観客たちは我が目を疑った。

血走った眼を見開いたまま、服の袖でゴシゴシとこすってしまうほどに。

無理もない。

ピッチに敷き詰められたパネルは罠だらけ。

誤ってひとつでも踏んでしまうと、下手すると大怪我、それどころか命すら危ういというのに……。

その上を、かけっこのように走るだなんて……!?

あ り え な い 。

本来ならば、疑心と暗鬼。

そして剥き出しの人間性という、魑魅と魍魎が跋扈する、この最終ゲーム。

いままでの挑戦者はパートナーの言葉を疑ってかかり、パネルの表示と照らし合わせ、心理戦を繰り広げ……。

ただの一歩を踏み出すのにも、長考を要していたというのに……。

その上を走るということは、思考、ゼロっ……!?

今の世界の常識では、ただのバカ……!

あ り え な い っ …… !

パネルの上をぱたぱたと走る少女たちは、笑っていた。

「お姉ちゃん、わたし、もうすぐゴールですよ!」

「ああん、まってぇ、プリムラちゃん!」

もはや彼女たちは、自分の足元が何色に光ろうとも、気にも止めていなかった。

パネルはひっきりなしに、赤と緑の明滅を繰り返している。

すると、どうだろうか。

いままでは恐怖の地雷原でしかなかった、パネル群が……。

まるで咲き乱れるように、キラキラと輝きはじめたではないか……!

誰もがその光景に、心奪われる。

「う……うそ……」

「ま……マジ……」

「き……きれい……」

それはさながら、花畑を遊ぶ妖精。

それはさながら、桃源郷を遊ぶ天女。

あ …… あ り え な い っ …… !!

今回の『聖心披露会』には、5万人もの応募があった。

それはひとえに、優勝賞品が豪華だったからである。

そしてその賞品は、ひとりにしか与えられない。

となれば、パートナーを蹴落としてでも、それを手に入れようとするのが人間であろう。

観客席の勇者と聖女たちは思っていた。

もし自分がこのゲームに挑戦したなら、自分なら絶対にウソの情報を与えるだろうし、相手の情報は信じないだろうと。

現に、9組もの挑戦者はそうであった。

みな一見して強い絆で結ばれ、相手を裏切ることなどしなさそうであった。

しかしいざゲームが始まったら、その絆を紙の鎖のように断ち切り、梅酒のようなさらりとした顔でウソをつく。

どろどろに腐りきった本心を、仮面のような笑顔で覆い隠し……。

相手を蹴落とすために、死地へと導く……。

それが、『人間』というもの……!

しかしその『人間』を覆す、『超人』が……。

いや、まさに『蝶人』といっていい、身も心も美しき者たちが舞い降りたのだ。

その名は……。

ホーリードール家っ……!!

このゲームにおいて、2人の挑戦者はピッチの両端に立ち、中央にあるゴールを目指す。

ピッチの中央には、床に『ゴール』と書かれた広い空間があり、地雷原を抜けてそこにたどり着けばゲームクリア。

ふたりともゴールした場合、遠く離れていたふたりが出会う形となるのだ。

このゲームにおいて、今まで多くの者たちが引き裂かれてきた。

身体的にはもちろんのこと、関係的にもズタボロにさせられた。

しかも、成功しても失敗しても、結果は同じであった。

このゲームはいちど挑戦したが最後、パートナーとの関係は、二度と修復できないほどの、深い傷を残す……!

陰では『悪魔のゲーム』などと呼ばれていたこのゲームに、ついに、天使が舞い降りた。

その天使たちは、純度100%。

疑う気持ちなど、つゆほども持ち合わせてはいない。

みずみずしい果汁のような気持ちで、パートナーのことを信じ切っていた。

そう……。

彼女たちにかかれば、地雷原すらも、ただの歩きやすい道っ……!

なぜならば……。

お互い心から、相手のことを信じているから……!

キャッキャと笑いながら、まずはプリムラが最後のパネルを踏みしめ、ゴールにピョンと降り立った。

マザーは子供たちと「かけっこ」をするのが大好きである。

ただ全力で走っても、常人の早足以下のスピードしかでないので、ものすごく遅い。

となると彼女はいつもビリッケツなのだが、いちばん最後にゴールした彼女は、切らした息を整えもせず、いつもこうする。

「はぁ、はぁ、はぁぁ……! あらあら、まあまあ! 足がとっても速いのねぇ! すごいわぁ、えらいわぁ!」

自分のひとつ前にゴールした子供、つまりは普段はビリの子供を真っ先に、ギュッと抱きしめるのだ。

……彼女とかけっこした子供は、どんなに足が遅い子でも、走るのが大好きになるという。

先にゴールしたプリムラは、姉に向かって声援を送る。

「お姉ちゃん、がんばって! あと半分ですよ!」

ここで彼女は、

「あっ、間違ってました! 最初は真っ直ぐって言いましたけど、本当はそこから右です!」

などとウソをつくこともできた。

自分はすでにゴールしているので、マザーを罠にかければ優勝賞品の独り占めも可能であった。

しかし、彼女は……。

「そのまま真っ直ぐですよ! お姉ちゃんファイト、ファイト!」

まるで控えめなチアガールのように小さく跳ねて、ライバルを応援しはじめる始末……!

もはやこの姉妹には、なんのやましさもなかった。

相手の言うことを信じ切り、かけっこをして、応援する……。

まるで、幼い子供のような無垢さであった。

「はぁ、はぁ、はぁ……! ママ、がんばっ!」

姉は汗と胸を振り散らし、懸命に走る。

特出した重さに振り回されるように、ヨタヨタと蛇行する。

それ見ているだけでハラハラするような光景であったが、パネルの幅は2メートルほどあるので、なんとか踏み抜かずに済んでいた。

しかし、このママはそれを上回るドジっ子であった。

ゴール直前のパネルを踏んだとたん、

「あらっ? あらららっ?」

突然足がもつれだし、千鳥が酔っ払ってしまったかのような、急激なコースアウトをはじめる。

そのまま、マグマのように赤く赤熱するパネルに、吸い寄せられるようにフラフラと……!

「お……お姉ちゃん、あぶないですっ!!」

プリムラの楽しげな顔は一変、真っ青になって駆け出す。

対面のフィールドに足を踏み入れ、マグマの境目で「おっとっと」とバランスを取る姉の身体を抱きとめた。

しかし華奢なプリムラでは姉の身体を支えきれない。

振り乱した胸に巻き込まれる形となって、ふたりとも「おっとっと」状態に……!