「やっぱり思った通り。彼女がいいわ、彼女にしましょう」

ジョハンナ・シュルデを帰した後の部屋で、ベルタはご機嫌だった。

お茶のおかわり要求し、人と会うためにまとめて整えていた髪をさっさとほどく。細身の体を重たそうに長椅子に沈め、自然と丸まる背中は大きな腹を抱えて縮む。

けれど、表情だけ見れば側の者たちは良く知るいつものたくらみ顔だった。

同室に控えていた侍女たちはもちろん、ジョハンナが半ば呆然とした様子で帰っていくのを見ている。

十八歳の、まだ若いというよりいっそいたいけな若夫人が主人にいいように振り回される将来が容易に想像できた。

「ジョハンナ・シュルデ。落ちぶれかけた子爵階級の出身で、経済的困窮を背景に出仕を志望。彼女の家や生家が目立った派閥に属していないのは確認済です」

「伝統的貴族の家柄で、旧国教のプロスペロ教を信仰しておりますが、特に信仰心に厚いというわけでもなさそうです。姫さまの第二妃というお立場に強い忌避感もないようでしたし」

「気になるのはやはり十代という若さですが、ご本人の資質としては問題ないでしょう。早々にこちらに抱き込めば、派閥間の良い緩衝役になってくれるかと」

面接官は何も、ジョハンナの目の前に座っていたベルタだけではない。

ベルタは侍女たちや使える限りの人脈を使って、乳母候補のプロフィールを完璧に調べさせていた。

「なるべく弱味があって、なるべく身内への情に厚くて、柔軟で、こちらが望めばなんでもしてくれそうな人がいい。できれば若くて金髪碧眼の可愛らしい子で」

「はじめに聞かされた時はどこの人買いの条件かと思いましたけれど」

ベルタは何も個人的な趣味嗜好で条件を提示したのではない。

「ジョハンナ・シュルデは理想だわ。見た?あの色素の薄そうな眼、この王宮では一番目立たないくすんだ金髪。特徴のない整った顔立ち。どこを取っても没個性、素晴らしい下級貴族の令嬢じゃない」

もちろん褒めているのだが、本人が聞かされたらさぞ心外だろう。

王宮内で自由に立ち回ろうとするには、ベルタ本人はもちろんペトラ人の侍女たちでは、いささか目立ちすぎる。

自分の宮に引きこもっていられるのならまだしも、この先もずっと浮いたままでは不便を強いられることになる。

差し当たってベルタは、こちらに付きそうな古参貴族の出身者を懐柔し始めた。

腹の子が無事に産まれれば嫌でも使用人は増員される。人員はなるべくこちらの息のかかった者を用意しておきたい。

もちろん盤石な態勢を整えるには、あまりに出産までの期間は短すぎる。せめて乳母くらいは納得する人選をしたいと、身重の体に無理を押してあれこれと手を回していたところだったが。

「何より、彼女なら正妃や女官長も横槍を入れてこないでしょう」

国王の子女の乳母役としてあまりに無難。無難すぎて誰も難癖を付けてこられないだろう。それこそベルタが狙うところだ。

ただでさえ王室の異端児として産まれてくる我が子だ。この子が混血児である事実は変えようもない。

だが環境は均すことができる。浮きっぱなしの第二妃の子として対立の牙を剥いて育てるのでなく、一部王室のあり方の文脈を受け入れていくのが良いだろう。

すべて、この子の困難が少しでも減るように。

「それにしても、十八にして安産で二人も産んでるって早熟じゃない?ジョハンナを陛下にあてがっておけば色々と解決したでしょうに。そうすれば陛下の最初の御子が黒髪で産まれる心配もなかったはずよね」

ベルタは面会が良い結果に終わった充足感と、身内の侍女しか聞いていない気楽さから、益体もないことを口に出す。

徐々に後宮の有閑な暮らしに馴染んできている侍女たちもそれに付き合った。閉鎖空間にいると噂話に花が咲く。

「十五歳で嫁がせたということは、ご両親が後宮に入れるのを避けたかったのでしょう。野心を持つには彼女の生家では位が低すぎますし」

「あら、シュルデ子爵が情熱的に求婚したのではないですか?調べさせた資料にも子爵は大層な愛妻家だとありましたよ」

「そうでしょう、仲睦まじい夫婦でなければ子宝には恵まれませんわ」

自分の主人の夫婦仲は完全に棚に上げて下世話にはしゃぐ侍女たちに、ベルタだけは若干首を傾げる。

この宮の侍女たちですら一般論のようにその言説を持ち出すのならば、一部ベルタが国王の寵妃のように噂されているのも無理からぬことかもしれない。

(仲の良さだけでも、子は産まれない)

例えば、陛下と比翼連理に寄り添う正妃は。

例えばベルタの生母は。カシャの母もなかなか二人目の子を授かれず、一族の嫡男の誕生はベルタが産まれた十数年後のことだった。

歳の離れた弟が産まれた時に、安堵に泣いた母の顔をベルタはよく覚えている。

「あるべきところに恵まれないというのもよくある話よ」

暇な暮らしに倦んで、後宮の歪んだ価値観に染まるのは早い。ましてや「こちら側」――妬まれる側はどうしたって世間の風潮に煽られやすいのだ。