ザマー率いる聖女軍団、総勢30名は勇者に祈りを捧げた。
それは確かに、『癒し』ではあったのだが……。
ホーリードール家のそれとは、どだい違っていたのだ。
『治癒力』が……!
ホーリードール家は、マザーとプリムラの2人体勢。
それでいて、100名もの『わんわんクルセイダーズ』を異常なスピードで治していた。
それも重症クラスのものですら、一瞬で……!
しかも、『野良犬バスターズバスターズ』の100名が参戦して、倍に膨れ上がってもその威力は衰えることがなかった。
まるで、サイクロン掃除機のように……!
比率でいえば、2:200。
100倍もの相手を捌いていたのだ。
対する勇者勢は、聖女30名に対して対象200名。
比率でいえば、30:200。
ひとりあたりでいえば、ひとりの聖女が7名ほどの勇者を癒やすことができれば事足りる。
しかし、ここには重大なる欠落があった。
『この世界の常識』というものが……!
この情勢だけでは、聖女軍団が目も当てられないほど劣っているように見えるかもしれない。
だがこの世界の常識で照らし合わせれば、彼女たちはむしろ、良くやっているほうといえる。
どちらかといえば、彼女たちこそが『優秀な聖女』なのだ。
通常の聖女の『癒し』というのは、たとえば包丁で指先を切ってしまった傷を、2回の祈りで完治させる。
1回目の祈りで傷口を塞ぎ、2回目の祈りで傷跡を消す。
なお1回の祈りにかかる時間はおよそ20秒から30秒程度なので、全治まで1分といったところだろうか。
そして聖女軍団は聖女のなかでも『優秀』とされているので、それを1回の祈りだけで済ませることが可能。
また彼女たちは祈りの言葉を何度も練習し、早口で、間違えないように唱えられるよう特訓をしているので、30秒かからずに傷を治すことができる。
なお、これは対象が『単体』の場合であって、『範囲』の場合は範囲内にいる者たちの数によって効果は薄まっていく。
さて……。
この説明で、聖女軍団に非がないことがわかっていただけただろうか。
そう……!
ホーリードール家が、あまりにも異端すぎ……!
いくら名門といっても、加減というものがあるだろう、というほどに……!
しかも長女にいたっては、「いたいのいたいのとんでいけ」という、祈りかどうかも怪しい文言だけで……。
100名もの重症者たちを、一瞬にして全治してしまうのだ……!
まさに、『ママチート』……!?
いいや、『チートママ』……!?
余談ではあるが、ホーリードール家の少女たちは、あまり病院には好かれていない。
かつてマザーがある病院に慰問に訪れたとき、例のアレで入院患者を全て治してしまったことがあるからだ。
そうなると、商売あがったり……!
それではなぜ、ホーリードール家の少女たちの『癒し』だけ、オーバーキルともいえる効果があるのか……?
『血筋』だとか、『神に愛されているから』などとという、陳腐な理由からではない。
彼女たちに言わせれば、もっと陳腐で当たり前のことをしているだけなのだ。
それは、『愛する』こと。
ちなみに治癒術師(ヒーラー)の治癒魔法は学問の一環なので、思いの強さなどは関係ない。
単純に、術者の技量によって治癒の効果が増減する仕組みになっている。
しかし聖女の場合はその逆で、技量よりも感情こそが、発動する効果に大きな影響を及ぼす。
そして必要とされる感情は、この一点に尽きる。
『この人に、元気になってほしい……!』
そう、根幹にあるのは、『愛』……!
癒やす対象を、『愛する』こと……!
女神が、人々に与えるように……。
母親が、子供に与えるように……。
ホーリードール家の少女たちは、ただ普遍的で絶対的な、無償の愛を捧げていただけなのだ……!
これが嘘偽りない気持ちであることは、彼女たちの普段の行動からも明らかであろう。
彼女たちはワイルドテイルたちに初めて会ったときに、彼らが引くくらいに親しく接した。
それはなぜかというと、彼らを知り、彼らを『愛する』ためであったのだ。
プリムラは遠慮がちなところがあるのでまだまだなのだが、マザーは『出会って3秒で家族』という芸当をなしとげている。
そしてワイルドテイルたちを知った彼女たちは、祈るときには彼らを本当の家族だと思って、全身全霊を捧げる。
「私の大切な人たちを、どうか元気にしてください……! そのためであれば女神様、私の生命を使ってくださってもかまいません……!」
と……!
それほどまでの想いを向けられた祈りが、どれほどの威力を発揮するかは想像に難くない。
だからこそ、今回の『癒し』の異常な効果にも繋がっていたのだ。
なお、一応ではあるが、聖女軍団のほうにも『愛』はあった。
「勇者様をここでお治しすれば、私に振り向いてくださって、きっと私をハーレム入りさせてくださるに違いありません。私の将来の安泰のためにも女神様、どうか治してください……!」
という、完全に私利私欲からスタートしている感情から来るものであった。
ちなみに対象が、勇者や王族などの権力者以外になると、効果がだいぶダウンする。
ようは対価がなければ、夏休みの宿題ばりにやる気が失せてしまうのだ。
説明が長くなってしまったが、ともかく聖女軍団の癒しは、いまの戦いにおいて何のプラスにもならなかった。
ほんの切り傷程度を治されたところで、焼け石に水……!
ビーチにいる勇者たちは、ホーリードール家の強力すぎる癒しを長いこと見せつけられてしまったせいで、だいぶ心のハードルが上がっていた。
同じものを聖女軍団にも期待していたのだが、蓋を開けたら期待外れのプレゼントどころか、ゴミ同然のものが飛び出し、彼らの不満も飛び出す。
「おいっ! さっさと俺たちの傷を治してくれよっ!? 聖女だろっ!?」
「ホーリードール家の聖女はたったふたりで、大勢のクズどもを癒してるんだぞ!?」
「お前ら30人もいるのに、癒しも満足にできねぇなんてどういうことだっ!?」
「いったい何しに来たんだよっ!? この役立たずどもっ!」
「お前らは俺たちに媚びることしか脳がない、エセ聖女だったのかよっ!?」
「だったらそのへんでハダカになって、股でも開いてろ! そのほうがよっぽど役に立つぜ!」
癒しを求めて前線から撤退してきた勇者たち。
血まみれになった彼らに詰め寄られ、聖女軍団たちは泣きそうになっていた。
「そ、そんなぁ!」
「勇者様、私たちは一生懸命やっているんです!」
「だいいち、こんなに大勢の勇者様がお怪我をされているだなんて、思ってもみませんでした!」
「そうそう! 私たちが知る勇者様は、いつも華麗に敵を倒されていて……ほとんどお怪我をされていませんでしたから!」
泣きべそをかきながらもチクリとした一言に、勇者と聖女のムードは一気に険悪になる。
「チッ! もういい、お前らみたいなエセ聖女に期待した俺たちが馬鹿だった!」
「そうそう! となるとここは、ストロードール家の聖女たちしかいねぇよなぁ!」
「そうだ! ストロードール家といえば、ホーリードール家以上の聖女の名門だ!」
「ザマー・ターミネーション殿とブリギラ殿がいれば、すばらしい『癒し』を俺たちに与えてくれるはずだ!」
聖女たちも、いよいよザマーにすがる他なくなってしまった。
「ざ、ザマー・ターミネーション様っ! ブリギラ様っ! 私たちに代わって、どうかその奇跡の力を、我々にお与えくださいっ……!」
勇者と聖女たちは、先ほどまでストロードール三姉妹が立っていた岩の上を見上げた。
しかし、そこは……。
無人っ……!?
いつの間にか勇者サイドの大聖女たちは、忽然と姿を消してしまっていた……!