頸飾の授与を終えたボンクラーノを、再び屋敷の寝室へと送り届けたシュル・ボンコス。

長い廊下をフラフラと歩く彼の鼓膜には、ある絶叫がこびりついて離れなかった。

「ボンはもう、ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーンッ!!」

……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーンッ!!

……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーン!

……ニセモノはたくさんなんだボォォォォーーーーン……

網膜には、欲しかったおもちゃはこれじゃない、と言わんばかりの表情で指さす、主(あるじ)の顔が。

――この、しゅるが、ニセモノ……?

あのクソガキに仕えてきて、数年……。

しゅるは、今まで数え切れないほどの功績を、あのクソガキにもたらしてきたというのに……。

しゅるは、今まで数え切れないほどの失態を、あのクソガキから守ってきたというのに……。

なのに、なのに……。

……ニセモノっ!?

……あの(●●)……あの(●●)オッサンが、ホンモノっ!?

バカなっ! ありえませんっ!!

ニセモノはむしろ、あのオッサンのほう……!

長きにわたってゴッドスマイル様にへばりついてきた、寄生虫……!

ようやく『捨て犬』に成功して、ボンコス家が勇者一族の隣の席を確保したというのに……!

このままでは、あの(●●)オッサンはまた、戻ってくることに……!

なんという……なんということでしょう!

これではまるで、悪魔の犬人形(いぬにんぎょう)ではないですかっ!?

捨てても捨てても、何度でも戻ってくる……!

壊しても壊しても、何度でもよみがえる……!

しかも、このしゅるの失態に付け込まれて、あのオッサンが、再び勇者一族のそばに戻りでもしたら……。

しゅるは、ボンコス家の恥さらしとなってしまう……!

それだけは、何としても阻止せねば……!

それまでは、あのクソガキにへばりついて……!

寄生虫とも呼ばれようとも、戦い抜かなくてはっ……!!

シュル・ボンコスとしては、ボンクラーノにこれ以上仕えるのはガマンの限界であった。

でも、やむを得ない。

なぜならば、子は親を選べないように、付き人は主を選ぶことができないからだ。

しかし、心を安らかにしてくれる要素もあった。

まず、これまでのスラムドッグマートとの戦いで、連敗の要因を作っていた人物がいなくなっていたこと。

ステンテッドはもうボンクラーノに近づくこともできない立場まで落ちぶれたので、次の戦いでは邪魔されることもないだろう。

そして、もうひとつは……。

あのクソ坊ちゃんは、何もわかっていないということ……!

――しゅるしゅる。

あのクソガキは、まだ(●●)ブタフトッタ様の子供のつもりでいるようです。

ブタフトッタ様は今もなお、新しいお世継ぎをお創りになられているというのに……。

しかもこのあとブタフトッタ様は、本物の(●●●)パインパック様との間に子を生(な)すのは、必定でしょう。

そうなれば、きっとその子が正式なる跡継ぎになるのは間違いありません。

あのクソガキは、それまでの保険でしかないというのに……。

我が子が『100勇』を宣言して、余命あとわずかだというのに、ブタフトッタ様にいっさい慌てた様子がないのが、何よりもの証拠でしょう。

あのクソガキは、なにもわかっていないのです。

今こそまさに、千尋の谷に突き落とされている、真っ最中であることを……!

しかも這い上がったところで、帰る家などないことを……!

次の戦いに勝ったところで、あのクソガキが智天(ちてん)級でいられるのも、そう長くはない……!

本来ならば、このしゅるが手助けをして、あのボンクラを跡継ぎでいられるようにするつもりでした。

でも、それはやめにします。

次の戦いまでは手助けをさせていただきますが、それっきりです。

それが終われば、ハイさようなら……!

そこから先は、ヤツは一生、離れにある小屋で生きていくしかないのです……!

ブタフトッタ様、パインパック様、そしてその子供たちをお世話させていただく、このしゅる……。

一家が幸せに暮らす居間を、窓の外から見つめながら……。

惨めにひとり寂しく、生きていかなくてはらないのです。

余生というにはあまりにも長い、残りの人生を……!

オッサンなどという、悪魔の犬人形を求めたる者に、ふさわしい末路ではないですか……!

しゅるしゅる、ふしゅるるるるる……!

……人間の運命というのは、それぞれが独自に持っているものではない。

たとえるなら、個々の家の庭にある、ちいさな池などではないということ。

人間の運命というのは、ひとつに集まった、おおきな湖。

ひとたび自分の領域で波紋が起これば、それはまわりの運命にも影響を及ぼす。

その逆も、またしかり。

今回、勇者組織が行なった、『頸飾(けいしょく)の授与』……。

これは、多くの者たちに波紋を投げかけることとなった。

その波紋を受けた者のひとり、ボンクラーノ。

彼は頸飾を受け取った際、父親にオッサンをねだった。

その行為により、波紋はさらに大きくなり、さざ波となって広がる。

シュル・ボンコスはそのあおりを受け、長年付き添った主である、ボンクラーノと決別を決意するに至った。

ボンクラーノをブタフトッタの跡継ぎにする道をあきらめ、踏み台にする道を選んだのだ。

もちろん影響はそれだけではない。

さざ波を受けたブタフトッタこそが、さらなる波乱を巻き起こすこととなる。

息子から、オッサンをねだられたブタフトッタ。

彼はオッサンを手に入れるために、どうしたかというと……。

信じられない発表を、勇者組織を通して世に送り出したのだ。

それは、ゴッドスマイル生誕1千年を記念して、『新たなる改革』と銘打たれた。

その内容は、なんと……!

民間からの、勇者の登用……!

しかも、いきなり熾天(してん)級(副社長)扱いという、超破格の待遇……!

以前行なわれた『ニセ勇者の昇格』は、今回のための予行練習だったといわんばかりの、満を持しての新人事。

しかも今回のは、小天(しょうてん)級の勇者を昇格させるのではなく、庶民を勇者にするという、さらにアグレッシブなものであった。

その、ステーキ以上にいきなり選ばれた、幸せなシンデレラボーイは、いったい誰なのか……!?

そう……!

……ゴルドウルフ・スラムドッグ……!!