無防備なままのバーンナップの目の前で、シャルルンロットは床を蹴る。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
ツバメのようにツインテールをなびかせ、高く飛び上がった。
明かり取りの窓から差し込む光に、大上段に構えた剣のグリップエンドと、長い髪が金色の光で結ばれる。
黄金のトライアングルとなって、天高く輝いた。
この技は、彼女のいちばんの得意技『ナイツ・オブ・ザ・スラムドッグ』。
このフライング兜割りで、いままで多くの対戦相手たちを、一撃のもとに葬ってきた。
それはずっと歳上の高校生でも例外ではない。
ミッドナイトシュガーのように小柄なバーンナップ相手では、ひとたまりもないであろう。
その場にいた誰もが、「決まった……!」と思っていた。
ただ、ふたりを除いて。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
振り下ろされた渾身の一撃は、
……ガキィィィィィィィィィーーーーーーーーンッ!!
手に伝わったのは、マナシールドを破るとき独特の、ガラスを叩き割るような感触ではなかった。
ビリビリとした痺れに、「う……うそっ!?」と目を剥くシャルルンロット。
三重のマナシールドは、いちばん外側の一枚すらも、破れてはいなかった。
しかもシールドの表面には、ヒビひとつ付いていない……!
驚愕に静まり返る道場内に、高笑いが響く。
「おーっほっほっほっほっほっ! そんな子供だましの一撃で、わたくしのトロワシールドが破れると思いまして!? さぁ、次はこっちの番ですわよ! バーンナップ、やっておしまいなさい! ただし、軽くですわよ! 大会前にケガなどされては困りますわ! だってわたくしたちの目的は、大勢の中で野良犬を這いつくばらせることなのですから!」
多弁なるお嬢様に、「承知」とだけ返すバーンナップ。
同時に、腰に携えていたチャルカンブレードを抜刀、
……ゴッ……!
下からの斬り上げに、竜の舌のような紅蓮がうまれ、シャルルンロットの身体を舐めるように通り過ぎていった。
一拍の後、
……ドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
シャルルンロットの全身が、炙られるように熱くなる。
背にしていた道場の壁が、ガス爆発を受けたかのように吹っ飛ぶ。
同時に彼女も、渦を巻くようにツインテールを振り乱し、道場の床を転がっていた。
そして薄れゆく意識のなかで見ていたのは、青い顔で駆けつける仲間たち。
そして、その向こうにある……。
すでに道場から出ようとしている、お嬢様と騎士の背中であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シャルルンロットは爆発コントのように黒焦げになってしまったが、外傷はほとんどなかった。
顔が黒く煤けてしまったのと、毛先がカールするだけですんだ。
跡が残らないようにと手加減されたのが丸わかりで、それが余計に彼女を苛立たせる。
「くっ……くやしぃぃぃ~~~っ! な……なんなのよアイツっ!? うがぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
「おそらく、手の内を見せにきたのん」
「手の内を見せにきたぁ!? なんでわざわざそんなことすんのよ!?」
「今までの剣術大会を研究すれば、こっちの手の内を知るのは簡単のん。もしぶっつけ本番でやっていれば、さっきみたいに一撃で勝負がついていたのん。相手は情報の有利をなくすために、わざとマナシールドとチャルカンブレードの存在を教えにきたのん」
「な……!? なんだってそんな、自分が不利になるようなことを……!?」
「おそらく……『正々堂々』と、戦うためのん……」
ミッドナイトシュガーの予想は当たっていた。
実のところ、ボンクラーノたちの考えでは、スラムドッグマートに対してだけ、剣術大会のルール変更を当日まで明かさない予定となっていた。
なぜならば、戦士だらけのロンドクロウにおいて、剣術大会は非常に関心が高いイベントのひとつ。
大会当日は、多くの戦士が冒険を休んでまで会場に詰めかけるほどの大人気っぷりとなっている。
フォンティーヌが発案した、ボンクラーノ起死回生の一手は、その注目度を利用したものであった。
ルール変更で追加した、『大人枠』にボンクラーノを投入。
マジックアイテム盛り盛りで出場させ、大勢の顧客が見ているなかで、スラムドッグマートを完膚なきまでに叩きのめせば……。
その時のボンクラーノ装備に、注目が集まり……。
ゴージャスマートのシェアは、再び100パーセントに返り咲くのは間違いないだろう。
そうなれば同時に、ボンクラーノの大手柄となり……。
過去の失態は、全部チャラっ……!
相手は小学生だし、追加の大人枠で投入される人物も、たかが知れているであろう。
しかもゴージャスマート側には、ハイブリッド魔女のフォンティーヌと、スーパー小学生のバーンナップがいる。
万にひとつも、負けようがない……!
それどころか、楽勝……!
これは、カモがネギしょってやって来るようなレベルではない。
鍋にお湯を沸かして待っていたら、身体にダシを塗り、具材一式をまとったカモが入ってきてくれるような……。
それどころか鍋に入ったあとは、煮えるまでカモ自身がお酌をしてくれるレベル……!
そのうえ食べたあとは幽霊となって、後片付けまでしてくれるような、至れり尽くせりっ……!
……となるはずだったのだが、フォンティーヌはそれをよしとしなかった。
せめてカモだけは自力でしとめるべきであると考え、こうしてスラムドッグマートの剣術道場に足を運んだのだ。
これで情報格差としては、両店はほぼゼロになった。
あとは大会当日まで、それ以外の差をどう埋めるかが焦点となる。
スラムドッグマート側の課題としてはふたつ。
新ルールへの対応と、新チームへの対応。
まず新ルールのひとつである、『大人選手の追加』であるが、これはチームメンバー満場一致で、ある人物に白羽の矢が立った。
「うむ、やはりここは私だろうな! パッションフラワーの一族との因縁、いまこそ断ち切ってくれよう!」
しかし、自ら名乗りをあげてくれた彼女ではなかった。
本来ならば、スーパー小学生と同じ聖女従騎(ホーリーセイヴァー)であり、同じチャルカンブレードを持っているクーララカを投入するのが最良のはずなのだが……。
少女たちが選んだのは、なんと……。
というか、やはり、というか……。
あの(●●)人っ……!
「……私ですか?」
少女たちは即日、スラムドッグマートの事務所に押し寄せ、ゴルドウルフに選手としての加勢を要請。
それに対して、彼はどう答えたかというと……。
「構いませんが、ふたつ条件があります。ひとつめは、私はクーララカさんの補欠要員とすること。そしてもうひとつは、みなさんは今までと同じ武器で大会に参加すること。これを守っていただけるなら、私を選手登録をしてもかまいません」
オッサンまさかの、補欠……!?