リンゴほっぺの少女、バーンナップが放った一撃は、大火となって空に広がる。
それは会場の天井までもを焦がし、2階客席から覗き込んでいた観客の前髪を焦がした。
「うわあっ!? な、なんだあの剣は!?」
「とんでもねぇ炎の剣だぞっ!?」
「あんなのを食らったら、たとえマナシールドがあっても骨も残らねぇ!」
「金髪の嬢ちゃんは、どうなったんだ!?」
観客たちは客席から落ちんばかりの勢いで手すりに押し寄せ、試合会場を覗き込んだ。
そこには、なんと……!
「えっ……!? ええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
先ほどまで威風堂々としていて、どんな相手に対しても決して膝を折ることのなさそうだった、強気の金髪少女騎士が……。
五体投地するかのように、床に伏せっていたのだ……!
それも、敵の目の前で……!
しかも、足元に這いつくばるように……!
完全降伏するかのようにべったりと床にへばりつく様は、さながらノシイカのよう……!
そしてこれが、彼女にとっての『プランB』……!
そう……!
野良犬剣法の秘奥義、『チャルカンブレード破り』っ……!
床を舐めんばかりのシャルルンロットの脳内に、言葉が迸る。
「チャルカンブレードは、使用者が激情に合わせて抜刀するので、かならず初太刀は必ず居合い抜き……。すなわち、逆袈裟の太刀筋になります」
「チャルカンブレードは、太陽を守る蛇……。太陽に近づこうとする者を堕とすためにあるのです。そのため、地面には炎が届きにくいのです」
「初太刀の場合は、地面からおよそ、30センチ……。それより低い位置には、どの間合いにおいても、炎は届きません」
「また、炎属性のチャルカンブレードと、風属性であるトロワシールドは相性が悪く。抜刀の時点でトロワシールドは打ち消されてしまうのです」
「その弱点を相手に悟らせないためには、まず、相手の一撃目をわざと受けて、トロワシールドの強固さを知らしめます。そのあとで、チャルカンブレードの一撃で決める……。そうすれば、チャルカンブレードの威力に目を奪われ、誰もトロワシールドが消えていることに気付きません」
「チャルカンブレード破りは、その初太刀の際に地面に伏してかわし、トロワシールドが消えた相手に、カウンターの一撃を浴びせるというものです」
「安全地帯はたったの30センチですから、しゃがむのはもちろん、匍匐(ほふく)のような体勢ですらかわすことはできません。それこそ、地面に埋まり込むくらいに伏せなくてはなりません」
「そんな回避方法は、世界中の剣術のどこを探しても存在しないでしょう。なぜならば、あまりにも武道の精神からはかけ離れているからです」
「そして反撃についても、地面すれすれを斬りつけるという、剣士にあるまじき太刀……ともすれば『ひきょう太刀』とも言われかねない行為をしなくてはなりません」
「野良犬剣法の真髄は、『どんな手を使ってでも勝つ』ではありません。『どんな手を使ってでも生き残る』です。そのためには時に、卑怯者のそしりを受けることもしなくてはなりません」
「騎士道精神とは真逆のこの技を、大衆の前で使うだけの覚悟が……シャルルンロットさんにはありますか?」
シャルルンロットの口から、オッサンの言葉を吹き飛ばす激声が迸った。
「なめんじゃないわよっ! この私を誰だと思ってるのっ!? シャルルンロット・ナイツ・オブ・ザ・ラウンドワンワン……! 世界最強の騎士になる、女狼っ……!」
少女はぬかるみの中で足掻きまくるように、ロングナイフを構える。
「くらえっ! これが、アタシの新必殺技……!」
そして仔狼が一生懸命吠えかかるように、くわっと八重歯を剥いた。
「……『ウルフ・オブ・ザ・スラムドッグ』ぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
それは……。
もがき、苦しみ、のたうち回った挙句のような、見苦しい一撃であった。
己の魂である剣すらも這いつくばらせ、血のかわりに泥をすすらせるような、なりふりかまわぬ太刀筋であった。
しかし、見るものすべての心を、強く打っていた。
ただ……。
ただひとりの、少女を除いて。
リンゴの樹のように不動なる少女は、もう、足元の少女を見てもいなかった。
無防備な足元に、最後の一撃が迫ってきているのも知らず。
ただ、一点だけを見つめていた。
そして、いままで何があっても変わらなかった厳しい双眸が、まるで世界の終わりのように崩れた。
根の生えたように動かなかった足が、ついに動いた。
……タッ……!
リンゴが、樹から落ちるように……!
あと少しで彼女のブーツを捕らえるはずだった剣先が、首の皮一枚ほどのわずかな差で空を切る。
仔狼は、息を呑んだ。
――かわされたっ……!?
シャルルンロットは反撃の一撃を覚悟する。
いちかばちか、身体をゴロンと転がして逃れようとした。
しかし、少女が目にしたものは……。
敵の、後ろ姿であった……!
バーンナップは、斬り結んでいた真っ最中にもかかわらず、その場から離脱。
まだ何も、終わっていないというのに。
シャルルンロットに背を向け、何の迷いもなく、ある人物の元に向かっていたのだ。
少女が勝負を捨ててまで、求めた人物とは……!?
「うっ……! ぐぅぅぅ~っ……!」
腹を押えて今にも崩れ落ちそうな、フォンティーヌっ……!?
彼女は腹痛を押して、バーンナップのためにトロワシールドを貼っていた。
自分が苦しんでいるとバーンナップが試合に集中できないので、平静を装って。
しかし、魔界の花によって生み出された感覚は強烈で、彼女の強靱な精神を持ってしても抑え込むことができなかった。
ついには限界を迎えようとしていたのだが……。
……がばあっ!
風のように現れたバーンナップに、ひょいと担ぎあげられた。
「ばっ……バーンナップ!? な、なにをっ!? い、今は、試合の真っ最中なのですわっ!」
「こんな児戯よりも、フォンティーヌ様のお身体のほうが大切です」
小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどに、お嬢様を担ぎあげたまま疾走するバーンナップ。
手近な壁に向かって突撃すると、ぶつかる瞬間、片手で腰の剣を抜き、
……ズドガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
会場の壁に大穴を開ける。
厄災四天王が揃ってもなしえなかったことを、あっさりとやってのけ、そのまま外に走り去っていった。
「に……逃げんじゃ……ないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
窮鼠の一撃をフイにされてしまった、仔狼の遠吠えすらも、無視して……!