……ガコォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!

床下の扉が、勢いよく跳ね上がる。

開閉に反応して、壁の輝石が灯り、地下に続く階段を照らした。

この秘密の地下室は、堅牢な大岩を地面に埋め込み、くり抜いて作ったもの。

たとえ大嵐や大地震が来てもびくともしない、特注のシェルターである。

なにか災難があった場合は、ジェノサイド一家はこの中に逃げ込む決まりになっていた。

オヤジは少しだけ心配する。

このシェルターは、火には強いのだろうか……と。

しかしそれは杞憂だった。屋敷を全焼させるほどの大火事に見舞われたというのに、中は煤ひとつ付いていない。

階段は地下へと伸びていたが、オヤジにとっては天国への階段に見えていた。

そのままひと息すらも付かず、オアシスに飛び込むように地下に身を躍らせる。。

転げるように階段を降りた彼が、目にしたものは……。

……彼を天国から地獄へと突き落とす、信じられない光景であった……!

地下室の階段を降りてすぐの正面は、『禁断の金』を保管してある金庫室がある。

そこは銀行の貸金庫への扉のような、巨大で分厚い、丸い鉄扉があるのだが……。

……なんとそれが、開いていたのだ……!

金庫の扉は、3つのダイヤルロックが施されていた。

もちろんその番号は、今のところオヤジしか知らない。

……しかしなぜか、全開っ……!

破壊したような形跡はない、明らかに正規の手順で解錠し……。

いいや、今はそんなことはどうでもよかった。

……中身が、中身がっ……!

オヤジが『伝説の販売員』を初める前から、コツコツと貯めてきた金が……。

リスクヘッジとして現金だけでなく、金塊や宝石、美術品や骨董武器などもたっぷりと詰めていたはずなのに……。

……全部、スッカラカンっ……!

オヤジは砂漠のオアシスが蜃気楼だったかのように、信じられない様子で這いずっていく。

その比喩ですら比較にならないほど、ショックを受けていた。

無理もない。

無いものが、有ったわけではなく……有るはずのものが、無くなっていたのだから……!

「お……おお……!? おおおおおおっ……!?!?」

すでに言葉はない。

これが夢であってくれと、祈るような呻きを絞り出すばかりであった。

しかし彼にとっての悪夢は、現実のようになおも続く。

金庫の中は、コイン1枚残っていなかった。

いや……たったひとつだけ、残されているものがあった。

がらんとした室内の床に、たったひとつだけ……。

それは、家族の真写であった。

この金庫の前で撮ったもので、ロアー、ファング、ナックル……。

3人の息子たちが、並んで映っていた。

その後ろには、最愛の息子達を大きな腕で抱きしめる、ダディ……!

この、いかにも幸せそうな一家が……。

踏みにじられ、ビリビリに破かれ……。

まるで家族ごと引き裂かれたように、床に捨てられていたのだ……!

「お……! おお……! おおおっ……!! おおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!?!?」

毒で霞みがちだったダディの視界が、ついに前後不覚に陥るほどに覆われた。

壊れた蛇口のように、眼球を押しのけるかのように、血の涙があふれ出す。

びしゃびしゃと床を濡らしながら、紙くずとなった真写をかき集める。

最初に握りしめた欠片、そこに写っていたダディ。

百獣の王が息子にだけ見せる、顔がぜんぶ口になったかのような笑顔。

次に握りしめた欠片には、ナックル。

いかにもわんぱくそうな丸顔の彼の笑顔は、太陽のようだった。

そして、ファング。

オヤジに一番似ている彼は、彼の分身であることを誇るような笑顔だった。

最後に……ジェノサイドロアー。

しかし彼だけは、笑っていない。

いつもの溜息が聴こえてきそうな斜に構えた顔で……目線すらも合わせていなかった。

瞬間、オヤジの中に……。

鮮烈なるあの(●●)言葉が、ふたたび蘇る……!

オヤジの築き(●●●●●●)上げたものを(●●●●●●)、すべてブッ潰す(●●●●●●)……!!

「おっ……!! おおおっ……!! おおおおおおっ!!!! ジェノサイド……ロアーっ!! お前は……お前はこの時(●●●)から……!! こうなる事(●●●●)を、望んでいたのかっ……!!!!!」

……そうか……。

そうだよなぁ……。

ゴージャスマート本部にある、最高機密の資料室……。

そこに置いてあった金庫の番号が、わかったお前なら……。

この金庫の番号すらも、解明できるだろうなぁ……。

まさか『禁断の金』まで、俺から奪っていくだなんて……。

本当に……本当に……。

すべて、ブッ潰されちまった……。

さすがは、俺の息子だ……。

お前も……お前も俺のことを、そう思ってくれていると、思っていたよ……。

「さすがは、俺のオヤジだ」って……。

言葉は素っ気ないが、心からそう思ってくれていると、信じてたんだが……。

でも……ずっと……ずっと前から……。

そんなことは全然、思っていなかったんだな……。

俺は……。

俺は、悔いていたんだ……。

お前の母親が死んだとき、お前を奮い立たせるためにかけた一言が……。

お前から、感情を奪ってしまったことを……。

だからお前から、『最果て支店生活』を提案されたときは、嬉しかった……!

お前が何年かぶりに、この俺に、感情というものを見せてくれたのだから……!

だが、それも……! それすらも……!!

お前は利用していたというのかっ……!!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!!」

オヤジは、泣いた……。

いいや、吠えた……!

百獣の王が、最期の咆哮を、あげるかのように……。

自らの鼓膜を破るほどの慟哭を、轟かせていた……!

彼は、すべてを失ってしまった……!

住むところも、財産も、妻も……。

すべての地位や名誉、それどころか……。

最後の希望としてすがった『絆』までも……!

しかし彼にはまだ、残されているものがあった。

……カツーン!

声を枯らす彼の背後に、それは訪れた。

……カツーン、カツーン、カツーン!

何者かが地下室の階段を、降りてきていた。

オヤジは、止まらない涙をしぶきに変えるほどに、ハッ!? と振り向く。

果たして、そこに立っていたのは……!?

「……やっぱり、ここにいたのか」

一瞬、過去の自分がタイムスリップしてきて、助けに来てくれたような錯覚に、オヤジは囚われた。

痛々しい火傷の跡は残っているものの、それほどまでに、その人物は似ていたのだ。

若い頃の、自分と……!

「じぇ……ジェノサイドファングっ……!」

「オヤジ、心配したよ。最果て支店が火事になったって聞いたから……。駆けつけて、山の麓の集落にいるヤツらに聞いたら、馬に乗ってどこかに行っちまったって言うから……。もしかして家に戻ったんじゃないかと思って、追いかけてきたんだ」

「お前……今は拘留中じゃなかったのか!?」

「今は保釈中なんだ。それよりも、どうしたんだ? 金庫の中がカラッポじゃないか」

「あ、ああ……! ロアーのヤツが、ロアーのヤツが……!」

「なんだって!? 兄貴が持ち逃げしたっていうのか!? そうか……なんてこった……。それと……こんな時に言いにくいんだが、山火事を起こしたのは、ナックルの野郎だ。憲兵に放火の現場を押さえられたらしくて、とっ捕まって連行されるところを、麓の集落で見た」

「お、おおっ……!? な、なんで……なんでナックルが……!?」

「さあな、おおかた最果て支店にいるオヤジを殺せば、自分が本部長になれるとでも思ったんじゃないか?」

「おっ……!? おおおっ……! おおおおおおおおおーーーーーーーーんっ!!」

オヤジは度重なるショックで、嗚咽を漏らすだけで精一杯だった。

まるで痴呆老人のように、次男にすがりついておいおいと泣く。

「ライオンのように強かったオヤジが、こんなになっちまって……よっぽど大変だったんだなぁ……。でも大丈夫、オヤジには俺がついてる。俺だけは絶対に、オヤジを見捨てねぇ……ずっと、ずっと一緒だ……!」

「おおおおおおおん! ファング! おおおおーーーーーーーーーーーんっ!!」

オヤジは積もり積もった心労と疲労を、精神力だけで支えて、ここまで来たのだが……。

ついに緊張の糸が切れ、次男の腕の中で眠ってしまった。