ローンウルフが実行した『特殊なフェイスアップ』、それは……。
棚を、スッカスカにすること……!
それは疫病神のささやきとしか思えないほどのありえない行為であった。
しかし、オーナーはすぐに思い直していた。
――そうか、ローンウルフさんは、サクラ作戦のときと同じことをやろうとしているんだ……!
このウソテクをゴージャスマートに真似させて、魔導女の顧客を奪う作戦なんだ……!
でもいくらなんでも、こんな見え見えの手に引っかかるかなぁ……?
棚をスカスカにしてお客さんが来るなんてありえないって、少し考えればわかることなのに……。
しかし、オーナーの予想は外れていた。
それは、『ゴージャスマートが引っかからない』という点で、ではない。
それ以前である、『棚をスカスカにしてお客さんが来るなんてありえない』……。
その時点でもう、大外ししていたのだ……!
その日の放課後、学校帰りのふたりの魔導女が、ふらりと店の前を通りかかった。
「あ、明日の授業で使う薬草が切れてたんだ、ちょっと寄っていい?」
「えー、ならこの先の『ゴージャスマート』で買えばいいじゃん」
「こっちの店のほうがちょっとだけ安いんだよね。
そろそろ杖を買い換えたいから、少しでも節約しようと思って」
店に入った魔導女は、最初はつまらなそうに店の中をぶらついていたが、スカスカの棚を見て、興味をそそられていた。
普段は一瞥すらしないカラッポの棚を、何が入っていたのかと覗き込む。
そして気がついたらふたりとも、手に手に商品を……!
「あれ? アンタ、薬草を買うだけじゃなかったの? なんで手に杖まで持ってんの?」
「いや、これ、残り1本だったんだよね。見たら良さげだったから、急に欲しくなっちゃって……。
って、そういうアンタも腕輪なんて持ってどうしたの?」
「いや、よく見たら良さげだったから、つい……」
「ふーん。まあいいや、いこっか。
すいませーんっ、これくださーいっ!」
魔導女ふたり、揃ってお買い上げ……!
オーナーは気もそぞろに会計をしていた。
まるで、キツネとタヌキに同時に化かされているかのように。
無理もない。
今までこの店では、授業に使うが忘れられがちな消耗品しか売れていなかった。
魔導女たちは杖や腕輪などの高額商品、すべて『ゴージャスマート』で買うのが普通であった。
しかし今日、たったいま……。
その『普通』は崩れ去った……!
しかも魔導女たちは、会計の最中にこんなことを言ったのだ。
「この店っていつも忘れものした時とかしか使わなかったけど、いい店っぽくない?」
「うん、人気あるっぽいよね」
なんと、店にとっては最上級ともいえる、褒め言葉を……!
魔導女たちが店を出ていったあと、店主は震えていた。
「うっ……! うっ……! うううっ……!」
「ど……どうしたんですか、店主さん?」
オーナーが呼びかけると、振り向いた店主は泣いていた。
「ううっ……! この店をやって、初めてです……!
『いい店』だなんて言われたのは……!
で、でも、どうしてなんですか……!?
いままで真面目にやってきても、一度も言われたことがなかったのに……!
どうして、どうしてっ……!?」
その点については、オーナーも気になっていた。
「ローンウルフさん、教えてください。
どうして棚をスカスカにしたら急に売れだしたんですか?」
「それは『売れている感』を出したからです」
『売れている感』……。
それは思わず、オーナーも店主もハモってしまうほどの、謎の単語であった。
「「う……『売れている感』っ!?」」
「ええ。これは『ブランド』や『流行のもの』、そして『人気のあるもの』に惹かれる若者に有効なテクニックなんです。
わざと棚に空白を設けることにより、ここにあった商品は売り切れるほど人気があったものだと思わせて、興味を引くことができるんです」
「そっ……そんなテクニックがあっただなんて……!」
「でもこの『特殊なフェイスアップ』は、危険な側面もあります。
若者以外には逆効果ということです。
年配の方ほど、在庫が潤沢にあるお店を好む傾向がありますので」
「「ほほぉ~!」」
オーナーまでもが思わず唸ってしまうほどの、見事なテクニックであった。
店主は感激して、ローンウルフの手をガッと握りしめる。
「け、契約させてくれ!
俺も一時期は、ゴージャスマートを抜くような店にしてやるって息巻いてたんだ!
忘れ物を買うだけの店じゃなくて、『いい店』って言われたいって、がんばってたんだ!
でも、なにをやっても客は増えなくて、あきらめちまった……。
やっぱり勇者の店には勝てないもんだと思ってたんだ……。
俺が何年やってもできなかったことを、アンタは1日たらずでやってのけちまった!
頼む、先生っ……!
どうかこの俺を、先生の弟子にしてくださいっ……!」
ローンウルフ、中規模店舗の契約、ゲット……!
それからこの店は、『のらいぬや』のテコ入れによって、あっという間に人気店に昇り詰める。
登校時や昼休み、そして放課後には魔導女たちでごったがえすようになった。
さらにローンウルフはこの手法で、他の冒険者学校の個人商店も増収増益に導いていた。
そうなると近隣のゴージャスマートはどこも、目に見えて売上が減少するようになる。
このことは当然、バンクラプシーの耳にも入っていた。
「ば、バンクラプシー様! 調査によると、冒険者学校の個人商店はどこも、わざと棚に空きを作っているそうです!
なぜかはわかりませんが、うちでもすぐに真似しましょう!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! そんなだからあっさりやられちまったんじゃない?
考えてもみなって! 棚をスカスカにして客が来るなんてありえないでしょ!?
アレはこの前のサクラと同じで、うちを騙すためにやってるんだって!」
「な、なるほど! そういうことでしたか!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ! そういうことそういうこと!
うちが引っかかるまで待ってるんだろうねぇ!
でも、残念でしたぁ! そんな見え透いた罠に引っかかるわけないでしょ!
きっと個人商店のヤツらは一時的に客を呼ぶために、どこも無理なサービスをやってるに違いないから、コッチは黙って見てればいいってわけ!
そしたらあとは、どこも勝手にドボン……!
この『潰し屋』である俺が出ることもないってわけ! うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」