Portrait of Queen Berta: I accidentally got pregnant with His Majesty’s child

gossip: Historical recognition of the Führer Princess

故郷メセタは、王都の洗練された空気に比べれば雑多で騒々しい。

だが土地は肥沃で空の青も濃い、熱気に満ちた大好きな街だ。

この街を離れてまだ二年しか経っていないベルタだが、懐かしく慕わしい空気に包まれて、自然と気分が上向いた。

王室に入ってすぐにルイを身ごもり、目まぐるしい日々を過ごしているうちにいつの間にか過ぎていた二年だ。

そのルイはまだ幼い。彼はこうして母の故郷を訪れたことを、成長すればきっと忘れてしまうだろう。

ルイが大きくなる頃にまたこうして帰ってくることができれば良い。ハロルドがこうして自ら南部に赴くように、融和政策に舵を切っていくとすれば、それも夢ではない。

ハロルドは融和派と保守派の対立激化を避け、自身の政治色を明言してはいない。

だが彼の意思は明確に融和に傾いているように見受けられる。

この国が交易や、海の向こうの未開の領土開拓に乗り出して以来、南部都市群や港の重要性は増す一方だ。

従来のようにただ辺境と一括りにして、間接支配に甘んじてくれる時期は過ぎ去りつつある。

北方貴族に対して甚大な経済的優位性を保持しつつも、南部に常に一定の焦りが見えるのは理由があった。

実は、南部の民は従来からの王国の厳しい監視のもと、軍事力の育成に大きく遅れを取っている。

最大の太守カシャ一族すら、都市防衛に必要な最低限の私兵や護衛兵を持つばかりだ。

もし仮に今、王国がその軍事力にものを言わせて南部都市を囲み水平掃射でもすれば、戦局は一方的なものになる。大都市すらおそらく一ヶ月と保たない。

地形的有利はあるものの、百年前にはなかった火器や爆弾を使用して断崖を突破されたり、あるいは進歩した航行技術で海側から上陸されたら。

つまり内乱の開始はそのまま、南部の敗北を意味している。

(無論、そうなったとして、私たちは自由の民よ)

万が一そうした事態が起きたとして、黙って踏みつけにされる南部ペトラ人ではない。

この地の民の歴史は血塗られている。

実際、海の向こうの砂漠の国から異教徒が侵略した時代には、似たような虐殺は起きた。

南部ペトラ人は奴隷のように扱われた時代を生きながらえてきた。本来は同じ民族であったはずの北部の民からは見捨てられ、やがて異教徒へ国土回復戦争を仕掛けて内地から攻めて来た北方貴族には踏みつけにされて。

その記憶と気高い誇りは、民の団結と権力にまつろわぬ姿勢を生み出した。

結局、王国がどれだけ強大な軍事力を見せつけようと、ペトラの民の態度は数世紀前から変わりない。

彼らの心が折られることはない。ただ淡々と胸に憎悪を宿らせながら反撃し、王国軍が南部経済機構をすべて破壊し尽くすまで内乱は終わらないだろう。

――面積にして約三割、人口比では一説には国民の四割を超すと言われているだけの土地を、焦土と化す覚悟が王国にあるのならば、いつでも内乱の火蓋は切って落とされる。

もちろん代々の王もこれだけの土地を野放しにして来たわけでなく、王侯貴族の視察は長い目で見れば珍しいことではない。

だが現国王のようにペトラ人の妻を王妃待遇で伴っての行幸は過去に例を見なかった。

実は南部の太守が王室に一族の娘を差し出すこと自体は、今回が初めてではない。

南部の文化には、長い異教徒支配の時代に入った一夫多妻の制度が今も残っている。正妻とは言わずとも、王侯貴族と血縁関係を持つことで潜在的な対立の芽を絶つ目論見は伝統的にあった。

過去に王族とペトラ人の間に庶子が産まれた例はあるが、混血の庶子が貴族社会でその地位を認められたことはない。

ましてルイのように誕生当初から王子の称号を与えられることなど、たった数代前には考えられなかった。

(どちらかと言うと当代の急速な変わりようの方が特異だと思うけど)

カシャの父にしてみても今回の打診で、当初はベルタを出すことまでは考えていなかったようだ。

父は実の娘にすらすべての真意を悟らせるような下手は打たないが、南部の動きを主導しているのは父以外にはあり得ない。

嫡女を国王陛下に、とまずは最大値で手札を切って、落とし所としては傍流王族の誰かと、ベルタの異母妹あたりを娶せる算段だったようだ。

しかし蓋を開けてみれば現国王は、そのまま当初の打診を呑んだ。しかもベルタに、王室の前例にない第二妃としての待遇を与えさえした。

ベルタの仕事は当然、そこまでの譲歩の裏に何があるのか王都に赴いて探ることも含まれていると理解していた。

王宮でベルタが見たものは、嫁ぐ以前に想像していたような横暴な王侯貴族の姿ではなかった。

王国を支配するのは一部の青い血を持つ貴族だけで、ベルタのようなペトラ人の、しかも南部出身の女などは貴族社会ではまともに取り扱われないだろうと考えていた。

しかし蓋を開けてみれば、王国の治世の中枢は既に、名よりも実を取る土着の新興貴族に成り代わりつつある局面だった。

考えてみればカシャが叙爵をのらりくらりと躱し続けているだけで、南部の太守たちの中にはちらほらと叙爵されている家もある。

北方の内地系の貴族たちは爵位こそ高いものの、権威としては斜陽にあった。北方の国々との関係が時代が下るとともに疎遠になったのがその一因だろう。

北方大貴族たちの多数は、正妃マルグリットの派閥にしがみついてかろうじて権威を保っている状況だった。

国王は正妃マルグリットを尊重することで北方諸国との外交的な衝突を避けつつ、一方で国内の豪族や南部の太守を正式に新興貴族として任じることで、内政の均衡を取ろうとしているようだった。

国王はまた、北方貴族と新興貴族との婚姻政策も活発に推進していた。自身の後宮にもペトラ人を入れ、表向きは女官や侍女として出仕している側室はたくさんいる。

一部では国教を捨ててまで好色に走ったと揶揄されることもある王だが、本人はその印象からすれば遥かに理性的だ。

――国王、ハロルドは、時代の変化に自らの身を投じる覚悟を持った、板挟みにくたびれた孤独な王だった。

彼が王国の中興の祖となるか、王国末期の愚王となるかは後世の評価を待つところだが、少なくともこの時代に前向きに対処しようとする気概がある君主が立ったことは僥倖であるだろう。

彼がこちらに牙を剥かない限りは南部も彼をそう評価する。

とはいえベルタは、このような時代に、このような立場で生を受けたことを呪いたかった。

ベルタは王妃になるべく育てられた娘ではない。いくら器用に取り繕っていてもボロが出てしまう。

周囲が自分をどう評価しようと、自分は平凡な一領主の娘としての器でしかないことを知っている。

文化や価値観を同じくする相手と愛し合い、もっと穏やかに、産まれたように育ち、育ったように生きてこの故郷の土に還るものだと思っていた。 

そうではない未来が待ち受けていることを頭では理解していても、変化を受け入れることを心が拒んでいる。

だからベルタは、歴史の当事者たる王と、私人として向き合うことが少し怖いのかも知れなかった。