Otome Game Rokkushuume, Automode ga Kiremashita
Sixteen stories. The difference between love and favor is a letter.
複雑な思いは、正直あった。
彼女は……彼女は呼ぶにも満たない少女で、貴族の名を背負うには幼すぎるけど。
それでも俺は、マリアベルと言う少女が苦手だった。
× × × ×
サンドリア家が没落して、俺は突然平民になった。
没落の理由を父は話そうとしないが、仮にも公爵として責務を果たして来た家が落ちたと言うのに後釜が直ぐに決まったと言うから、人を見る目の甘かった父が騙されたのだろう。
サンドリア家は貴族の中でも歴史が浅い方であったから、そこにでも漬け込まれたか。
理由は色々想像出来たが、どれも時間の無駄だった。
没落した事実は覆らない。例え騙されたと訴えたとして、お前が間抜けだったんだろうと言われて終わりだ。
それよりも俺に……俺達家族にとっては目の前にぶら下がった問題の方が深刻だった。
新しい家、新しい仕事。
家に保管していた僅かな現金以外生活に必要不必要関わらず取り上げられた俺達一家は、生きる為ボロボロの空き家を借り、父は新たな仕事を探し始めた。
大丈夫、なんとかなる。
今思えばなんて馬鹿なんだと思う。舐めているのかと、楽観視しすぎだと。
でも当時は、本当にそう思っていたのだ。子供の俺だけでなく、両親も。
生きていればなんとでもなる、頑張れば這い上がれる。
希望を持ち、いつでも前向きに夢を見る優しい両親は、この世にある全ての道は舗装されているのだと信じて疑わなかった。
そんな事、あるはずないのに。
父の仕事は全然決まらず、その内育児の為家を空けられ無かった母も俺を置いて仕事を探す様になった。
ひもじい思いをしながら駆けずり回って、それでも父がありつける仕事は日雇いばかり、母が見つけた仕事も夜のお店で娼婦の真似事。どちらも低賃金重労働、人を人とも思わない劣悪な環境で。
貴族に生まれ貴族として生き、美しく飾り立てられた箱庭の中だけを世界だと思っていた両親が、身も心病んでいくのに時間はかからなかった。
そして俺が十二歳になった年、 父はこの世を去った。原因は睡眠不足、栄養失調、過労、衰弱……色々と思い浮かびはしたが病院に行った事が無かったのでどれも憶測でしかない。
そんな父に続くように、母は体調を崩し床に伏すようになって。
残された俺は、自分と母を養う為に働き始めた。
と言っても大人の父ですら日雇いの重労働にしかありつけなかったと言うのに、子供の俺が二人分の生活費を稼げる仕事に就ける訳もなく。
毎日、死にそうだった。生きていける自信なんてどこにも無い。日に日に命が削り取られて行くのを感じながら、指をくわえて見ている事しか出来ない。
そんな暮らしを、二年。
十四歳になった俺に、テンペスト家の令嬢マリアベルの家庭教師の話が来た。
あり得ない事だった。嘘か夢、はたまた何らかの裏があるのか。正直、疑問と警戒しかなかったが食らい付かない理由にはならなかった。
家庭教師は高給取り。例えどんな裏があろうと、元より自分がいるのは底辺だ。これ以上悪くなる事は無いだろう。
やけくそとも言える心構えで挑んだ仕事は……拍子抜けも良いとこだった。
「初めまして、ベールデリアです。グレイアス君……ですね、アネッサ様によく似てらっしゃるわ」
アネッサ……俺の母の名を口にした女性は、瞳の色こそ特異だけれどそれ以外に特出した所は無い。しかしその貴族らしからぬ穏やかさと慎ましさに好感を持てる人ではあった。
母とどういう繋がりなのかは分からなかったが、俺の抜擢は彼女の口利きがあったらしい。
「君がグレイアスか……今日から、娘を頼むぞ」
アスタキルアと名乗った男性は、男の俺でも見惚れてしまうような綺麗な顔立ちをしていた。冷たい氷の彫刻を連想させる迫力は、若さを一切の弱点にする事の無い当主のそれで。
かつての父が彼と同じ立場だった事が信じられなくなりそうなくらい、当主様には風格と言う物が備わっていた。
そしてそんな二人の血を引く娘が、俺の生徒となった。
「初めまして、グレイアス様……マリアベル・テンペストと申します。今日から、よろしくお願い致します」
俺の半分ほどしか無い小さな体を折って、体に合う小さな頭を下げた少女は、歳からは想像出来ないしっかりとした口調でそう言った。
菫の様な柔らかな紫色の髪は、その質感を表す天使の輪が煌めいている。丸く大きな瞳は目尻が綺麗に上がっていて、 高貴な猫を連想させた。
硝子に色を乗せた様な不思議な色味は母親譲りだろうけど、それ以外は当主様によく似ている。
頭の天辺から爪の先まで、美しさを纏め造り出した人形……それが、俺のマリア様に抱いた第一印象。
勉強を教える様になってからも、印象が差して変わる事は無かった。
教えたらすぐに出来る様になる。教えなくとも、出来たりする。だからといって家庭教師の俺を見下す事は無い。
マリア様は歳以前にとても優秀だった。
俺なんか、いらないんじゃないかって思うほどに。
きっとこの子は俺がいなくとも簡単に成長していける。俺が教えられる事くらい、一人で習得出来てしまう。
授業のレベル云々より、家庭教師のレベルを上げるべきなんじゃないか、そう思い始めた矢先。
「新しい教科は魔法学がいいです」
いつもより少しだけ楽しそうに、マリア様は言った。
魔法学は本来中等部で習う物だが、予習や個人的興味で家庭教師が教える事も少なく無い。
だから家庭教師は皆魔法学に対して大なり小なり知識を持っている。強制や規則では無いが、普通は。
でも俺には、その普通は無い。
「ダメですか?」
「ダメではありませんが……私は魔法については素人です。マリア様に教鞭を執るだけの知識がありません」
「え……」
俺の返答に、マリア様は驚いた顔をした。家庭教師ならば当然知識があるものだと思っていたのだろうか。幼い少女だから有りうる思い込みだけど、残念ながら結果は変わらない。
「すみません」
謝りながらも、心の中では別の事を考えていた。
とりあえず、自分はクビだろう。ただでさえ教え子の力量と釣り合っていないのだ、その上望む事も教えられないとなれば、俺の存在価値はゼロと言って良い。
それならば、わざわざ宣告を待つ事も無いだろう。
「他の家庭教師に来て頂きましょう」
それが良い。この優秀な少女には相応の人材をあてがうべきだ。
決してコネや同情ではなく、実力でこの場所を勝ち取れる力量のある人。テンペスト家が募集をかければ羽虫の如く集まって来るはずだ。
仕事を無くすのは痛手だし、再就職はまた茨の道を裸足で進む羽目になるだろうけど、この一ヶ月の給料だけでも切り詰めれば月単位で何とかなる。
大丈夫、元の戻るだけ。それに貴族としての作法を教えられない俺は遅くともクビにはなっていた。それが早まっただけと考えれば諦めもつく。
「私は、グレイ先生に教えて頂きたいです」
初めは俺の欲が産み出した幻聴だと思った。次にマリア様の気遣い、同情。
でも彼女は、真っ向からそれを否定した。
「魔法学の事は良いのです、中等部に行くまでに予習出来ればと思っただけですから。もし今後本気で勉強したいと思ったら別の先生を頼みます。だから……辞めるなんて、言わないで下さい」
「マリア様……」
「……勿論、グレイ先生が魔法学とか関係なく辞めたいと言うなら、止められませんけど」
堂々とした態度が一変して、叱られる前みたいに小さくなりながら気を紛らわせる様に忙しなく指を動かしているマリア様は、年相応の女の子だった。
我が儘とお願いの区別がついていない辺りは、まだ少し大人びて見えるけど。
驚いて、焦って、それから……嬉しそうに笑って。
可愛いって、思った。純粋に、妹とかいたらこんな感じかなって。