Otome Game Rokkushuume, Automode ga Kiremashita

Episode 103: Because Results Matter Most

すでにコンテストは始まっているらしく、華やかなライトに色とりどりの歓声

足取りは軽いけれど、特に急ぐ必要はない。

聞こえてくる声や、呼ばれる名前を考えると私の出番まであと少し。準備の事を考えると完全に遅刻だが、問題はない。

控え室を通り越し、舞台袖には出場者だけでなく運営人も合わさって沢山の人がいた。

制服に、化粧っ気のない顔。いつもと変わらない姿は可笑しい所などない、だからこそこの場にはそぐわない。

「あなた、その格好……っ」

驚いている名も覚えていない人、瞠目するクリスティン様の顔。どちらもすぐに私を非難する目付きに変わるけど、そんなもの私には通用しない。

今回の事は、うだうだしいながら逃げ回って、流れに身を任せた私のせい。もっと早く、上手く立ち回っていればと思うだけは自由だが、時間は巻き戻ったりしない。それこそ、オートでループな生活でもない限り。

水をやり、育てたのは私。だとしても……種を蒔いたのはクリスティン様、あなた。あなたが用意した、あなたの整えた舞台で、あなたと同じ様に戦う必要も、義務も、私にはない。

この勝負を受けたのは、負ける為。私の目的はクリスティン様に見せる為。

「マ、マリアベル様……」

おずおずと声を掛けて来たのは、司会か何かをしている生徒だろうか。台本を持っている所を見ると間違いではなさそう。

一見準備の出来ていない私だが、そろそろ出番だ。今舞台に上がっている人が戻ってきたら私の番。スタンバイをしてほしいのだろうけど、どうしたものかと戸惑っているのが手に取る様にわかる。

無駄に混乱させてごめんね、気にしないでください。

「……どういうつもりなの」

「何がでしょう?」

自分の為に誂えて着飾った人がいるのに、私が貸した衣装のクリスティン様が一番美しく見える。その表情は険しいけれど、美人はどんな瞬間も綺麗だ。

煙に巻こうとしているのか、それとも単純に馬鹿にしているのか、どちらにしても侮られていると感じたらしい。片方の眉がつり上がった。

だが、見誤らないでいただきたい。

私は本気だ。本気のあなたに答え、本気で負けに行くつもりだ。

「あなたがあなたの全力を尽くす様に……私も私の為にここにいるのよ」

どこかで誰かが息をのむ。私がいつ何を聞いたのかを理解して、自分の発言が聞かれては不味い類いであった自覚はあったのか。

ならもう少し場所を選んだ方がいい。私が来ると知っていながら陰口なんて、愚かとしか言えない。聞かれてはいけないけれど傷付いても欲しかったのか、スリルを楽しむマゾな側面でもあったのか。どっちでもいいけど、実際聞かれて焦るくらいのメンタルなら止めた方がいい。報復する気のない私相手にそれじゃあ、返り討ち程度じゃ済まないよ?

「これは勝負です。あなたの本気も理解しています。だとしても……あなたの描いた通りに進むとは限らない」

勝負に絶対はない。シナリオがあるならばそれは八百長で、今から私がしようとしている事もある意味そうなのだろうけど、元々前提が真逆なのだから仕方がない。

クリスティン様は勝つ為に、私は負ける為に、そりゃ噛み合わないだろうよ。

「挑む相手を間違えたわね」

話し合い、お互いを理解していれば、きっとこの舞台はなかった。それは暴走したクリスティン様のせいであり、面倒だからと流された私のせい。お互い様。両成敗。

だからきちんとこの場を終息する、それは私の責任。その後の事は知らないけどね、婚約話とか……私にどうにか出来る事じゃないし。

私の名前を呼ぶ声がする。さっきまで舞台に立っていた人が戻ってきて、私の姿に動揺していた。逃亡したと思っていたのか、それとも今の格好にか。

どちらでもいい。本当の意味で私が場を荒らすのは、今からだから。

暗い舞台袖から出ると一瞬目が眩んだ。過剰なほどのライトに目の前が真っ白になって、静まり返った会場はまるで一人きり。ぼやけた視界に舞台の中心を示す目印が見えて、ただ真っ直ぐにそこを目指した。

足音が止むと、今度は会場がざわめく。

一人一人は小さな声だけれど、集合すれば大きな音。内容は雑音が多くて把握出来ないが、私に対する不平不満の色は感じ取れた。

開けた舞台上は、想像していたよりもずっと観客の顔がよく見える。

前から七列目、不安げに両手を握るプリメラと呆然としているエルがいた。あんな前列、よく場所が取れたなぁ……本当に楽しみにしてくれていたのだ。その想いを裏切る様で心が痛んだけど、それだけだった。

この場に溢れる私への悪意、嫌悪。かつては何度も感じていた、マリアベルを糾弾する視線。

何も出来ず、勝ち誇る愚かな女の中で息を潜め遣り過ごすしか出来なかったあの時。いっそ感覚の全てを切り捨てたくなるほどに辛かった。マリアベルという仮面を通して私に刺さる矢はどれも痛くて悲しくて、飲み込めない。

それが今、私自身に降り注いでいる。自らの意思で立ち、動き、歩んできた私に向かって。一つの仮面をも持たぬ私に対する悪意。

悪役令嬢の建前はもう無い。自分の責任で、私自身が責められるこの状況は、押し付けられて罪によく似ているけれど。あの日よりも清々しい気分だ。

舞台上ではマイクがなくとも声がどこまでも届く様になっている。空気の振動を操作しているとかなんとか……構造はよく理解していないけれど。主張を通すのに声を張らなくて済むのはありがたい。

色とりどりの頭髪が混乱しているのを尻目に、少し多目に息を吸う。

「皆様、私に投票する必要はありません」

膨れ上がった風船が爆発する寸前の、一瞬の沈黙。私の言葉が飲み込めない人たちが動きを止める、また働き出す。その伝染が上から見ているとよく分かった。

罵倒が飛んでこない辺りは、まだ品がいい者達。内面の歪みが声に出ない辺りよく教育されている。まぁまだまだ甘いから表情には非難とか、軽蔑とか、嫌厭とか。

喧騒が遠ざかって、私の周りだけ音がなくなる。一人舞台の様で、きっと実際そうなのだ。

この場で、私一人。数人の仲間も上がっては来れないけれど。

それでも、いる。この世界に、私を擁護し信じてくれる人が必ずいる。

マリアの思うようにすればいいよ。

ケイトがそう言ったから、大丈夫。

「私は、私が美しいと知っています」

誰に言われずとも、他の誰でもなく、この私自身が知っているの。この髪も、肌も、瞳も、巡る血液だって、私が愛する両親から受け継いだ最高傑作。

私は、私の両親を美しいと知っている。だからこそ、その二人の愛娘たる私が美しいことだって当然だ。

だって、興味がない。例え赤の他人が私を美しいといったとしても……この稀有な瞳を、不気味と言ったとしても。私にとっては欠片だって不必要な評価。

私は、私が美しいと知っている。

誰よりも、私自身が知っている。

誰にも否定なんてさせない、誰にも選択なんてさせない。私は美しい、それが事実で真実だ。

「私に対して皆様がどんな感情を抱いているのか、今流れている噂についての信疑も、各々で判断していただいて結構です」

私は真実を全て話したし、ちゃんと犯人ではありませんと宣言している……現場にいた人達には。

噂の内容は変化しまくっているのでもう突っ込むの面倒。面倒臭がって今こうなっている身だけど、噂の当事者は否定も肯定も出来る立場じゃないんだよ。当事者なのに。

「票は入りません。必要ありません。私は……優勝に興味などありませんから」

根本の問題を出すと、なら出るなって話だよね。私の自主的じゃないから許せ。

本来ならこの流れでもう少し自己アピールをすべきなんだけど、私はもう言いたい事が尽きた。主張もなければ、宣伝もない。

スカートを摘まんで、ゆっくりと頭を下げる。

制服とはいえ、元々フリルだなんだと装飾が多いから翻ったシルエットは様になっただろう。

舞台袖に引っ込んだ私を待っていたのは、愕然とした表情のクリスティン様だった。もう突っ掛かってくる冷静さもないらしい。他の人達は侮蔑に眉間が寄っている。

舞台を終えた人間への歓迎にしては最低評価だが、今の私はお腹に溜まった淀みを吐き出せてスッキリした気分だった。

最終的な結果は、大判狂わせが起こり事前投票が意味皆無になりました。

優勝候補だったクリスティン様は嫌がらせと噂の影響で順位を落とし、それでも三位に入賞していた。優勝した人は事前でどうだったのか……私達二人はぶっちぎりだっただけで他は拮抗していたらしいのでよく分からないが。

そして全力で負けに行った私なのだが、それは勿論、ぶっちぎりの最下位で終わった。計画通り……ではなかったけれど、終わりよければ全て良しという事で。