通常、新しいく地域に店を出した場合、軌道に乗せるまでの苦労というものがある。

国をまたいだ展開ともなればなおさらなのだが、今回のスラムドッグマートの滑り出しはスムーズであった。

なにせ同国ではすでにアイドル的人気を誇っているホーリードール三姉妹がイメージキャラクターである。

しかし、もともと彼女たちは、同国ではそれほど人気のある聖女ではない。

今でこそトップ10に入ってはいるが、以前はワースト10の常連であった。

それは、なぜかというと……ストロードール家の存在。

あの呪いの藁人形のようなライバル聖女たちが、ホーリードール家の悪口を、キリーランド国内でさんざん吹聴していたから。

その悪口は当人たちにも漏れ聞こえていたのだが、彼女たちは積極的に言い返すタイプではない。

プリムラは「私になにかいけないところがあったのだと思います」と自省する。

リインカーネーションに至っては「でもいつか、わかりあえる日が来るわよね」と、悪口にも微笑み返す有様。

彼女たちが真剣になって怒るのは、他人の悪口だけ。

とりわけ、とあるオッサンの悪口には、かわいい火山がドカンと噴火したかのようになる。

いずれにせよノーガード同然であったため、ストロードール家はいいようにホーリードール家をサゲまくっていたのだ。

そのため、ホーリードール家はキリーランドで行なわれる式典や講演などはほとんど招かれてこなかった。

しかし先のグレイスカイ島における『ゴーコン』でストロードール家は失墜。

キリーランド内における両家の人気は真逆のものとなった。

同国内ではホーリードール家の聖女たちの像が立てたられ、聖堂には絵画が飾られる。

数多の講演依頼を受けるようになったのだが、彼女たちは多忙を理由に断っていた。

リインカーネーションもプリムラも、聖女たちへの講演よりも、聖女が訪れない辺境の村を慰問するのを優先していたのだ。

それがかえってキリーランド内のホーリードール家需要をさらに高めることになって、今回のスラムドッグマートの出店攻勢における起爆剤となる。

同国の聖女たちは、ずっと待ち望んでいた海外スターがようやく来日してくれたような歓迎。

スターのお宝グッズを求めるように、ホーリードール三姉妹をイメージした商品を買いあさった。

スラムドッグマートの出店は、キリーランドの城下町や、人口の多い大きな街からスタートしたのだが、他の街や村からも出店要請が殺到する。

「一等地を用意した」「家賃タダ」などの魅力的なオファーを受け、一気に攻勢に出る。

ロンドクロウのゴージャスマートの撤退により路頭に迷った店員を雇用。

そのなかでも男性店員をロンドクロウに残し、女性店員をキリーランドに配置した。

雨後のタケノコのように、キリーランドに伸長していくスラムドッグマート。

しかしここで、急ブレーキがかかった。

要因は、ふたつ。

ひとつ目は、ゴージャスマート側のイメージキャラクターに、フォンティーヌが就任。

彼女は、ハールバリーに移住した頃は、ドッグレッグ諸国内でも無名の聖女であった。

しかし今や、キリーランドでは知らぬ者がいないほどの、抜群の知名度を獲得していた。

そう……!

フォンティーヌは他国でスラムドッグマートと戦う傍ら、キリーランドでも自らの愛を喧伝し……。

いつの間にか、人気ランキングでもトップの聖女となっていたのだ……!

そしてもうひとつは、プリムラの不調。

イメージキャラクターの中で、リインカーネーションとパインパックは見た目も言動もキャラが立ちまくっている。

それが商品コンセプトにも反映され、彼女たちをイメージした商品は、実に魅力的なものに仕上がっていた。

しかしプリムラは、見た目こそ聖女オブ聖女であったが、言動も聖女オブ聖女。

となれば、ダントツ人気かと思われたのだが……。

否……!

彼女の言動は、あまりにも聖女……!

聖女が服を着て歩いているかのように、あまりにも、聖女然としすぎていたのだ……!

スラムドッグマートを訪れ、ホーリードール三姉妹コーナーに訪れた聖女たちの多くは、こんな会話を交わしてた。

「わぁ、装備もアイテムも、とっても美しいわぁ!」

「見て、このマザーのポーション! ママの味、ですって!」

「これを飲んだら、マザーみたいに大らかに、とってもやさしい聖女になれそう!」

「こっちのは、パインパック様がデザインされた護符(タリスマン)ですって!」

「うわぁ、すごい! なんだかとっても神秘的ねぇ! それなのに、なんて清らかなんでしょう!」

「これを着けたら、パインパック様みたいに無垢な聖女になれるかなぁ?」

「あれ? こっちのは、何だろう?」

「プリムラ様のローブですって!」

「……うーん、生地は良さそうだし、デザインも素敵なんだけど……」

「ちょっと、面白味がないというか……」

「プリムラ様はとても素晴らしい聖女様なんだけど、リインカーネーション様の陰に隠れてるところがあるし……」

何もかも前に出すぎている長女と比べるのは、酷な話である。

しかし、三女はプリムラ以上に引っ込み思案であるのだが、それが不評には繋がっていなかった。

なぜならば、三女の場合はそれがキャラクター性になるほどに、衆目に出てこないからだ。

体当たりでブチかましているのかと思えるほどに、グイグイと前に出てくる長女。

本当にこの世に存在しているのかわからないほどに、まったく前に出てこない三女。

そう、彼女たちはキャラクター性になるくらいに言動が徹底しているのに対し……。

プリムラはそのどちらでもなく、良く言えば『控えめ』で、悪く言えば『地味』……!

しかも、それだけではない。

お買い物中の聖女たちは、ふと首を捻った。

「……そういえばプリムラ様の『愛のカタチ』ってなんだったっけ?」

「さぁ……? なんだろう、『優等生の愛』?」

「ちょ、ちょっと、失礼よ!」

「ププッ! でも……案外そうかも!」

「あはははっ! 優等生の愛って、なんだか堅っ苦しそう!」

キャラクター性が無いだけでなく、プリムラには明確な『愛のカタチ』もなかった。

『愛のカタチ』とは前述のとおり、自分はどんな聖女であるかを表すキャッチコピーのようなもの。

マザーであれば『みんなのママ』。

フォンティーヌであれば『世界に降り注ぐ愛の泉』。

そう……。

プリムラは自分がどんな愛を持っているのか、自分はどんな愛を世界に広めていきたいのか……。

そのビジョンがいまだ、なかったのだ……!

この事実は、好調だったスラムドッグマートの勢いを、足枷のように引っ張ってしまう。

なにせ彼女の関連グッズだけは、さっぱり売れなかったからだ。

そして山積みとなった在庫は、プリムラ自身にも重くのしかかることとなる。