『エヴァンタイユ諸国』にある『ゴーコン中継ステージ』は、夜を迎えてもなお人だかりが絶えなかった。

そして、ざわめきが止まらなかった。

なぜならば、伝映(でんえい)によってなされていた中継は、ポップコーンチェイサーが後ろ蹴りをくらい、

「ぱっ……パパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

下痢のような悲鳴をひり出したところがピークであった。

そのあとカメラは、バジリスとともにシンイトムラウへと向かう。

シンイトムラウでの映像は途中で乱れてしまっていたので、ようやく現地の様子がわかると思った観衆たちはモニターに釘付けになった。

しかし、いい所で映像が乱れる探検隊のごとく……。

モニターはまたしても、砂嵐に見舞われてしまった。

雑音に混ざって聞こえるのは、バジリスや兵士たちの驚愕のみ。

観ている者からすれば、悶絶しそうなほどの思わせぶりな状況が続いたあと……。

ようやく砂嵐がおさまり、映像が復活した。

待望の映像に観衆は色めき立ったが、誰もが呆気にとられてしまう。

なぜならばそこには、風が吹いたら桶屋が儲かる的な……。

ひと目みただけでは、なにがどうなったらそうなるのか、まったくわからない光景が広がっていたからだ。

それは……なんと……!

女の子たちにもみくちゃにされる、オッサンのどアップ……!

女の子たちはマタタビを見つけた猫のごとく、目の色を変えてオッサンに抱きついて、ごろごろくねくねしていた。

オッサンは加齢臭を消すスプレーとマタタビスプレーを取り違えた人みたいに、困惑しきり。

そんなモノを見せつけられてしまっては、国じゅうが波に呑まれたような喧噪に包まれてしまうのも、無理はなかろう。

「な、なんだ、ありゃ……!?」

「へんなオッサンが、女の子に抱きつかれまくってるぞ……!?」

「おい見ろ! オッサンの頬のところ! あれ、マザー・リインカーネーション様じゃねぇか!?」

「ホントだ! めっちゃべろべろ舐めようとしてるけど、オッサンにブロックされてる!」

「その後ろには、プリムラ様まで! 鼻をヒクヒクさせて、めっちゃ匂い嗅いでる! オッサンの匂い嗅いでる!?」

「頭にはパインパック様がしがみついてるぞ! 頭の上を移動してオッサンの顔にへばりつき、視界を塞いだーっ!」

「そのスキに、ギャルっぽい女の子たちが、両頬にキスを……! ああっ、あのふたりは、ビッグバン・ラヴじゃないかっ!?」

「ええっ!? なんで飛ぶ鳥を落とす勢いのカリスマモデルが……! なんであんなへんなオッサンに……!?」

「イベントとかで勇者の頬に祝福キスを頼まれても、絶対にやらないふたりなのに……! 」

「あああああーーーーーっ!? 見ろ! 見ろよっ!!」

「今度はなんだよっ!? もう、これ以上の大物はいないだろっ!?」

オッサンに強制肩車させるように、後頭部にしがみついていたひとりの少女。

猫の腹に顔を埋めるようにして、オッサンの髪にぐりぐりと顔を押しつけていた少女……。

その片腕には、キラリと光るバングルが……!

「ばっ……!? バジリスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

現地で伝映(でんえい)装置を構えていたグラスストーンは、今日何度目かとなる忘我を味わっていた。

しかし、レンズをしっかりとオッサンに向けているあたりは、さすがにプロである。

――この人は、私が『スラムドッグマート』で革鎧を買ったときに、接客してくれた店員さん……。

姉さんからもらう手紙には、いつも名前が出てくる……。

ゴルドウルフさん……!

ホーリードール家の方々が、こんなに取り乱してるところ、初めて見ました。

それに、ビッグバン・ラヴのふたりは、昨今は勇者をまったく相手にしなくなったことから、同性愛説まで流れていたのに……。

バジリス様にいたっては、首筋にナイフを当てられても、女王のように堂々と振る舞われていたのに……。

いまは御年相応、肩車されて喜ぶ子供のようです……。

ああっ、姉さんなんてゴルドウルフさんの服で、鼻までかんで……。

このゴルドウルフという人は、いったい何者なのでしょうか……?

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

オッサンはボロ布のようだった服をほとんど剥ぎ取られて半裸状態で、100名ちかい少女軍団に取り囲まれていた。

全身のキスマークがなければ完全に、女子校に忍び込んで捕まった変態である。

尻もちをついたオッサンの前に、ゆらりと立っていたのは……。

いつになく気が立っている様子のマザーであった。

「……ゴルちゃん、これはどういうことなのか、ちゃんと説明してちょうだい。でないとママの号令で、また一斉ペロペロしちゃいますよ?」

彼女は真っ先にゴルドウルフに襲いかかったせいで、ガッと頬をホールドされてしまい、最後までペロペロできなかったのだ。

オッサンは居住まいを正すと、ついに白状した。

……事の発端は、この島にある神尖(しんせん)の広場の近くにあるカフェで、クーララカさんが神尖組(しんせんぐみ)の人たちとケンカになったことでした。

私はとっさに錆びた風でチェスナさんを助け、そのまま逃げ出しました。

ワイルドテイルであるチェスナさんが安全な場所といえばひとつしかありません。

そう……神の住まう山(シンイトムラウ)です。

そこの頂上付近にある洞窟に、チェスナさんをつれていき、気を失っているところを介抱していました。

そしたら……洞窟のなかに現れたのです。

その山の守り神である、『シラノシンイ』さんが。

シラノシンイさんは、私に向かってこう言いました。

ここもいずれ、勇者たちが侵攻してくるであろう。

この娘は私に任せて、そなたは逃げるがよい……と。

シラノシンイさんは、どんな姿をしていたかって?

シンイトムラウの周囲に住んでいるような、ワイルドテイルと同じ姿をしていました。

だからこそ、私に成り代わることを申し出てくれたのでしょう。

そして私は、被っていた『ゴルドくんなりきりマスク』を、シラノシンイさんに渡しました。

これが……このあと島じゅうを騒がせることになった『野良犬マスク』の正体です。

私はチェスナさんをシラノシンイさんに託したあと、山を降りました。

しかし島はすでに手配書が配られていて、神尖組(しんせんぐみ)の人たちが、私とクーララカさんを探していました。

私はそれからずっと、逃亡生活を送っていたのです。

しかし神尖組(しんせんぐみ)の追っ手は厳しく、何度も捕まりかけました。

そんな私を救ってくれたのは、集落からやって来たワイルドテイルの方たちだったのです。

その時、街には多くのセレブたちが、行き場をなくしてさまよっていた時でした。

私はセレブの人たちと一緒に、ワイルドテイルの集落にお世話になったのです。

そこで過ごしていると、ある日、馬に乗ったクーララカさんが集落にやって来ました。

そして……再び野良犬マスクをかぶって、『わんわんクルセイダーズ』の一員となったわけです。

戦いに参加して、何度も勇者たちの反撃にあい、一時はどうなることかと思いましたが……。

マザーの愛の力で勝利できてよかったです。

そしてシンイトムラウを取り囲んでいた勇者たちは、どうやらシラノシンイさんの怒りに触れてしまったようですね。

3600人もの勇者を石化させるだけでなく……爆弾にして、リヴォルヴさんの屋敷を壊滅させるだなんて……。

……え?

私の姿は、集落のなかにはいなかった?

それは、クーララカさんの勘違いでしょう。

きっと、集落には大勢の人たちがいましたから、見落としていたのではないですか。

……え?

いたんだったら、なぜもっと早く正体を明かさなかったのかって?

いや、みなさんが、私を探しているとは思わなくて……。

どうやら、ご迷惑をおかけしたようですね。

説明するまでもないかもしれないが、この弁明は、最初の数行以降は全部ウソっぱちである。

だがオッサンは、追い詰められた浮気男がするようなこの言い訳で、なんとか乗り切ってみせたのである。

しかしこのあとに追徴された、ペロペロの刑だけは、乗り切れなかったようであるが。