Our demon king is coming. (formerly Mayday A Series)

02: Thor, on the conspiracy of the great nobles.

冬の匂いと言うのが、この南の大陸ルスキアでも感じ取れる季節になった。

それほど雪の降る国では無いが、灰色の空を見ると、もしかして雪が降るのではないかと思う時もある。

王宮の空中庭園もすっかり冬仕様。

寒さに強い草花が植えられ、カメリアと柊と小さなモミの木の緑が目立ち、その他の広葉樹は枝を切られ春に備えている。

「煙突掃除夫の活躍出来る季節だな……」

かつて自分がそうだったように、俺は煙突掃除夫だった頃の事を思い出していた。

母の体が弱く、自分が働くしか無かった。

煙突掃除はとても大変な仕事だけど子供がそれ以上に稼げる仕事は無かったし、むしろカルテッドは労働の法がしっかりしていて、子供に働かせる場合の基準もちゃんとあるから、煙突掃除夫とはいえ死ぬ程辛い仕事でもなかった。他の町の煙突掃除夫は、貧しい家から買われ、死ぬまでこき使われる事もあるらしい。

「……」

俺は庭園から王都ミラドリードを見下ろしながら、肌寒い空気に浸っていた。

寒いのは嫌いじゃない。ほどよい寒さは思考を整え、気を張らせてくれる。

手には、デリアフィールドの御館様からの手紙を握っている。

母の事だった。

一年程前に会ったきりで、あれから顔を見てはいない。王都の生活の慌ただしさの中、気になっていなかった訳ではないけれど。

あのとき既に余命半年を告げられていたが、デリアフィールドの病院に王都の優秀な魔導医療技術と医師を派遣して頂き、今まだ、母は命を繋いでいる。

マキアは言った。ユリシスに治癒魔法をかけてもらい、病を治してもらえないのかと。

しかし俺は知っていた。白魔術の治癒魔法にも上限がある。どんな大怪我でも一瞬で治してしまうユリシスだが、その魔法は単純な原理ではない。時間と運命の駆け引きだと、以前ユリシスは言っていた。

死に至る病や怪我にも、治る見込みがパーセンテージ的に存在する。発見の時期や、手当の素早さなどでそれらはどうにでも変わる。

パーセンテージが高ければ治癒魔法は簡単にかけられる。しかしそれならばそもそも魔法は要らないのかもしれない。魔法薬があればなお良いくらいの話だ。

だから魔法がありがたみを発揮するのは、治る見込みのパーセンテージが低い場合だ。

低ければ低い程、治癒魔法はとても難しくなり時間もかかるが、魔法でなければ治せない場合もある。ユリシス程の白魔術師ならば例え病が治る見込みが1%でも治癒を可能にしてしまうかもしれないが、それが0%になったとたん治癒魔法は効果を失い、治癒を可能にする魔法は“運命を変える魔法”に転じてしまうらしい。

それは似たものの様で、白と黒ほど違うと言っていた。

運命を変える魔法は、俺たちですら使えた事は無い。

例え使えても、きっと相当なリスクを要するだろう。

母は末期宣告を受けてから、時間もかなり経っていた。

すでに0のラインに到達していた。

余命を延ばす魔法の処置は施せても、完治させる事の出来る魔法は事実上無かった。

でも俺は、運命を変えてまであの人を生き長らえさせたいと思った事はない。

なぜなら、本人がそれを望んで無かったからだ。

「……そろそろなのか……」

御館様の手紙には、春前に戻って来れないかと書かれていた。これは暗に、母の余命は春頃までという事を示しているのだと理解出来る。御館様は俺たち親子の事を気にかけてくれていたのだ。

俺は空中庭園を歩きながら、庭園で繋がっているマキアの部屋へ向かった。

「あんたって、この寒い中わざわざ庭を渡って来るのね。なんで廊下から尋ねないのかしら」

「馬鹿か。廊下にはメイドも居る。庭を渡ってきた方が気が楽だ」

「ははーん。騒がれるのが嫌なのね」

俺はマキアの部屋で温かいハーブティーを飲みながら、さっきから彼女が慌ただしくしているのが気になった。

先日レイモンド卿から大事な話があるとお呼びがかかったから、俺はマキアを連れて行こうと思った。マキアはそれほど女の身支度に時間をかけるタイプじゃないが、今日は何かうろうろとしている。

「……何か探しているのか」

「うーん……いつも身につけている耳飾りが無いの。毎晩ここに置いているのになあ……」

彼女がドレッサーを開くと、そこには数々のアクセサリーが並べられている。

どれもこれも王宮から頂いた物だが、大ぶりで派手なものが多い。確かにマキアには派手な装飾や派手な色のドレスが似合う。それに負ける態度じゃないし、顔も体つきももうすぐ15歳の娘にしては随分と華やかだ。

しかし彼女は、普段身につける耳飾りだけは小粒の慎ましやかなものを好んでいた。

確かルビーの小さく丸いものだ。

「お前、他にも沢山あるじゃないか」

「馬鹿ね、これだから男は……。あのね、大きな飾りのついたものは、耳が痛くなるの。耳が痛くなると頭痛がするのよ」

「はあ……大変ですね」

とは言え、このまま耳飾りを探している訳にもいかない。俺が空間魔法でちょいっと探してみるが、どうにもこの部屋には無いようだった。

「こんな事の為に使う魔法じゃないぞ」

「……あんたが勝手に探してくれたんじゃない。はあ……でも無いのね……結構気に入ってたのにな」

マキアは自分でアクセサリーを買わないから、それ以外に地味なものが無い。

仕方が無く赤いドレスに合うエメラルドとルビーの施された細長い耳飾りをつけていた。

「別に、そのくらい派手な方がお前には似合うのにな。態度がいっそうでかく見えるけど」

「……ふん、王女でもないのに誰より華やかだったら、それこそ罪ってものよ」

「………」

遠い目。

「そう言えば、ジブラルタに留学していた第一王女が、そろそろ戻ってくるそうだ。今日レイモンド卿に呼ばれたのも、その事だと思うが」

「そうなの?」

「ダンテ団長が言っていた」

レイモンド卿の部屋までの間、王女のご帰還の噂の話題を出してみる。

マキアは何も知らないようだった。

「第一王子の妹君にあたるらしい」

「……と言う事は、あのアダルジーザの娘か……」

「アダルジーザ様、だ。あまり関わりが無いからと言っても、王宮では気をつけろよ。どこで誰が聞いているか分からんからな」

「……はいはい」

まあ、そう言う事だ。

第一王女は歳は16。12の時から、王宮の王位争いに巻き込まれない様にとジブラルタ王国へ留学に出されていた。

やっとこの国に戻ってくるらしい。

「やあやあ、いらっしゃ〜い☆」

「………」

副王になってもこのレイモンド卿は、相変わらず。

いつもフレッシュで、良い歳してウインクをぶちかます。そのウインクは岩を砕いてしまいそうなほど勢いよくキラキラしている。マキアはよくレイモンド卿のウインクを“プレッシャーウインク”と呼んでいた。

若さの秘密は何だろうな。

「四国会議が終わり、我が国家の軍事方針もやっと固まった。この冬の大貴族会議でもっと明確になるでしょう。あの巨兵襲来から、随分時間をかけてしまいましたが……」

「手際の良かった方だと思いますが……。まあ、もっともっと早ければ早いにこしたことは無いのでしょうけれど」

「トール君、君の提案していた、残留魔導空間の軍事資源利用も、メディテの魔導研究機関にて着々と進んでいるらしいね。いやはや頼もしい事だ」

「……まずは沿岸部から囲う様に、着工していこうかと」

俺とレイモンド卿がそのような話をしている時、マキアは目の前のいちじくのショコラタルトに夢中であった。

こいつは子供らしいとか女性らしいとか、そう言ったものを一周して遠慮を知らない。

「おいしいですか、マキア嬢」

「……はい、たまげました……」

「はははは。マキア嬢ほど清々しく食べて頂けると、こちらも嬉しくなるよ」

レイモンド卿はそう言いつつ、自分の紅茶にいくつもの角砂糖を入れている。6つ程。

それは甘すぎなんじゃないですかね。

「マキア嬢が今後ご活躍なさり、それだけ食べて、その美しさを維持出来ると言う話題が王都に広がったら、無理なダイエットをする女性も減るかもしれませんねえ」

「…………」

マキアは一皿平らげてしまうと、ニヤリと笑って言う。

「そんな事をおっしゃる割に、私に公の場で魔法を使うなと。それでは活躍も何も出来ませんよ……レイモンド卿は面白いですね」

「あはははは。これはこれは、一本取られましたな。……ええ、あなたは切り札ですから。魔法の情報を出来るだけ流したくは無い。敵はこの国にも多くいますよ」

「………」

激甘であろう紅茶を優雅に啜って、彼は一息つくと、さっきまでへらへらしていた表情を引き締めた。

世間話は終わりだと言う事だろう。

「レイモンド卿、敵は国内にも居ると言う事ですが、それは魔族の事ですか?」

「……それも一つ。魔族による被害は、着々と積み上がっている。それは、魔導騎士団に所属しているトール君の方が良く分かっていると思うけどね……」

「他にもいると?」

「ええ……魔族が国内に入り込めるよう手引きし、保護している者が必ず居るでしょう。そしてそれは、かなり力をもった人物だろうと……」

「王宮の幹部に裏切り者がいるという事ですか?」

「……居ないとは言いきれません。かなり怪しいでしょう。しかし、私が最近怪しいと睨んでいるのは……一部の12大貴族の方です」

レイモンド卿は側にいた黒いローブの者から南の大陸の地図を受け取り、その上に12個の角砂糖を並べた。

12大貴族が治める領地の通り。メディテ家とエスタ家だけは領地がある訳ではないので、魔導研究機関や王宮の場所に置かれているが。

「……マルギリアの領主である、12大貴族は、あなた方が苦手そうにしていたご存知ビグレイツ家。そしてあなた方が割と仲良くしているメディテ家も12大貴族の一つ。メディテ家は領地の変わりに教国の側の魔導研究機関の実権を握っています。また同じく、魔術一門であるエスタ家は、事実上王宮魔術院のトップで、これの実権を握っている」

「……別に苦手でも仲良くもないけど」

マキアが少し唇を尖らせている。

「その他にも12大貴族と言うその数だけ、ルスキアを古くから支えてきた名家が存在するが、この中でもし魔族を手引きし、匿う事の出来る、またそれに利益を得る一族があるなら、それはどこだろうか……」

レイモンド卿はちらりと俺を見た。

俺は顎に手をあて、土地柄を読んでみる。

「俺は12大貴族の歴史や、確執なんかは良く分かりません。ただ、ルスキアというか、南の大陸の特徴として、他大陸からの存在が違和感無く入り込める手段としては、船による渡航以外にはありえない。逆に港町であれば、毎日多くの人が入れ替わる場所ですから、魔族も紛れることは可能かと」

「………流石はトール君、港町出身なだけあるね。そう、魔族が違和感無く入り込める場所は、大きな港町としか考えられない。そもそもこの大陸に入る手段こそ、船しかないのですから。一時的に緑の幕に穴を空け、毎日決められた数の船しか行き来しない……。その中に、向こう側の検問をすり抜けこちらにやってくる存在……。ミラドリードであれば、私の直属の組織が検問を行いますから、魔族の入国をそうそう見逃したりしません。奴らはどこか別の港町から入国し、力あるものに匿われ、王都へやってきていると考えるのが妥当でしょう」

「……と言う事は、港町をもった12大貴族……と言う事になると」

「あくまで、推察ですがね。勿論裏をかかれている事もあるかもしれないが、とりあえずそう言う事にして話を進めます」

レイモンド卿は地図の上のいくつかの角砂糖を指差した。

「12大貴族の治める港町は、三つあります。ミラドリードからまっすぐ西側に行ったヴェレット。最南端のミレノ。東側のフィチカ。どれも大港都市です」

「……とは言え、ミレノは少し難しいのでは?」

俺は眉を潜めて、首を傾げる。

最も南に位置するミレノが、最も北に位置するミラドリードまで、足跡無く魔族を引導する事が可能なのだろうか。

「やはり、そうお考えになるか。……私は最も怪しいのは、ミラドリードから近いヴェレットだと考えています。なぜならここ最近、ヴェレットで変死を遂げた女性の噂を聞いたからです。ヴェレットの領主は12大貴族のテルジエ家。あちらはこれを隠そうとしましたが、私の“目と耳”はヴェレットにもありますから。……ここで一つ注目して頂きたいのは、テルジエ家は、宰相と正妃アダルジーザ様のご出身の家だと言う事……」

「……!?」

「ヴェレットは隣国ジブラルタの国境に位置している。その関係から、長くジブラルタとは交流があるため、第一王女ルルーベット様の御留学国に選ばれたという経緯があるのです」

「…………」

「……」

マキアはさっきからずっと無言で、ケーキをむさぼり食っている。

こういった話は基本俺に任せてしまうのがこいつだが、別に聞いていない訳ではない。

「今までの話から、テルジエ家を黒だと仮定するならば、テルジエ家が魔族を手引きし匿う理由としては……はやり王位を第一王子に、と言う事でしょうか」

「……そうでしょうねえ。もはや第一王子陣営が王権を得るチャンスは、謀反くらいのものですからね。魔族の手も借りたいと言う所でしょう。もしくはテルジエ家が利用されているのか……」

「しかし第一王子陣営は、開国反対派だったではないですか。それが簡単に魔族を受け入れたり……」

「そこなんですよね。……私は、更に奥に、テルジエ家にそれを提案しそそのかした黒幕が居るのではと思っています」

「………?」

レイモンド卿が指差すのは、ヴェレットの更に西側。そう、ジブラルタ王国。

「……ジブラルタが黒幕だと?」

「はっきりとは分かりませんが、もしテルジエ家が黒ならば、ジブラルタが関わりを持っていないとは思えません。それほどに、テルジエ家とジブラルタ王国は縁があるのです。そして、この時期の王女のご帰還………」

「……なるほど、確かにこのラインは怪しいですね」

ジブラルタ王国の国境に位置する大港都市ヴェレット。それを治めるテルジエ家、その出身の宰相と正王妃アダルジーザ。正王妃の息子である第一王子アルフレード、娘である第一王女ルルーベット。ルルーベットのジブラルタ留学からの帰還……。

「ルルーベット様がこの件に関わっているとは思いたく無いですが、知らずに利用されている可能性は十分にあります。色々な爆弾をそのドレスにくっつけて、ここミラドリードに帰還してくるかと。……来週の頭にルルーベット様のご帰還パーティーが王宮で開かれます。そこからが勝負です」

「………なるほど」

俺は全てを納得した訳では無いが、とりあえず頷く。

レイモンド卿は、また一口甘い紅茶を飲んだ。もしかしてこの人は、こうやって脳内に糖分を摂取しているのか?

ただ単に甘党なのか。

「これは、今出来る仮定の一つに過ぎません。色々と無茶がありますし、もしかしたら全く違うかもしれません。しかし、この仮定を頭の片隅においておく事で、その背後にいる本当の黒を探る足がかりにはなります。お二方も、今の話を半分冗談程度にでも、頭に留めておいて下さい。……ただ一つ言える事は、魔族がすでにこの国に侵入する、その仕組みが出来てしまっている事と、それはすなわち……」

「エルメデス連邦の手が、すでにルスキアに回っているという事ですね」

「そう言う事!」

指をパチンと鳴らし、軽く言ってくれる。

「緑の幕がある以上、外部からの攻撃による侵略はとても難しい。ただ、内部からジワジワ侵略する手も、あちらさんは得意中の得意だ。甘い蜜を、こちらの隙間に垂らして、引っかかる獲物を探すのです。ルスキアの最大の“隙間”は、やはり王位争いに置ける、第一王子陣営ですから。第一王子を支持していた者が、この王宮には多すぎる。それが例え、操り人形を望んでいたとしても」

「………」

レイモンド卿は、これを期に隙間を埋めてしまう気なんだろうか。

テルジア家が黒と言うか、これは要するに第一王子陣営が黒と言う事だ。

というか……そう言う事にしたいのか……?

「しかし、魔族を手引きすると言う事は、エルメデスの手を借りていると言う事。エルメデスの支配下に置かれても、王権を手に入れたいと言う事でしょうか。その先に、いったい何があると言うのか……」

「さてねえ。もう、王権を手に入れる事だけが目的になっているのかもしれないな……。それとも侵略というものに鈍感で疎い連中ばかりで、目の前の蜜にだけ手が伸びるのか。もしくは王位さえ取ってしまえばその後はどうにでもなると、緑の幕が守ってくれると信じているのか。ははは、そんな連中ならもうこの王宮には要らないけどね」

レイモンド卿は膝を叩きながら大笑いした後、ふうとため息。

奴らが魔族を利用し王都で反乱を起こす気なら、これらの真実を暴き制圧する事さえ出来れば、逆に王位争いが尾を引く問題を一気に取り除く事が出来る。王宮に根深く残る第一王子の陣営を、ここから追放する事が出来る。

「はは……あなたはミラドリードを、戦場にするおつもりですか?」

「……そうならない様に、あなたがたに協力を求めているのです☆」

ほらまた、ウインクして誤摩化す。

この人の憎い所は、凄みを感じさせず凄い所だ。

「第一王子は、本当に王位を望んでいるのかしら」

突然、マキアが口を挟んできた。

既に彼女は、満足いくまでケ―キを食べてしまっていた。

「……アルフレード殿下は、最近部屋に引きこもっておいでです。巨兵襲来以降、もう色々なものが信じられずに居るのでしょう。我々が彼にコンタクトを取ろうと思っていても、あちらの陣営が手出しを許してくれませんから、どうにも」

「ふがいないわね〜あの王子様も良い歳して」

マキアは鼻で笑っていた。

はっきりとは言わないが、何か思う所がある様だ。