『スラムドッグレストラン』が、常識はずれの価格破壊を可能としたのは、いくつかの理由があった。
まず、野菜はすべてこの島の農園で採れたもので、魚はこの島の海で獲れたものを使っている。
このグレイスカイ島は今まではリゾート地として使われていて、景観を損なうからといった理由で、それらの産業は禁止されていた。
しかし、オッサンは知っていたのだ。
かつてこの島が、勇者たちに汚染される前に、滞在していた経験から……。
この島こそ、自然の宝石箱であると……!
豊穣な土と安定した気候は、ブランド品も真っ青の野菜や果物を産出。
ずっと手つかずだった海は、軽く網でさらうだけで、市場では何十万、ときには何百万¥(エンダー)もするような海産物が、入れ食いに……!
そのため、他では札束を切らなければ決して食べられないような幻の食材までもが、お手頃価格で……!
この『スラムドッグレストラン』で食事するだけでも、このグレイスカイ島に来る甲斐はある。
そしてもうひとつの目玉だったのが、『スラムドッグカフェ』。
期間限定だった、あのチョコレート専門のカフェが、ついに復活……!
これはゴルドくん限定グッズと同じく、ハールバリー小国において話題をさらった。
なにせ思い出すだけでも喉が鳴り、営業期間が終わって閉店した時には、多くの喪失者を出したといわれる、あの(●●)伝説のカフェが……!
この島では、いつでもウエルカム……!
野良犬ファンにとっては、もうこれだけでお腹いっぱいといえるだろう。
しかし、まだまだ終わりではない。
フードコートを抜けて、敷地内を南下していくと……。
このテーマパークは、独自の色合いを帯びはじめる。
まずは、シンイトムラウのそばにある、牧場……。
その名も、
『マザー牧場』っ……!
『マザー牧場』はその名のとおり、ホーリードール家の長女である、マザー・リインカーネーションがプロデュースしている、触れ合い型の牧場である。
言うまでもなく、牧場をアトラクション化するというのも、世界初の試みであった。
ブタやニワトリの飼育だけでなく、ウシの乳搾りや、乗馬を体験できる。
それどころかシンイトムラウに生息する動物たちとも触れ合うことができた。
「ほぉ、牛乳って、こんな風に採れるのかぁ! 初めて知ったよ!」
「乳牛っていうんだって! あと、リインカーネーション様に撫でられた乳牛は、いっぱいお乳が出るようになるって書いてあるよ! ここにいるウシたちは、毎日ナデナデされてるんだって!」
「聖女様がウシを撫でるの!? 聖女様って普通、動物に触るのも嫌がるのに、家畜を撫でるだなんて……!」
「本当みたいだよ、ほら、そこに真写(しんしゃ)が飾ってあるし!」
「うわぁ、本当だ! じゃあリインカーネーション様が撫でられたウシを撫でたら、私も……!」
「ふん、そんなわけあるかよ!」
『マザー牧場』で動物たちとたっぷり触れ合ったあとは、隣にある『パインのおうち』。
ここはある種、裏いちばん人気を誇るアトラクションであった。
なにせ、普段は人前に出ないホーリードール家の三女である、パインパックがプロデュースしたのだ。
ようは、彼女がこれまで描いた絵が飾ってある美術館なのだが……。
いままでは身内しか見ることのできなかった絵を見られるとあって、大人気……!
「パインパック様って、こんな絵をお描きになるんだなぁ……!」
「かわいいパインパック様だけあって、絵もカラフルでかわいい!」
「でもなんだろうね、この『ンタユリゴ』って」
「わかんないけど、なんだかすごく芸術的!」
「ふん、こんなの、ただの落書きじゃないか!」
さて、ここまではまぁ、わりと微笑まゾーンなのだが……。
同ランドは、ここから一気にレッドゾーンに突入する。
芸術的な絵に触れて、アカデミックな気分に浸ったゲストたちを、待ち構えていたのは……。
なんと……!
『プリン村』っ……!!
これはホーリードール家の次女である、プリムラが手腕を振るった施設。
プリムラといえば、その見目の美しさや心の清らかさのほかに、同家の良心として、唯一の常識人としても有名である。
しかしこのアトラクションに限っては、彼女の見方が1800度……。
反転するどころか、高速回転を始めてしまいそうなほどの、とんでもないものであった……!
『プリン村』は、妖精と動物たちが仲良く暮らす、花と緑にあふれた森という設定。
グレイスカイ島の自然をそのまま利用した作りとなっているのだが……。
森の外にある『プリン村』のアーチがかかった入り口からは、特におかしな様子は感じられない。
しかし一歩足を踏み入れると、感じるのだ。
常にどこからか見られているような、視線を……!
不思議に思ってあたりを見回してみると、木の向こうから等身大のゴルドくんが覗き込んでいるのに気付く。
しかし目が合うと、ゴルドくんはサッと陰に隠れてしまう。
これはまぁ、別におかしなところはない。
いたずらなゴルドくんっぽい歓迎方法である。
先に進んでも、視線はなおも絡みついてくるのだが、見るたびに引っ込んでしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、きれいな泉の前に出る。
泉の上では妖精が遊んでいるのだが、それは人間の姿をしておらず、手のひらサイズのゴルドくんに羽根が生えているという、一風変わったいでたちをしている。
まぁ、これもおかしなものではない。
ゴルドくんはいろんなコスプレをしているので、その延長のようなものといえる。
しかしこのゴルドくん、人間を見つけるや否や腹ペコの蚊のように寄ってきて、ぴったりと張り付いてくるのだ。
これもまぁ、ファンにとっては嬉しいサービスのひとつである。
大きなゴルドくんの視線と、小さなゴルドくんを身体にまとわりつかせながら進んでいくと、次は一面の花畑に出る。
彩とりどりの花は踊るように風に揺られていて、来客に気付くなり一斉に振り向く。
すると、花はぜんぶゴルドくんの顔……!
ロックオンするかのように、すべてがこっちを向いている……!
しかも近づくとにゅうと茎を伸ばしてきて、触手のように絡みついてくる……!
こ……これもまぁ、理解できなくはない。
妖精にもなれる存在なのであれば、植物になったところで、違和感はそれほどでも……。
ゴルドくんに見つめられ、張り付かれ、巻き付かれ……。
ゲストたちは全身でゴルドくんを堪能できる仕掛けとなっていた。
さらに進んでいくと、いよいよ『プリン村』に到着。
アトラクション的にはもうお腹いっぱいなのだが、今までの出来事は、ただの道すがら……。
ほんのジャブにしか過ぎなかった。
村はゴルドくん一色。
石畳にはゴルドくんの顔が敷き詰められ、家はゴルドくんの生首。
ついには木までゴルドくんの人面樹となっている。
住人たちは犬や猫、キツネやタヌキ、ウシやブタなどの様々な種類の動物なのだが、顔はぜんぶゴルドくん。
彼らはゲストが訪れやいなや、楽器を弾き馴らして歓迎してくれる。
ギター、ドラム、マラカス……ぜんぶがゴルドくんをかたどったもので、奏でられる音色も、
……ゴルゴルゴルゴルゴルゴル……!
池にいる魚や、浮かんでいる葉っぱまでもがゴルドくん。
ゴルドくんの顔の形の葉の上にいる、ゴルドくんの顔をしたカエルが、飛んできたゴルドくんの顔をした虫を、ゴルドくんの顔が先っちょに付いている舌でキャッチ。
さらにその下からゴルドくんの顔をした大きな魚が現れ、ゴルドくんの顔の形の葉っぱと、ゴルドくんの顔をしたカエル、ゴルドくんの顔をした虫を、ひとまとめにして飲み込んでいく。
この村は、食物連鎖までもが、ゴルドくんっ……!!