ノータッチは完全なる『データ主義』であった。

新規出店の際には、その立地を部下に徹底的に調査させる。

これは、ある人物の教えであった。

『新規出店の際には、まずは交通量、そして周辺の競合店を調べてみましょう。

さらに賃貸物件の場合は、その物件が以前、なにをやっていたかまで遡って調べてみてください。

過去にに冒険者の店がなされていた場合、できればその店主に話を伺えるといいですね』

当時、ノータッチは『商売に重要なのは迅速さ』だと思っていた。

そんなに慎重になって調べていては、商機を逃してしまうとバカにしていたのだが、

『たしかに、新規出店担当の導勇者(どうゆうしゃ)様は、より多くの店を展開するのが仕事ですので、その考えも間違ってはいません。

しかし、こう考えてみてください。

新しく出店した「ゴージャスマート」はそのあと、店舗運営の導勇者様に引き継がれます。

その店が立地条件を理由に不採算を出してしまったら、店舗運営の導勇者様の責任が問われてしまうのです。

それに、新しく出店した「勇者の店」が不採算ですぐに潰れるようなことを繰り返していたら、それを見ていたお客様は、どう思うでしょうか?』

ノータッチはその言葉に、深く感じ入った。

そしてその言葉を、こう解釈した。

『すぐに出店して潰れるような店を出してしまっては、私の評価にも影響することになる。

なにかをしてマイナスを得るよりも、なにもせずに現状維持のほうが、得策……!』

そう、彼は見抜いていたのだ。

勇者組織の採点基準が、『減点方式』であることを……!

ノータッチの口癖が『私はノータッチですから』となったのは、それから。

そして病的なまでの『データ主義』となったのは、それからであった。

どれだけ時間がかかってもよいので必要なデータはすべて揃えさせ、納得がいってもなお吟味を重ねた。

少しでも不安要素があれば、即出店NG……!

石橋を崩壊寸前まで叩いたうえに渡らないというのが、彼のやり方であった。

すると数百件に1件くらいは完璧な橋が見つかることがある。

その橋のど真ん中を、彼は堂々と渡ってきた。

出店担当の導勇者のなかでは出店数こと少なかったが、彼は出世した。

なぜならば、出店成功率100%を、喧伝していたから……!

この事実が彼に、勇者組織内に独自の立ち位置を与えるに至る。

考えてみてほしい。

まず、誰がやったとしても失敗する確率が多分にある仕事があるとしよう。

そこに、仕事はとても遅いが、その仕事を絶対に失敗せずにこなせる人材がいたら、どうだろうか……?

その人物は『ここぞ』というときの大仕事に、確実に登用されるであろう。

満塁サヨナラの局面にのみ顔を出す、伝説の代打のように……!

そしてその伝説の代打を育成した名コーチは、その打者自身によって追放されてしまった。

自分以外の代打を、育てさせないために。

そう……!

ノータッチもまた、ゴルドウルフチルドレンであったのだ……!

オッサンはこうも言っていた。

『店舗運営というのはスピード感が第一ですが、新規出店はスピードよりもコントロール感が大切なのです。

そのスピードとコントロールが合わさることにより、お店は多くのお客様に受け入れてもらえます。

出店と運営はいわば、二人三脚というわけです』

そのおかげで、バンクラプシーは他店の施策を、薬も毒も判別せずに食らうほどの『スピードスター』となった。

そしてノータッチは前述のとおりの『慎重の鬼』となったのだ。

それまでは、それで何もかもがうまくっていた。

理由は言うまでもないだろう。

相手がオッサンではなかったから。

しかし、今はそうではない。

そして、彼らはまだ知らない。

いま牙を剥いている相手こそが、彼らの順風満帆の礎となった人物であることを……!

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

ノータッチと『のらいぬや』の直接対決となった、大通りの北側と南側の新店舗対決。

3階建てというのは大型店に相当するので、双方ともかなり気合いの入った開店を行なった。

しかし多勢に無勢、世界的チェーン店である『ゴージャスマート』に、個人商店が敵うはずもない。

勇者の店は開店初日から強烈なセールをたて続けに行ない、3階のフロアをすべて客で埋め尽くした。

『のらいぬや』側の店主は焦った。

「か……こっちも開店セールをしてるってのに、ぜ、全然客が来てないよ……!

『のらいぬや』さんには1号店で世話になってたから、この2号店を出すことにしたけど……!

こ、このままじゃ、倒産しちまうよ!」

オーナーは顔を引きつらせながらも、店主をなだめる。

「だ、大丈夫です。ゴル……いや、ローン……い、いやいや、私ども『のらいぬや』を信じてください」

「ほ、本当かっ!? あんたのとこの社員は、過剰なセールをやる必要はないといったから信じたんだぞ!?

それのに、この有様だっ!」

『あんたのとこの社員』であるオッサンは開店の手伝いとして、エプロンをして接客をしていた。

客はまばらであったが、その顔に焦りはまったくない。

言い争いをしているオーナーと店主の間に、割って入った。

「店主さん、落ち着いてください。こちらはセールで対抗してはいけません。

なぜならば、こちらがセールをしたところで、向こうはさらなるセールをしてくるからです」

「じゃ、じゃあ、絶対に勝ち目なんかないじゃないか!」

「開店当初はしょうがありません。でも、このあとに挽回できます。

むしろ向こうが客を呼べば呼ぶほど、その客はすべてこちらのものになりますから」

「向こうが客を呼べば呼ぶだけ、こっちの客に……?」

それは夢のような話であった。

立地では向こうのほうが勝っているうえに、セールで客の印象も良い。

その客たちがなぜ、立地が劣り、たいしたセールもやっていない個人商店に流れてくるのか……?

それは、魔法でも……。

いや、奇跡でも起こらなければ、絶対に無理な話であろうと思われた。

それから数週間後、大々的なセールが終わってからのことである。

その光景を、ふたりは3階から目撃していた。

「う、うそだろ……?」

「な、なにもしてないのに、なんで……?」

「「なんで、こんなにお客さんがぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?!?」」

オーナーと店主は、熱気でむせかえるほどの店内に驚愕する。

そして、バッ! と同時に窓のほうを向いた。

窓越しに見える『ゴージャスマート』には、客がまばら。

まるで開店セール中の両店の状況が、そっくりそのまま入れ替わったような光景だった。

奇跡は、本当に起こってしまったのだ……!