それは、セブンルクス王国にある、とある勇者小学校。
高名な勇者を父に持つ子供しか入学できないという、名門校である。
御殿のように贅を尽くした校内には、いかにもいいとこのボンボンといった子供たち。
みな競い合うように良い身なりで、自分よりもずっと歳上の大人に首輪をかけ、まるで犬のように引き回している。
「どうだ、新しい従者(ペット)だぜ。金持ちの家のひとり娘だから、綺麗な肌してるだろう? 俺のパパがコイツの家に借金を背負わせて、そのカタに取ってきてもらったんだ」
「そんなの大したことねぇよ、俺のペットなんて、部族の族長の娘だぜ。どうしても欲しかったから、パパに頼んで村ひとつ滅ぼしてもらったんだ」
そんな末恐ろしい自慢合戦こそが子供たちの日常であり、全てであった。
ただの自慢のために、彼らはひとりの少女の人生を狂わせ、また多くの人間の命を犠牲にする。
なぜそんなことをしているかというと、彼らは将来『勇者』となって、この世界を支配する運命にあるから。
これはいうなれば、民衆を我がモノ同然に扱う予行練習。
また、まわりにいるのはクラスメイトではなく、将来的には出世レースを争うライバルとなるので、いまのうちにマウントを取っておく意味もあった。
彼らはそんな遺伝子を持って生まれ、親からもそう育てられていた。
他人の一生など、ここにいる子供らにとってはゴミ同然でしかないのだ。
しかし神をも恐れぬ彼らにも、尊び、敬うものがあった。
まず、すべての勇者の絶対無二なる存在である、ゴッドスマイル。
勇者にとっては神以上の存在であり、ゴッドスマイルを否定することは自分自身を、ならびにこの世界の存在を否定するも同義とされている。
つぎに、その神の膝下にいる神話級の勇者たち。
これは信仰というよりも憧れで、『自分もいつかああなりたい』と思っている。
そして最後に、自分の父親。
神話級の勇者ほどではないが、この勇者小学校は名門だけあって、子供たちは伝説級の勇者たちを父親に持つ。
『パパみたいな勇者になりたい……!』は、子供たちの合い言葉でもあった。
これらの『勇者の卵』たちの憧れの存在は、勇者の歴史においては絶対不変。
長きにおいて、変わることなどなかったのだが……。
しかし、そのトップスリーの一角に翳りを与える、とある大事件が起こった。
それは、ロンドクロウ小国で開催された『ゴージャスマート杯 小学生対抗剣術大会 エヴァンタイユ諸国代表選抜』の、数日後にはじまる。
勇者小学校の、とある教室の一角。
いわゆる番長席と呼ばれる、いちばん後ろの席には、多くの子供たちがたむろっていた。
その話題の中心にあったのは、気性も腕っ節も強そうな4人の少年。
「いやぁ、他の勇者学校のヤツらなんて、メじゃなかったな! 俺のファイヤーブレードで一発だったぜ!」
「ファイヤーヘッドは1匹殺すのに一撃もかかってたけど、俺のサンダーブレードでは一撃でチームまるごと黒焦げになってたぜ!」
「サンダーヘッドの戦うところはよく見てなかったけど、いちどにたったの1チームかよ! 俺なんて全チームまとめて吹っ飛ばしたんだ!」
「ストームヘッドですらその程度かよ! 俺なんて敵全員どころか、会場の壁まで吹っ飛ばしたんだぜ! いやぁ、軽くやったつもりだったのになぁ!」
彼らが脚を乗せている机の上には、このセブンルクス王国で発行された新聞が。
緑色の『検閲済』のスタンプの向こうには、
『セブンルクス王国代表、アウェーの地でも圧勝で優勝! ボンクラーノ様の剣技が冴えわたる!』
胸のすくようなアオリ文。
そして厄災四天王ジュニアたちとボンクラーノが、ゴルドくんの着ぐるみを足蹴にしている真写(しんしゃ)の一面があった。
セブンルクス王国には厳しい報道規制が敷かれていて、新聞や書物は王国の検閲を受けたもの以外は発行できない。
その基準は単純かつ明確で、『勇者ならびに王国の名誉を毀損しない』という点。
その規制は、時には真実をも書き換える。
「特にこのスラムドッグマートとかいう、下級学校のヤツらはケッサクだったよなぁ!」
「そうそう、俺たちにやられてピーピー泣きわめくどころか、お漏らししてやんの!」
「そういやチームにいたメガネの女が可愛かったから、こんどペットにしてやるつもりだ!」
「なに、お前まだそんな段階なの? 俺なんて帰り際に泣きすがられて、ついペットにするって約束しちまったよ!」
当事者である厄災四天王ジュニアたちは、これ幸いとばかりにマウント取りの道具に使っていた。
彼らは外面は得意満面であったが、実は内心は焦っていた。
なぜならば、金持ちを破産させ、村ひとつ滅ぼす彼らであっても、どうにもならない事実の発表が控えていたから。
それは、親の不始末。
今回の剣術大会の失態で、厄災四天王のさらなるランクダウンは目に見えていた。
その大本営発表が、間近になされるというのだ。
さすがに勇者組織からの発表は、いかに勇者の国のセブンルクス王国とはいえ、歪めて伝えられることはない。
そして親が落ちぶれたとわかれば、ジュニアたちは小学校におけるスクールカーストにおいてのランクダウンは避けられない。
今ですら大天(だいてん)級でギリギリだというのに、それ以下となると、もはや勇者ではないからだ。
それまでジュニアたちは、伝説級の勇者を親に持ち、自身たちも剣術でブイブイいわせ、ピラミッドの頂点に君臨していた。
その地位が足元から崩れ去り、あっという間に地べたを這いずることになるのは明白であろう。
この勇者小学校では、カースト下位の勇者は酷いイジメにあう。
ジュニアたちにとって、それだけは何としても避けねばならぬ事であった。
そこで彼らは、自分たちの地位を守るため、示し合わせてある行動に出る。
それは……。
パサッ……!
とファイヤーヘッドが、新聞の上に一枚の真写を置いた。
まわりにいたクラスメイトたちが、なになにと覗き込む。
そこにはジュニアたちの父親の、目も背けたくなるような醜態があった。
彼らが取った、『自分の地位を守るため』の最終手段は、なんと……!
本来は、憧れランキング第3位にして……。
人間として尊敬すべき父親を、ディスることであった……!