そして、『合同新製品発表会』の日がやって来た。
場所は、ガンクプフル小国の王都にある、もっとも大きな公園。
そこに特設ステージが設けられ、周囲を360度囲むように立ち見席が設けられた。
さらには勇者関連のイベントでは標準装備となりつつある、伝映(でんえい)の巨大水晶板も設置される。
水晶板にはステージの様子が映し出される予定となっており、遠くの客席からでも、プレゼンする新製品がよく見えるようになっていた。
発表後には物販が行なわれ、その販売数に応じて勝敗が決着する。
観客席から物販ブースへの導線も完璧なルートで設計されており、運営による不手際は極力起こらない作りになっていた。
これも、プリムラをはじめとする『スラムドッグマート』陣営と、フォンティーヌをはじめとする『ゴージャスマート』陣営が幾度となく打ち合わせを重ねてきた賜物である。
勇者と民間が合同でなにかのイベントを行なう場合、勇者側の意見が全面的に採用されるのが普通である。
しかし今回はフォンティーヌが指揮を取っているだけあって、そうはならなかった。
フォンティーヌはプリムラを幾度となく呼び寄せ、打ち合わせを重ねる。
大胆で派手好きなお嬢様聖女と、慎重で心配りのできる聖少女、それぞれの意図がうまく噛み合った形になったのだ。
となれば、運営によるグダグダはほぼ無いといっても良いだろう。
あとは、MCを誰にするか、という点だったのだが……。
勇者の関わるイベントでは、必ず導勇者(どうゆうしゃ)がMCとして選ばれる。
しかし今回は、勇者側であるはずのフォンティーヌがその通例を一蹴した。
「このたびの『合同新製品発表会』は、魔導女たちを相手にしたイベントなんですのよ? プレゼンターもイメージキャラクターも女性なのに、MCが男性というのは良くありませんわね。よって、女性MCを採用することにいたします」
これにはステンテッドが猛反対して、自分がMCをやるなどととんでもないことを言い出した。
しかしそれはお流れになり、民間からある人物が選ばれる。
勇者側、野良犬側、どちらのお眼鏡にもかなう人物、それは……?
『みなさま、大変長らくお待たせいたしました。私は本日の司会進行を務めさせていただきます、グラスストーン・ショートサイトと申します。今日、お集まりいただいた魔導女のみなさま、お忙しいなか大変ありがとうございます。今日は楽しい楽しいステージイベントをたくさんご用意しておりますので、どうかごゆっくりとお楽しみください』
ステージのまわりを、いや、公園じゅうを埋め尽くすほどの人だかりから、まばらな拍手がおこる。
そう、MCとして白羽の矢が立てられたのは……。
グレイスカイ島で起こったゴーコンを取材していた、グラスパリーンの妹……。
グラスストーン・ショートサイト……!
彼女は勇者側から見て、野良犬側の人間ではないと思われている。
そして逆の野良犬側から見ても、勇者側の人間ではないと思われていた。
それだけ彼女は『無味無臭』であったのだ。
しかし彼女は新聞記者であり、司会者ではない。
せっかくの盛り上げトークもニュースを読み上げるような淡々とした口調だったので、ステージは冷え冷えだった。
しかし今回はそのほうが、都合が良かったのだ。
なぜならば、
『それではさっそく、ゴージャスマートとスラムドッグマート、両店のプレゼンターの方たちにご入場いただきましょう。まずはスラムドッグマートの方々、お願いします』
プリムラとラン、そしてビッグバン・ラヴが舞台袖から現れたとたん、
「キャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
大歓声が、ステージを包んだ。
そう、プリムラという有名な聖女に、カリスマモデルの組み合わせで、盛り上げは十分……!
これに加えてMCがジャンジャンバリバリなどという暑苦しい存在だったら、観客は胸焼けを起こしていたことだろう。
ステージの熱を冷ますくらいのクールなMCのほうが、今回に限っては良かったのだ。
観客たちは生のプリムラとビッグバン・ラヴを前に、大騒ぎ。
「すごい! プリムラ様っ! かわいい! 顔ちっちゃい! スタイルいいっ!」
「スタイルなら、バーニング・ラヴちゃんだよ! それに見て、あのメイク新作だよ! さっそくマネしなきゃ!」
「メイクならブリザード・ラヴちゃんでしょ! あのナチュラルメイクこそ至高でしょ!」
一気に温まるステージ。
しかしMCは同調することなく、ひたすらに自分の仕事をこなす。
『それでは次に、ゴージャスマートのプレゼンター、お願いします』
しかし、誰も出てこない。
『あの、ゴージャスマートのプレゼンターの方、どうされたのですか?』
舞台袖を見るグラスストーン。
なにやらトラブル発生かと、静まりかえる客席。
その瞬間を、見計らっていたかのように、
……ドドーーーーーーーーンッ!!
ステージの下、奈落に控えた楽隊が、重厚な爆音を奏でる。
それは、今やこの国でもすっかり有名になった、とある偉人の出囃子であった。
ドンドンドコドンドンドコン! ドンドンドコドンドンドコン!
偉人自身が、異国で聴きほれたという、ドラムをベースした力強い音色。
昂ぶるハートビートのようなリズムは、ステージ上をビリビリと震わせ、聴くもののボルテージを否が応にも突き上げていく。
それだけで客席は大いに湧き、偉人コールが起こる。
彼らが叫ぶその名は、もちろん……!
「フォンティーヌ! フォンティーヌ! フォンティーヌ! フォンティーヌ! フォンティーヌ!」
そしてその声援に応えるのは、もちろん……!!
『おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!』
しかしまだ、姿は現れない。
おなじみの高笑いを、ただ響かせるのみ。
前回のゲリラプレゼンでは、彼女は馬車の屋根に乗って登場した。
きっと今回もそうなのであろうと、観客たちは周囲を見回す。
しかし、偉人は往くのだ。
人々の、想像の上(●)をっ……!
……ぶわあぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!
風が舞うような音とともに、真っ赤な巨鳥がステージを横切る。
それは空中で旋回して、旋風を巻き起こす。
『おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!! ハイブリッド聖女、フォンティーヌ・パッションフラワー……!! ただいま参上なのですわっ!!』
先日の魔導女学園での変態撃退事件以来、彼女はすっかり魔導女たちのスーパーヒロインになっていた。
そんな人物が、スーパーヒーローのように空から現れたのだが、それはもう……!
客席はのっけから、最高潮(クライマックス)っ……!
「きゃああああああっ!! フォンティーヌ様ぁ!!」
「まさか、空から現れるだなんて!! 想像もつかなかったわ!!」
「フォンティーヌ様は、いつだって私たちの考えの上をいくわ!! だから最高なのよ!!」
ハイブリッド聖女にして、ゴージャスマートのプレゼンターである、フォンティーヌお嬢様……。
彼女は登場時点ですでに、スラムドッグマートを圧倒……!
観客の魔導女たちの心を、空から現れた怪盗のように、かっさらっていた……!