『ゴージャスマート』のセール終了から1ヶ月後に、『のらいぬや』は取材を受けなくてはならない。

新聞記者は取材をしなくてはならず、取材したものをありのままに記事にしなくてはならない。

こんな、世にも奇妙な契約が取り交わされた。

この契約を持ちかけた『のらいぬや』の思惑は非常にわかりやすい。

セールが終了したあとに売上を回復させれば、詐欺呼ばわりのピンチをチャンスに変えられるからだ。

店主は完全に巻き込まれた形となってしまったが、一切文句は言わなかった。

なぜならば、売上が回復すれば万々歳だし、回復しなくても記者から謝礼がもらえる。

できれば前者のほうが有り難いが、どっちに転んだとしても損はないと思っていたからだ。

そしてついに、『ゴージャスマート』の開店セールは終了を迎える。

店の店主はもちろんのこと、記者も、そしてオーナーさえも思っていた。

ローンウルフはこのあと、がむしゃらになって売上向上のために足掻きまくるのであろうと。

しかしオッサンはいつまで経っても変わらなかった。

いつものように、エプロン姿で接客を手伝うばかりで、特別なことはなにもしない。

オーナーは見かねてローンウルフに言った。

「ローンウルフさん、セールが終わったのに施策を打たなくて大丈夫なんですか?

今回は直射日光もありませんから、自然と客が流れてくることもないと思うんですけど……」

「いえ、流れてきますよ。

前回ほど直接的なストレスではないので、多少時間はかかるかもしれませんが」

「えっ!? というと、ゴージャスマートにはまた何らかの客離れの要因があるということですか!?」

オーナーは信じられず、その足ですぐさま、ひと区画離れた勇者の店へと行った。

店内はセールが終わった直後なので客足もまばらだったが、オーナー自身が客になりきって店内を見回ってみても、これといったストレスを感じることはなかった。

しかし不思議なことに、この店にまた来たいかと問われたら、ノーであった。

理由はわからないが、なんとなくそう感じたのだ。

そしてその気持ちに、呼応するかのように……。

一日、また一日と経つにつれ、目の錯覚のようにわずかではあるものの、変化のきざしが訪れる。

ゴージャスマートからは少しずつ人がいなくなり、『のらいぬや』側の客へと転化していったのだ……!

2週間も経つ頃には、店は大繁盛。

ピーク時には会計カウンターに長い行列ができるほどの店内に、オーナーと店主は2度目の舞踏会に参加したシンデレラのように目を丸くしていた。

「ローンウルフさん、いったいどんな魔法を使ったんですか!?」

「あ、わかったぞ! きっと『ゴージャスマート』とうちの店の入り口の時空を歪めて、入れ替えたんだろう!?

でなければ、こんなに客が来るわけがない!」

「そんなことはしていません」

オーナーはこめかみに指を当てて揉みながら、うーんうーんと唸る。

「なにをしているんですか?」

「いえ、すぐに答えを聞くのはよくないと思って、自分なりに考えているんです。うーんうーん」

「今回はちょっと難しいというか、論理的な話ではないので考えてもわからないと思いますよ」

「そ……そうなんですか?

でもローンウルフさんは、A店とB店を見たとき、すぐにA店だっておっしゃってましたよね?」

「ええ。ふたつの店にはひとつだけ違いがありましたよね。それは何だか覚えていますか?」

「えーっと、入り口が右側にあるか、左側にあるかの違いですよね?」

「そうですね。それが決め手となったんです」

「ええっ!? この店は入り口が右側にありますけど、それでお客さんがこんなに来たというんですか!?」

「ええ。人間というのは左に曲がりやすい習性があるんです。

ですから入り口が右側にあり、左へと流れていく構造になっている店舗を快適と感じるんです」

「そうなんですか!?」

「ええ。人間の心臓が中心より少し左あるから、それを守ろうとしているから……。

などのような俗説が複数ありますが、詳しくはわかっていません」

「へぇぇ、知りませんでした……!

そんなこと、初めて聞きましたよ!」

「これは地下迷宮(ダンジョン)工学を学んでいるときに気付いたことです。

構造がわかっていない初挑戦の地下迷宮の際、挑戦者はどのようなルートを通るかという実験を行なった研究資料があったのですよ。

それによると、分かれ道になると左側の通路を選択する冒険者がほとんどでした」

「だ、ダンジョン工学……!?

まさかそんな知識までおありになるだなんて……!」

「かつてダンジョンの建築を手伝っていたことがありまして、そのときの知識です」

そう……!

オッサンは異なる学問から得た知識、そして経験までもを、商売に利用していたのだ……!

「そしてこの知識を応用すれば、レイアウトの工夫次第で、左側に入り口のある店舗でもお客様のストレスを軽減することができます。

しかしそれも限界がありますので、やはりそういった構造の店は選ばないことがいちばんなんです」

「はっ……はぁぁ~~~!」

オーナーはひれ伏すように感嘆する。

そして、ようやくローンウルフの意図を察した。

「あの、実をいうと私、おかしいな、って思ってたんです」

「なにをですか?」

「ローンウルフさんは店主さんにアドバイスをする際、徹底してデータを収集して分析するようにおっしゃってましたよね?

出店のときも、しっかりと立地調査をするようにおっしゃっていたのに、前回と今回のお店にかぎっては、ローンウルフさんはお店を見ただけで即決されていましたから。

その理由が今、やっとわかった気がします」

オーナーは胸のあたりにつかえていた違和感を、すとん、と腹の底におさめるように頷く。

そして次の日、エージェントたちを集めた朝礼で、ある言葉を口にしていた。

「売上とにらめっこして、売れるものをより多く仕入れる……。

過去の売上というのは事実を教えてくれるものですが、そこに書かれているものはあくまで表面的なことでしかありません。

そしてエージェントを長く続けていると、お客様がただのお金に見えてしまいます。

しかしお買い上げくださっているのは、人間……。

同じ武器をお買い上げくださるお客様でも、ひとりひとりが違います。

目的があり、信条があり、家族があり、人生がある……。

ひとりひとりのお客様の立場になりきって考え、店主さんに提案するエージェントになってください

いままで契約店舗に対して、店員となってお手伝いしていたのはローンウルフさんだけでした。

しかしこれからは社員全員が積極的にお店に出て、店員としてお客様と接するようにしてください」