ふたつの『冒険者の店』が、同日に伝説挑戦の発表を行なった。
これは、次の日の朝刊を、大いに賑わせることとなったのだが……。
フォンティーヌにとっては、寝耳に水の出来事であった。
彼女は最近、仕事の都合でハールバリーの屋敷には帰っておらず、セブンルクスのホテルに泊まっている。
部屋で優雅な朝食を終えたあと、ボーイが運んできた新聞各紙に、華麗に目を通していたのだが……。
見出しのストロングランゲージに、新聞を突き破ってしまうほどの勢いで、目玉を飛び立させていた。
「ま……まさかプリムラさんも、同じことを考えていたとは……!」
しかしそれ以上にショックだったのは、
「わたくしのお尻は、汚くなんかありませんわっ!!」
……バリィィィィィィーーーーーッ!!
新聞を真っ二つに引き裂いた彼女は、鬼気迫る表情をしていた。
そして寸刻の余裕も許さないほどに立ち上がると、発車間際の電車に飛び乗る勢いで、バスルームに飛び込んだ。
起床してから二度目となるシャワーで全身を、特にお尻を念入りに洗ってから……。
セブンルクスの『ゴージャスマート本部』に出勤する。
そして雁首そろえた男たちに対し、新たなる発表をした。
「わたくしたちの今回のターゲットは『モフモーフ』ですけれど、『討伐』ではなく『剥奪』に変更いたしますわ!」
「まぁたロクでもないことを抜かしおって! 新聞発表をした直後に何を言い出すんじゃ!? その口を縫い付けてやろうか!?」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。ひょっとしてフォンティーヌ様は、『討伐』より『剥奪』のほうが容易だと考えたのですかな? しかし今回の相手は聖獣ですので、事情が異なります。聖獣には、状態異常の魔法などが効きにくいのです」
「そういった消極的な理由ではありませんわ。積極的な理由がふたつほどあるのです。まずひとつめ」
お嬢様は言いながら、ピッと人さし指を立てた。
「まずひとつめは、今日の朝刊で、スラムドッグマートが『ユニコーン』の角の『剥奪』を宣言したのはご存じですわよね? 先ほど、シュル・ボンコスさんもおっしゃいましたけど、聖獣の『剥奪』は、『討伐』よりも難しい……。もし今回のクエストが、わたくしたちもプリムラさんたちも、どちらも成功した場合、伝説の度合としては、プリムラさんのほうが上になってしまいますわ」
「ふしゅる、ふしゅる……。なるほど、それでこちらも『剥奪』に変更するというわけですな。でも、『モフモーフ』に、『剥奪』するに値するほどのものがあるのですかな? それも、『ユニコーンの角』を越えるほどの、レアアイテムが……」
するとお嬢様は答えるかわりに、立てた人さし指に中指を加えて、Vサインを作る。
「それが、ふたつめの理由ですわ。これは、偶然目にしたのですけれど……。今日の朝刊に、『モンスター研究の権威』とされる導勇者(どうゆうしゃ)様が、モフモーフについてある研究結果を発表されていたのです」
ではここで、その導勇者(どうゆうしゃ)の発表をもとに、『モフモーフ』とはどんなモンスターなのかを説明しておこう。
『モフモーフ』は黒くて長い体毛で覆われたモンスターで、大きさや形状としてはクマに近い。
クマと同じでハチミツを好み、それを体内にある『蜜袋』に溜め、熟成する性質がある。
一見して哺乳類であるが、卵生。
高い山岳の洞窟などに住み、『山稜の穏者』と呼ばれるほどに、性格は穏やか。
しかし攻撃された場合や、子を守る時などは獰猛になり、怒ると全身の毛が逆立つ。
それはさながら、黒き炎が燃え上がっているようだという。
『黒き炎』の状態になると、『蜜袋』の蜜は猛毒に変わり、それを口から噴出して攻撃する。
毒は霧状で、微量の吸引どころか、肌に付着しても効果を受けてしまう。
毒を受けても即死することはないが、およそ7年間にわたって長き苦しみを与え、身体を蝕んでいくという。
魔術や医術、聖女の祈りでも除毒は不可能とされているため、毒は『七年殺し』とも呼ばれている。
これまでの討伐実績では、獰猛な状態での生態しか確認されてこなかった。
だが近年の研究で、体内にある『蜜袋』で熟成された蜜は、極上の美味であるうえに、不老長寿の妙薬であることが判明。
しかし蜜の採取は困難を極める。
なぜならば攻撃すると、『黒き炎』状態になり、蜜は毒になってしまうからだ。
もし刺激せずに、蜜を分けてもらうことができれば……。
その蜜は、『ユニコーンの角』をも、はるかえに超越する……。
超絶レアアイテムと、なることであろう……!
今朝読んだ記事の内容を引用しつつ、説明を終えたお嬢様は、ニヤリと笑う。
「これはあくまで仮説のひとつにしか過ぎませんわ。でも、もし蜜を手に入れて、仮説を裏付けることができたなら……それは、世界で初めての試みになる……! ほんのひと握りとはいえ、すでに誰かが成し遂げた偉業を、なぞるのではなく……。まさに、前人未踏っ……! わたくしたちは蜜を手に入れた最初の人間として、永遠に語り継がれることになるのですわっ!」
これは、朝の道端の曲がり角で、パンを咥えた少女を待つような話であった。
まずありえないが、絶対にないとも言い切れない。
そして、もしあったら……。
これからの人生を大きく変えてしまうほどの、とんでもない転機(イベント)となる……!
男たちの反応は様々であった。
「仮説でプランを変更するだなんて、リスクが大きすぎるわ! これだから、女というものは! 女は男と違って真剣に働いたことがないから、そんな夢みたいなことを平気で抜かすんじゃ!」
「ふしゅる、ふしゅる……! 世界初の蜜を手に入れたとあれば、しゅるは尖兵(ポイントマン)として、ゴルドウルフ以上の功績を……。あ、いえ、なんでもありません。面白いアイデアですので、しゅるは賛成です……! しゅるしゅる、ふしゅるるるる……!」
「さ……最高だボン! 世界初の偉業となれば、ボンの大手柄になって……ガンクプフルでの失敗も、チャラになるボンっ! しかもその蜜を、パパにプレゼントできれば……! き、決まりだボンっ! なんとしてもモフモーフから蜜を剥奪するボンっ!」
ちなみにではあるが、『モフモーフの蜜』が大変なる美味というのは事実である。
ボンクラーノには過去に、その蜜を手に入れるチャンスがあったのだが、フイにしていた。
さらに言ってしまうと、『モンスター研究の権威』とされる導勇者(どうゆうしゃ)の発表も、完全なる丸パクリである。
誰のパクリかは……もはや、言うまでもないだろう。
しかし、いずれにせよ……。
この世界にはまだもたらされていない、『恵み』のひとつには変わりはない。
そして、重なるときには重なるものである。
ゴージャスマート側の伝説挑戦も、スラムドッグマート側と同じく……。
『剥奪』に変更された。