Otome Game Rokkushuume, Automode ga Kiremashita

Episode 97: Memories are on the Other Side

授業が終わって、二人とも部室に向かうという。

プリメラとは教室を出た時点で別れたけれど、エルとは途中まで一緒だ。二人で廊下を歩いていると、何となく出会った当初の事を思い出す。

そういえばエルと二人になるのはあの時以来出ではないだろうか。プリメラがちょっと席を外している間とかはあったけれど、こうして完全に二人だけになるのは随分と久しぶりな気がする。

「何か凄い新鮮な気がするなー」

「え?」

「マリアとこうして二人でいるの、久しぶりすぎて変な感じ」

そういって頬を掻くエルの言葉に、同じ思いを共有出来ている喜びと同じだけ擽ったかった。

正直、私達の始まりっは決して素晴らしいものではない。一応和解から今まで喧嘩も些細な言い争いもした事はないが、その分初めましては壊滅的だった。

そういえば私、結構な暴言吐いたよな……私達の関係って二人の懐の深さと柔軟さが物凄く大事な気がしてきた。

「正直さ、友達になれるなんて思ってなかったんだよね……お互いに印象悪かっただろうし」

「私はむしろ好印象だったけど」

「嘘!?自分で言うのも何だけど、あたし態度最悪だたじゃん」

自覚あったんだ……いやまぁ、確かによろしくはなかったけど。

出会った時の事は、色褪せてはいても鮮明で大切な思い出だ。あの日がなければ、あの時話しかけていなければ、今の私達はいないし私の心はもう少し荒んでいたと思う。

「警戒されるのは慣れてるから……もっと直接的な攻撃もあるし」

この顔もそうだが、私の達観した態度も悪影響だったのだろう。当時は色々といっぱいいっぱいでそこまで頭が回っていなかったけど、こうして振り返れば私の方にも問題は多い。生まれ持った顔はどうしようもないが、愛想の無さは私自身の責任だ。

「だからエルが警戒するのは、正直当然だと思ったし特に気にならなかった。私が気に入ったのは……エルがプリメラを大事に思っていると分かったから」

私を警戒するのも、そのまま嫌いになるのも、それは各々自由にしいてくれればいいと思う。そりゃ根も葉もなく嫌われたら困るけど、攻撃さえしてこなければ好みはそれぞれお好きにどうぞ。

私にとって重要だったのは、二人の関係性。エルもプリメラもお互いを大事に思って、だからこそすれ違って、私とケイトに似ている様で全然違う。

同性の幼馴染みだからかな……私達が特殊な気もするけど。

やり方は上手くいかなかったけれど、幼馴染みを想って行動する姿は共感できる物だった。

「むしろ私の方が驚いたわよ。そんなつもりはなかったけど、喧嘩売った様なものだったし……よく許したわね」

「あー……確かに、凄い事言う奴だなって思ったけどさ」

ですよね、その節は本当にごめんなさい。

あの後、実は私とエルの事は少し噂になった。私自身が目立つのに、人が多い所で盛大にやらかしましたので。

私が悪者になる噂がほとんどだった事はまぁ、不幸中の幸いだったと言える。客観視しなくても、あれは私の言い方に問題がある。多分聞いていた人もそう判断したのだろう。

『マリアベル・テンペストは平民を差別している』って噂が出回った時は、話の内容とまぎゃくじゃねぇかと思わず突っ込んでしまった。

私の幼馴染みとして噂に登場していたケイトにはドンマイって言われたけど、棒読みだった事は忘れていないからな。

噂の真ん中二人が仲良くしてるから、いつの間にか噂は風化していたけど、私の性格がキツいって印象だけは取り除けなかった様です。未だクラスメイトとすら打ち解けられてない原因ってそれだと思う。

「最初はそりゃムカついたし、ふざけんなって思ったよ。絶対相容れないって……思ってた、けど」

その時の事を思い出して、エルの口元が緩む。

やっぱりムカつかれてたという納得と、それが一日どうして許す方向に向かったのか見当もつかない。

「プリメラと話してる内に冷静になってさ、色々考えて……マリアも同じ事思ってるのかなって」

「同じ……?」

「大事な人がいて、その為に覚悟を決めてる」

それはエルにとってのプリメラであり、私にとってのケイト。

私達三人は、きっとどこか似ているのだ。普通の学生である二人と、異常だらけな私では交わる事などないはずなのに。

譲れない大切な人がいて、その想いに共感した。

「あたしとマリアは、やり方も考え方も違ったけど……誰かを大事に思える人なら、信じてみても良いんじゃないかと思ったんだ」

見た目から来る印象、そこから広がった誰発信かも分からない性格。今でこそ勘違いした自分を恥じる事が出来るが、あの頃はそれが正解なのだと思い込んでいた。

エルにとって、マリアベルという貴族はプリメラを傷付ける敵に見えていたのだろう。

でも、そんな人にも大切な人がいて、自分達と同じように護りたいと思っている。

元々低い位置にあった印象が爆上がりするには充分な出来事だったらしい。捨て犬を拾う不良の要領か、そんなに悪かったの私の印象。

「でもまさかこんなに波長が合うとはなぁ……性格とか、好みとかは全然違うのに」

「三人とも別々だものね……でも一緒にいると楽で好きよ」

「うん、それはあたしも。マリアへの先入観は木っ端微塵になったし」

「……詳しくは聞かないでおくわ」

私への先入観って……気になるけど、絶対言い話じゃないからね!

本当にこの顔何とかならないかな。お父様の事は好きだけど、それとこれとは別物な気がする。お母様の要素がもう少しあればコンテストに出る事も無かっただろうに。お母様は可愛らしいけど、コンテストに出るには派手さがない。

「あ、じゃあ、あたしこっちだから」

部室棟が見えると、エルとはお別れ。私の向かう控え室は部室棟近くだけど完全に別の建物だ。

「また明日ね」

「えぇ、それじゃあ」

ヒラヒラと手を振って、お互いに背を向けた。

わらわらと騒がしい部室棟から離れるほど、どんどん人気がなくなっていく。使う人間が少ないから当然かも知れないけれど……段々と違和感を覚える様になった。

あまりにも人の気配がなくて、この先に人が集まっているとは思えない。

「控え室集合だよね……」

え、もしかして私何か聞き間違った?

時間か、集合場所か。授業が終わってすぐに来たから時間は大丈夫だと思うけど、集合場所は……え、衣装必要なら間違っていないはず。ただ絶対そうだって言い切れないのは、多分探したら前科がありそうなので。

ぐるぐると考えている内に、木々に囲まれた控え室が見えてくる。人が住めそうな大きさと外観の綺麗さに、毎度の事ながら金額を考えてしまう。貴族生まれの庶民としては一番気になる所です。

「あ……」

近付いてみると、扉が少し空いていた。衣装の他に装飾品も置いてあるから、厳重とはいえないがドア開けっぱなしほど不用心でもない。

ということは、私の聞き間違いではなかったらしい。

「失礼しま──」

間違っていなかった事に安心して、半開きになった扉をノックしてから開けた。中に人がいるだろうからと、ちゃんと挨拶もして。

最後まで、言葉にならなかったけれど

「何、これ……」

他人事であったなら、すぐに誰かを呼びに行けと行っただろう。何も触らず、これ以上入らず、何なら悲鳴でも上げるべきだ。

それがどうやら、当事者になると頭が真っ白になって、呆然と立ち尽くすしか出来ないらしい。

扉の正面に置かれ、真っ先に目に入る。

ふわふわと舞う白い物体は、羽か糸か。もしかしたら布の切れ端、残骸かも知れない。

私の視線の先には──ボロボロに切り刻まれたドレスがあった。

誰か状況を説明して下さい、いやマジで。

視線の先には、美しい水色のドレス……だったもの。正直原型は全く分からないけれど、使われている布の感じとか、この場にある事から恐らく誰かの衣装なんだと思う。

「え……何、これ」

もう『何これ』としか言えないんですが、いやほんと何ですかこれ。完全に脳が理解するのを拒否しているが、視界は現実をまざまざと見せつけてくる。

誰もいない事この際気にしない……というかしている場合ではないとして、この状況を放置する訳にもいかない。

一先ず一歩前に進んで、現場を荒らさない程度に辺りを見渡す。どうやらボロボロになっているのは目の前の一着だけで、他の……私の衣装もどうやら無事みたいだ。装飾品の棚も一見しておかしな所はないし、ぐるりと一周見ても結果変わらなかった。

このドレスが誰の物かは知らないが……流石にこれが完成形ではないだろう。人の好みは自由だが、こんな廃墟に佇んでそうな格好で美を競うコンテストには出ないと思う。

足元に散らばっている残骸を拾うと、断面から細かい糸が出ているけれど、千切った様な歪さはなく。まるで鋭利な刃物で切り裂いた端切れみたい。

「これって……」

見たものから想像して、推察する。何が起こって、どうしてこうなったのか。

恐らく本来はふんわりと広がっていたのだろうスカートは、切り刻まれてぺたんこだ。他の衣装も背景も、何一つ傷付いていない事がより空間を異質なものにしている気がする。

一着だけ傷付いたドレス、一人きりの自分。そして私は何をしにここに来たのか──

「ヤバ……ッ」

ある可能性に気が付いて、一気に血の気が下がる。

とにかく一度この場を離れなくてはと思って、それほど離れてもいない扉に手を伸ばす。

私の指先がドアノブに触れる……事はなく、空を切った。

「あ、マリアベル様先に来てた……っ!?」

最悪のタイミングで、顔を出したのはサラだった。

まず私に気が付いて表情が緩んで、その後私の背後に目が行って固まる。事態を上手く飲み込めていないのが目に見えて分かって、私とドレスの間で目が泳いでいた。

「あの、サラ様……実は」

「入り口で何を立ち止まっているの?」

とりあえず状況を説明しようと口を開けば、これまた最悪のタイミングで新しい人、クリスティン様が入ってきた。出場者全員集合するのだから当然と言えば当然だが、せめて弁解の余地を与えてくれても良いのではないか。

「皆が入れないから……、ぇ」

そしてこの後の展開は、まぁ私の想像した通り。現状を理解出来ない人の中で、私一人が冷静だ。焦りが天井を越したせいで脳が急激に冷やされただけとも言う。

段々増える人数が増え、時間と共に事態を飲み込んだクリスティン様が険しい顔で私を見た。

「どういう事か、説明していただけるかしら……?」

あぁやっぱり、コンテストなんて出るんじゃなかった。