ブラインドのせいで、昼なお薄暗い取調室。
ひとりの男のボソボソとした声だけが、虫の息のように響き渡っていた。
……俺はちょっと前までは、勇者だったんだ……。
『コスモス』っていう、ちったあ名の知れた、創勇者(そうゆうしゃ)だった……。
いや、お前らは知らねぇだろうな。
だが一部の勇者のなかでは、俺を知らねぇ者はいなかった。
なにせ、美形と呼ばれた勇者は、みいんな俺の化粧品を使ってたんだからな……!
男が化粧をするのを、変に思うか?
でもアイドル勇者、たとえばライドボーイ一族なんかは、俺のお得意様だったんだ。
俺には、あるオッサンの助手がいてなぁ、ソイツはゴミみてぇな役立たずだった。
当時は少なくとも、そう思ってた。
だから俺は、捨てちまったんだ。
ライドボーイたちが使用人を欲しがってたから、化粧品とセットでくれてやったんだ。
でも、それからよ、俺の転落が始まったのは。
俺の化粧品は質が悪くなったとかいって、さっぱり売れなくなっちまったんだ……!
製法は変わってねぇから、そんなはずはねぇと思ってたのに……。
それでやっと、やっと気付いたんだよ。
俺の作った化粧は、ぜんぶ、あの(●●)オッサンが仕上げをして、瓶に詰めてた……。
あの(●●)オッサンの最後のひと手間があったから、俺の化粧品は品質が保てていたんだ……!
最初は認めたくなかったさぁ。
だってあのオッサンは、野良犬みてぇにさえないヤツだったんだぜ?
そんなのに支えられてただなんて、普通思わねぇじゃねぇか。
でも俺の化粧品は、どんどん勇者たちに売れなくなって……。
それまでうなぎ登りだった勇者の階級も、じょじょに下がりはじめて……。
俺は、焦りはじめたんだ。
また俺が返り咲くには、画期的な化粧品を開発するしかねぇって。
そこで俺は、オッサンが残していった、化粧品のレシピ本を読み返してみたんだ。
そしたら、あったんだよ……!
『究極の美白化粧品』が……!
そいつを使えば、肌が白くなって、シワも目立たなくなるっていう、すげぇヤツだった……!
そこでふと、ハチが話を遮った。
「おいおい、ちょっと待ちやがれ! さっきから聞いてりゃ、よくわからねぇオッサンがいなくなったせいで、テメーが堕落したって話なだけじゃねぇか!? それでなんで、毒入りの化粧品なんて作るんだよ!?」
その問いに答えたのは、他ならぬ人物であった。
「……『卑毒(ひどく)』を酢と石灰と混ぜ合わせて、身体に塗ると……。肌の色が白くなり、老化も抑制できる効果があるんです。しかし卑毒は皮膚を通して体内に取り込まれてしまうので、使い過ぎると死に至るのです」
「ぐぐぐっ……! アンタ、ローンウルフとか言ったな……! かなり詳しいじゃねぇか……! いや、それも、『かみそりエイト』の受け売りか……!?」
「モスコスさん、あなたが見たレシピというのも、そういった注意書きのようなものがあったのではないですか?」
「その通りよ……! 『絶対に作るな』と書いてあったなぁ……! でもそう書かれていて、作らねぇヤツなんて、いるのかよ……!?」
かつての勇者は、ふたたび独白モードに戻る。
……俺は真っ先にその化粧品を作って、ハーレムの聖女で試してみたさ……!
結果は、お前さんたちも知ってのとおりだ。
でも俺は、あきらめなかった。
『究極の美白化粧品』を完成させれば、勇者の化粧品を席巻できると信じて……。
製法を変えて、実験を続けた……!
実験体(モルモット)には困らなかったぜぇ、なにせ、ハーレムにいっぱいいたからなぁ……!
美しくなれるとわかれば、毒でもなんでも目の色を変えて塗りたくるような、色ボケのメスブタどもがなぁ……!
でも……。
俺のハーレムが全滅しても、完成しなかった……。
同時に俺は、『堕天』させられちまった……。
それまでの失点(ツケ)もすべて払わされて、このザマよ……!
言いながら、目を覆う包帯を指で押すモスコス。
そこにはあるべきはずのものがなく、押すがままにズボッと落ち窪んでいた。
でも、それでも俺は、あきらめなかった……!
名前を捨て、顔を変えて……。
しがない化粧品屋に身をやつしてでも、研究を続けた……!
でも、ふたつ問題があったんだ。
それは、『金』と『実験体』……。
勇者には見向きもされなくなった、俺の化粧品を買い求めるヤツなんて、貧乏聖女しかいねぇ。
それに堕天してハーレムを失った以上、モルモットもいねぇ……。
そんな時に、声をかけられたんだ。
『野良犬』になれ、ってな……!
野良犬と名乗って連続殺人をして……。
この王都にいる市民どもを震えあがらせて、野良犬の名を地に落とせば、金をくれるってな……!
そこから先は、もうわかるだろう?
俺は、金とモルモットを、同時に手に入れる方法を、思いついちまったってワケだ……!
悪びれもせず「ヒヒヒヒ……!」と笑うモスコス。
対面で足を組んでいたエイトが、怒りもせずに言った。
「そうでしょうね。私にはすべてわかっていましたよ。では、最後に聞かせてください。あなたに『野良犬になれ』と依頼したのは、誰なのですか?」
すると、モスコスの笑いが氷結した。
「そ、そいつは言えねぇ……! い、今までのことも、本当は白状するつもりはなかったんだ! で、でも……。ローンウルフとかいうヤツの声が、あの(●●)オッサンに似てたもんだから、つい、口がすべっちまったんだ! な、なぁ、俺が言ったことは内緒にしておいてくれないか、でなきゃ俺は、殺されちまう……!」
モスコスは急に、ソワソワしだす。
ローンウルフが「落ち着いてください」と声を掛けたのだが、逆効果だった。
「ヒイッ!? て、テメーの声なんか、聞きたくねぇっ! 俺を捨てたオッサンのことを思い出しちまうんだよっ!? ……お、オッサン! オッサンオッサンオッサン! オッサァァァァァンッ!! な、なんで俺を捨てちまったんだよぉっ!? あ、アンタがいりゃ、俺は今頃っ……!」
とうとう錯乱しはじめるモスコス。
エイトとハチが取り押さえながら、ローンウルフに向かって叫んだ。
「ローンウルフ君! モスコスはすっかり、キミを思い出のオッサンと取り違えているようです! 落ち着かせるために、キミはここから出て行ってください!」
「わかりました」と頷いて、オッサンは取調室を出た。
扉を閉めた直後、
「ぐへぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
血を吐くような、悲鳴が轟く。
すぐさまとって返したオッサンが、目にしたものは……。
地面にうつ伏せになった、モスコスと、広がる血だまり。
そして、コロコロと転がる、化粧品の瓶……。
ハチが地団駄を踏んだ。
「くそっ! コイツ、毒の化粧品を隠し持っていやがった! まさか、飲んで自殺を図るだなんて……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王都を騒がす連続殺人鬼、『野良犬』は死んだ。
しかし、何者かによって依頼された犯行である以上、第2第3の野良犬がこれから出現することは明白であった。
「ローンウルフ君、これでキミの疑いはすべて晴れました。でも、私はキミに興味を持ちました。そこでどうでしょう、私の『御用聞き』になりませんか?」
「『御用聞き』、ですか?」
「ええ。この国の憲兵は犯罪捜査のために、民間の協力者を推薦することができます。それを『御用聞き』というんです」
「え、エイトの旦那!? こんな宿無しを御用聞きにするだなんて、正気ですかい!?」
「ええ、ハチ君。むしろ宿無しだからこそ、捜査にはもってこいだと私は思ったのです。『御用聞き』になれば、憲兵同然の捜査権限を得られます。私ほどではありませんが、キミのその広い知識を活かせると思うのですが」
ようは、セブンルクスの番犬の手先になれという話であった。
野良犬が出した答えは、もちろん……!
「私でよければ、これからも協力しましょう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゴルドウルフは偶然なのか必然なのか、セブンルクス王国において、奴隷の身からホームレスに、ホームレスから御用聞きへと出世した。
そして憲兵の捜査権限を利用し、ゆうゆうとセブンルクス王国外へと、出ることができたのだ……!
約1日ぶりに、グレイスカイ島に戻ったオッサン。
窓から自室に戻ると、泣きながら替え玉からすがられた。
「や……やっと帰ってきたあっ!? ゴルドウルフさん、今までどこに行ってたんですかっ!?」
「すいません、ウォントレアさん、マザーのほうは大丈夫でしたか?」
「大丈夫じゃないですよっ!? ゴルドウルフさんのモノマネができるからって、こんな安請け合いしなきゃよかったです! まさか部屋に閉じこもってるだけで、マザーがあんなに取り乱すだなんて……! マザーが泣き崩れたときは正直、出て行きそうになっちゃいましたよ!」
「ありがとうとございます。でも、これからもお願いすることになりそうですので、その時はやってもらえますか?」
「えっ……ええ~っ……」
ゴルドウルフはウォントレアを窓から逃がしたあと、いつものタキシードに着替える。
外の廊下が信じられないくらい賑やかだったので、様子を伺うために、缶詰の終わりを装って、外に出てみたのだが……。
そこにあったのは、『祭り』っ……!
神殿の廊下であるというのに、まるで神社の仲店のように、露店が並び……。
祭り囃子と神輿が行き交う、とんでもない空間になっていたのだ……!
盆踊りを踊っていたマザーは、ゴルドウルフの姿に気付くと、半泣きというか全泣きで飛んできた。
「ご、ゴルちゃんゴルちゃんゴルちゃん! ゴルちゃああああーーーーーんっ! や、やっと出てきてくれたのねっ! 賑やかにすればゴルちゃんが部屋から出てきてくれると思って、ママ、みんなを集めてお祭りやってみたんだけど……出てきてくれて、本当によかったわぁ!!」