それから2時間後、参加選手と観客たちは、遅れることなく試合会場へと戻っていた。

ただ、ふたりを除いて。

ひとりは司会進行役のステンテッド。

彼は時間も忘れて愛人とイチャついていて、呼び出されてようやく会場へとやって来た。

そしてもうひとりの遅刻者は……。

他でもない、クーララカであった。

「まったく、クーララカのヤツ、指揮官のクセしてどこ行ったのよ!?」

「そういえば、おトイレに行ったとき、クーララカさんの苦しそうな声が、聞こえてきましたぁ」

「ゲリピーみたいのん」

「わうっ! よくばって、たくさん食べすぎたのです!」

「あらあら、まあまあ、それは大変っ!?」

「わたし、様子を見に行ってまいります!」

プリムラは会場を出ようとしたが、できなかった。

なぜか業者のような者たちが、選手入場口に取りついていて……。

木の板を釘で打ち付けて、塞いでいたからだ。

それも一箇所だけではなく、1階にある出入り口を、すべて……!

この会場は1階が試合場となっていて、2階が客席となっている。

そのため、1階にはもう誰も入れなくなり、出られなくなっていた。

これに驚いたのは、スラムドッグマート陣営だけではかった

「なっ……!? これは、どういうことだボンっ!?」

どうやらゴージャスマート側も寝耳に水だったようで、ボンクラーノもシュル・ボンコスもフォンティーヌも慌てふためている。

ステンテッドは彼らにウインクを送ると、拡声棒ごしに声を大にする。

『あー、オッホン! これより決勝戦となるわけじゃが、最後は趣向こらして、ルールを一部変更することにした! これまでは両チームひとりづつの戦いであったが、決勝は全員入り乱れての、実戦形式とする!』

一方的な宣告に、観客席だけでなく、選手たちからも驚愕の声が沸き起こる。

ステンテッドは得意気に鼻毛を吹き鳴らして続けた。

『もちろん選手だけでなく、指揮官や防護班、救護班まですべて入り乱れる!

指揮官はもちろんのこと、防護班や救護班への攻撃もアリじゃ!

そして実戦形式じゃから、マナシールドがなくなったあとに一撃を加えれば勝ちというわけではない!

相手が意識不明になるまで、攻撃を加えてもよいものとする!

もちろん、降参もナシじゃ!

相手が「まいった!」と言っても許さず、徹底的に叩きのめすんじゃ!

さらに場外もナシにするため、こうして試合会場内の邪魔なものは全部取り払った!

逃げ出せぬように、出入り口もすべて塞がせてもらった!』

なんと、出入り口封鎖は、ステンテッドの差し金であった。

小学生向けの剣術大会とは思えないルール変更に、野良犬たちやフォンティーヌは猛抗議する。

しかし、観客たちからは大好評。

「いいぞーっ! 生ぬるいチャンバラよりも、こういうのが見たかったんだ!」

「子供たちもいずれ実戦を経験することになるんだから、いい機会じゃねぇか!」

「予選はずっと退屈だったが、これなら楽しめそうだぜ!」

「ボンクラーノ様の実力も、これで明らかになるんじゃないのか!?」

シュル・ボンコスは、歯噛みをしていた。

――大会中、ずっと大人しくしていると思ったら……。

まさかこんなことを、企んでいたなんて……!

このルールはひとつ間違うと、大変なことになってしまいます。

もしボンクラーノ様が、一斉に襲われるようなことがあったら……。

瞬殺……!

ボンクラーノ様の剣は、抜きさえすれば相手を葬り去ることのできるほどの魔法剣です。

たとえ剣術の心得のないド素人でも、剣聖相手に勝利できるほどの……!

しかしそれは、相手がひとりという場合にのみです。

もし背後から斬り掛かられるようなことがあったら、終わってしまう……!

シュル・ボンコスは万一のことを考え、ルールの却下をボンクラーノに提案する。

そして肝心の、今大会の影の実力者である、かの坊ちゃんはというと……。

「いっ……! いいボンっ! 最高の舞台が整ったボン! でかしたボン! ステンテッド!」

ご満悦……!

なんとステンテッドのトンデモルール改変を、全面容認(オール・オッケー)!

クソ坊ちゃんが絶賛したのには、理由があった。

まず、従来のルールである、マナシールドを破って一撃入れれば勝利、では、見た目の派手さに欠ける。

それに下手をすると、自分の強さを誇示できる前に、全員倒してしまう可能性もある。

しかし『戦闘不能となるまで』、という決着条件であれば、じわじわといたぶることが可能。

脚をへし折り、這いずって逃げる子供たちをさんざん追い回し、たっぷり恐怖を与えることができる。

泣き叫ばせ、命乞いをさせ、チビらせ、最大級の屈辱を味わわせることができるのだ。

そうなればスラムドッグマートは、再起不能レベルにまで、地に堕ちるっ……!

結局、ボンクラーノの鶴の一声で、このルールは『採用』となってしまった。

ルール変更を告げて、2階にあるVIPルームに引っ込んだステンテッドに、シュル・ボンコスは詰め寄る。

「ふしゅるるるーっ! なんということをしてくれたのですか、ステンテッドさんっ!?」

「なんじゃ、シュル・ボンコス! ここは勇者専用のVIPルームじゃ! 貴様のような者が来ていい場所ではないぞ!」

「あなたがルールを変えてしまったせいで、いざという時の棄権が一切できなくなってしまってではないですか!? ボンクラーノ様にもしものことがあったら、どうするおつもりなのですか!? それに『100勇』の最中であるボンクラーノ様は、もう失態を犯しても止める手立てがないのですよ!?」

「そんなこと、貴様に心配されんでもわかっておるわ! ボンクラーノ様の右腕であるこのワシが、その程度のことも考えておらんと思ったのか!」

「しゅる……? ということは、なにか策をお考えなのですか……?」

「もちろんじゃ! ボンクラーノ様が圧勝するどころか、あの野良犬どもに最大級の屈辱を与えて勝利する策が……! それどころか、あの聖女たちをも手に入れられる、一石三鳥の策がな! しかももう、その仕込みは終わっておるわ!」

「しゅるっ? もう、終わっているというのですか……?」

「そうとも! あの野良犬どもはまだ気付いておらんが、ヤツらはもう、蜘蛛の糸に絡め取られたも同然……! あとは無様な死に様を晒すだけなんじゃ! がっはっはっはっはっ! がーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

この、ステンテッドの抱腹は、偽りではなかった。

確かにもう、『終わって』いたのだ。

それは身体のなかに、時限爆弾を埋め込まれたも同然。

発覚したら最後、絶対に逃げることはできず、ただただ、爆発までのタイムリミットに怯えるのみ。

決勝会場には、刻一刻と迫りつつあったのだ。

野良犬を、そして勇者たちをも巻き込む勢いの、『爆炎』、そして……。

破滅の、瞬間が……!