるまで弄んでやるのシャァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』

ゼピュロスはついに、己の正体を……。

内から外から、あますことなく晒してしまった……!

地下迷宮(ダンジョン)という閉鎖空間ではあるものの、目撃者は何十万……!

しかも当人の自白だけでなく、鮮明なる映像つきで……!

衝撃的な事実に、誰もが言葉を失っていた。

不死王すら畏怖させていた、謎の声も沈黙している。

いまこの世界に存在する声は、勇者の凶声だけであった。

ゼピュロスのすべてを搾り、世間に晒した異形の腕。

もはや用済みとばかりに、掴んでいた勇者の身体を放り投げる。

そして瞬きほどの間をおかず、

……ズガアンッ!!

ゴルドくんの身体に刺さっていたはずの曲刀は、勇者の胸に深く突き立っていた。

「これが、マオマオさんと、シャオマオさんの分……」

そんなささやきを、シャオマオは聴いたような気がした。

ゴルドくんが手をかざすと、ふたつの光球が出現。

天体のような、赤と青のそのスフィアは、突如砲台のように、

……ドバババババババババババババババババッ!!

……キイン! キイン! キイン! キイン! キィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!

火球とレーザーを放ち、宙にピン止めになっていた勇者を蜂の巣にする。

「これが、ミグレアさんと、バーニング・ラヴさん、ブリザード・ラヴさんの分……」

ビッグバン・ラヴのふたりは、その声をたしかに聴いていた。

そして、ふたつの魔法の弾道がクロスした瞬間、

……カッ!

閃光がうまれ、核融合のような膨大なエネルギーが生まれる。

決闘場の床板が、ビスケットのように粉々に砕け……。

そしてあたり一面は、まばゆき光に包まれた……!

それは、『不死王の国』から漏れ出すほどの光量で、モニターごしに観ていた者たちでも直視できないほどであった。

しかし誰もが目を反らそうとはしない。

衝撃の連続に、もはや視線を引き剥がすことなどできなかったのだ。

決闘場の下で待機していたプリムラとマザーは、頭上に突如現れた太陽のような極光にひれ伏し、降り注ぐ瓦礫に身を縮こませていた。

「こ……これは……!? い、いったい、上でなにが起こっているの!?」

「あ、危ないです! お姉ちゃん! 顔を上げないでください!」

空から、豪雨のように降り注ぐ瓦礫の破片。

しかしなぜか、少女たちには小石ほどの欠片すら当たることはない。

まるで、見えない力によって守られているかのようであった。

そして少女たちは……その力の正体を知る。

「「つ……翼……!?」」

大いなる翼が羽根を広げ、少女たちを覆っていたのだ。

天蓋のようなそれは、右と左で違っていた。

片方は天使のような、純白の羽毛をたたえ……。

もう片方は悪魔のような、漆黒の夜の帳をおろす……。

さながら、光と闇、善と悪、正と邪……。

女神と魔王が同時にそこにいるかのような、奇跡と呼ぶにはあまりにも、ありえない光景であった……!

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」

途中、この世の終わりのような悲鳴が、瓦礫と一緒に底のほうに落ちていったが……。

少女たちの意識はすでに白く飛んでおり、「殺虫剤にやられたハエが落ちていった」くらいの受け止め方で流されていた。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

……ドガシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!

「ぐっ……う……! ぐうう……っ! ぐふぅぅぅっ!」

決闘場から落下し、一気に二階層ぶんの高さを落ちて石床に叩きつけられてしまったゼピュロス。

アークギアのおかげで一命はとりとめたが、全身を強く打ってしまい、しばらく呼吸ができなくなっていた。

「ぐはっ……! がはあっ……! はあっ……はあっ……はあっ……!」

空気を食らうようにして貪り、なんとか意識をつなぎ止める。

勇者が落ちた場所は、薄暗い部屋であった。

ぽっかりと開いた、天井……。

かつては『第四の裁き』が行なわれた部屋から、降り注ぐ光があるのみ。

その部屋の壁にも法玉が埋め込まれていたが、暗かったのでモニターは真っ黒。

勇者がゴキブリのようにガサゴソと蠢く音だけが、観客たちに届いていた。

「こ……ここ……は……どこ……なの……シャ……」

ゴキブリが、掠れた声とともに、床に貼り付いていた顔を持ち上げると……。

べろりと何かが剥げ落ちていった。

もはや腐り落ちたかのような顔面で、見上げた先には……。

この薄闇の中でも、ハッキリと視認できる……。

暗黒神の姿があった……!

それは筋肉の骨格標本のような、皮膚の向こうを剥き出しにしている像だった。

蝙蝠ような翼と、六本の腕を大きく広げ、何かに襲いかかっている最中のようなポーズを取っている。

彫像であるというのに、まるで生きているように生々しかったので、ゼピュロスは思わず「ひいっ!?」と縮こまってしまった。

そしてすぐに直感する。

この、破壊と厄災の女神である、カオツルテクトの像がある……。

この、光のない部屋こそ……。

『第五の裁きの間』であると……!

『勝敗は決した! 野良犬は勝ち、勇者は敗れた! よって……勇者とその同行者たちは、最後の裁きを受けてもらう!』

上階にある、第四の裁きの間から、不死王の声が届く。

王は言っていた。

『敗れたほうは、そのまま第五の裁きの間へと送還され、さらなる審判を受けることとなる……! そこで下される裁きは、今までのものとは比較にならぬほどの荼毒(とどく)と知れい!』

と……!

たしかにその通り、直行であった……!

第四の裁きの間と、この第五の裁きの間は、吹き抜けになって繋がっていたのだから……!

そして『荼毒』の内容が、さらに告げられる。

『ここからは、勇者と野良犬ではなく……負けた勇者側の者たちだけで、争ってもらおうか! 特別にひとりだけ、荼毒を受けるのを見逃してやろう……! お前たちの中で、ひとりだけ助かる者を決めるのだ! その方法は、なんでもいい……! もちろん、殺し合いでもかまわん! 助かりたければ、醜く争うがいい! そしてそれこそが、最後にして、最高の余興となるのだ……! フハハハハハハハハハハハ!』

勇者は反響するその声を、不思議な気持ちで聞いていた。

――不死王はいったい、何を言っているのシャ?

同行者なんて、もういないのに……?

そして気付く。

――もしかして不死王は、何人残っているのか見えてないのシャ!?

もしそうだとしたら、助かったのシャ!

残っているのはゼピュロスひとりだから、助かるのはゼピュロスに決定なのシャっ!

しかし次の瞬間、彼は目にしていた。

かつて第三の裁きの部屋で、パルヌゴルヌの像を爆発させたあと……新たなる像がせりあがってきたことがあった。

それと同じことが、彼の目の前で……ふたたび起こっていたのだ。

しかし現れたのは、新たな彫像などではない。

30もの、少女たちのシルエットであった……!!