『ゴージャスマート』では急遽、『伝説達成プロジェクト』なるものが構成された。

プロジェクトチームの上層部は4名。

ボンクラーノをトップとし、ステンテッド、フォンティーヌ、シュル・ボンコスがその下に名を連ねる。

彼らは手分けをして動き出す。

目的はもちろん、『伝説級のクエスト』達成……!

歴史にレアモンスターの討伐や秘宝の発見などの偉業をなしとげ、新聞ばかりか、ロンドクロウ小国の歴史に残る伝説となり……。

ロンドクロウでの『ゴージャスマート』の地位を、不動のものにしようとしていたのだ……!

しかし実際に動いていたのは、フォンティーヌとシュル・ボンコスだけであった。

フォンティーヌは広い見聞と知識を用い、ガンクプフル小国内にあまねく、レアモンスターや秘宝の目撃情報、語り継がれる伝説などを集め、クエストの標的(ターゲット)を見定める。

シュル・ボンコスは、長年勇者たちに仕えてきた人脈を利用し、冒険に必要な装備や協力者を募集。

伝説になるほどのモンスターともなれば、かなりの戦力になることを見越してのことだ。

ボンクラーノは特になにもしなかった。

彼はまぁ、組織のトップなので、ハナタレでもデンと構えているだけで良かったのだが……。

問題は、もうひとりの勇者であった。

ステンテッドは生まれついての商人なので、冒険に行くどころか、戦闘経験もない。

伝説達成のメンバーから抜けることもできたのだが、彼はそれをしなかった。

なぜならば、自分がいない冒険の最中に、他のヤツら……。

特にあのお嬢様にいい格好をさせるわけには、いなかったからだ……!

しかし冒険に参加するとなると、後ろに隠れているわけにはいかない。

シュル・ボンコスは尖兵(ポイントマン)だし、フォンティーヌは祈りと魔法の両方を使いこなす。

彼らをさしおいて活躍するためには、剣しかないと思っていた。

そこで彼は剣の腕を磨くため、とある個人商店が主催する、剣術教室イベントに参加する。

しかし勇者である彼が、庶民に剣を教わっていることを知られるわけにはいかないので、もちろん変装をして。

ガンクプフル小国の王都にある広場では、冒険者を夢見る子供たちが集まっていた。

講師は女性であったが、男顔負けのガタイをしている。

「よし、それではまず、剣の構え方から教えるぞ。まず両足を肩幅ほどに開いて……」

「そんなのはどうでもいいから、さっさと斬り合いをさせんか!」

講師の講釈を1分と待たずに遮ぎったステンテッドは、子供達を押しのけて前に出た。

「なんだ貴様は。この剣術教室に参加したいのであれば、黙って話を聞いていろ。」

背の高い、女武者さながらの講師からギロリと睨み降ろされ、ステンテッドは一瞬ひるんでしまう。

しかし相手は女なんだと思いなおすと、手にしていた木刀を突きつけた。

「ワシはお前のような女と違って、忙しい身なんじゃ! わざわざこうして忙しい中を出向いて聞いてやっておるんじゃ! だからさっさと斬り合いをさせろ!」

意味不明の傲慢さに加えて、めちゃくちゃな理屈であった。

講師はなにかを言い返そうしたが、隣に立っていた少女がすかさず割り込んでくる。

「気が合うわね。アタシも実戦派なのよ。斬り合いなら、アタシが相手をしてあげるわ」

金色のツインテールに、銀色の鎖かたびら。

カートゥーン調の外套を羽織ったその少女は、挑戦的な様子でステンテッドを睨み上げていた。

「いきなり出てきて、なんじゃお前は!? しかもまだ子供ではないか! 女子供はすっこんでいろ!」

「あら、アタシにやられるのが怖いの? だからこんなデカブツに絡んでいってるのね」

「だれがデカブツだっ!」と講師。

そして子供にそこまで言われて、黙っていられるステンテッドではなかった。

「こいつ、生意気な口を聞きおって! そこまで言うなら相手をしてやるわ! しかし、手加減は一切せんぞ! ワシは毎日のように、女房と子供を殴って躾けておるんじゃ! お前も同じように、躾けなおしてやるわい!」

『剣術教室』は一時中断。

急遽、ステンテッドとツインテール少女の模擬試合となった。

といってもマナシールドなしのフルコンタクト。

いくら木刀とはいえ、打ち所が悪ければ大怪我をしてしまうだろう。

しかしいずれにせよ、この『剣術教室』の終わりには模擬試合が予定されていた。

怪我人が出ることを想定して、聖女も控えていたのだ。

ここまで述べば、もうおわかりであろう。

この『剣術教室』は、『スラムドッグマート』プロモーション施策の一環だった。

この国の戦士たちはみな叩き上げで、ほとんどが我流剣法である。

そこに目を付け、『スラムドッグスクール』の出張版を開催。

子供たちに正しい剣術を教えれば、冒険の生存率もあがる。

同時に商品アピールも行なえるので、将来的には店のほうにも来てもらえるだろう。

これは、生涯顧客育成と呼ばれる手法であった。

古い手法の草の根活動ではあるものの、顧客と強い結びつきを得られ、うまくいけば一生モノの関係になってくれることもあるのだ。

その完全子供向けのイベントに、偽勇者は乱入し、あまつさえ無礼を働いた。

しかしこの道場破り同然の行為は、ライバル店への妨害と考えれば、ある意味効果的かもしれない。

講師の女どもを、衆目の前で叩きのめすことができれば……。

子供たちは愛想を尽かし、『剣術教室』自体を成り立たなくすることが、できるからだ……!

もちろんこれは、ステンテッドが剣の達人に限った場合の話である。

そして大の大人が、小さな少女に喧嘩を売った、その結末はというと……。

やはりというか、無理もないというか……。

あっけない言うのもおこがましいほどに、一瞬で決着した。

相手の少女が、頭を下げている最中……。

審判の「はじめ!」の言葉すらも遮って、

「うおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!」

ステンテッド、大上段による、先制攻撃……!

しかし、遅かった。

両者の間はそれほど離れてはいないのだが、美食で肥え太ったステンテッドは、地を蹴る音は、「ドスドス」と勇ましいものの……。

身体じゅうの贅肉を揺らすばかりで、ちっとも前に進まない。

ゆっくりと顔を上げた少女が、首筋めがけてひょいと木刀を突き出すだけで……。

……ドスゥゥゥゥッ!!

人間の急所のひとつともいえる喉元に、切っ先が深々と突き刺さった……!

「ごはっ!? ぐええええええええっ!?」

ステンテッドは荒波に打ち上げられたセイウチのように倒れ伏し、喉を押えて悶絶していた。