やがて……克子姉の運転するベンツが、お屋敷に到着する。

玄関前に着く車……寧さんと舞夏ちゃんが車を降りる。

その様子を……オレたちは、監視カメラの映像で観ていた。

「あれが、舞夏さんですか……」

アップになった舞夏ちゃんの画像を、みすずがじっくりと見つめている。

「ああ……舞夏さん、あそこの学校なんですね」

舞夏ちゃんの古風なセーラー服の制服を見て、みすずが言った。

「ああ、みすずちゃんの学校ほどではないけれど……結構なお嬢様学校だよね」

マルゴさんが、そう返事する。

……うん。

みすずの学校が、やんごとない家系のお嬢様が通う、超お嬢様校なだけで……。

舞夏ちゃんの学校も、相当有名な女子中学校だ。

むしろ普通の男子高校生なら、舞夏ちゃんの学校の子の方が人気があるかもしれない。

舞夏ちゃんのお嬢様中学の子なら、付き合って恋人になることも想像できるけれど……。

みすずの学校は……。

防弾ガラスのベンツで通学、送り迎えにはSPが付いてそうな印象がある……。

普通の男子には、ちょっと高嶺の花過ぎる存在だ。

「……だいたい判りました。みすずの学校にも、ああいうタイプの子、いますから」

みすずは、舞夏ちゃんの分析を終えたらしい。

「本当のお嬢様育ちで、世間知らずで……頭の中が、お子様のままなんですね」

マルゴさんが「困ったな」という顔をする。

「そういう風に言うのは、ちょっと可哀想だと思うよ。舞夏ちゃんは、まだ中学2年生なんだから……子供なのは、しょうがないでしょ?」

……そうだ。

本当にまだ……子供なんだ。

アイドルに憧れて、コンサートでキャーキャー叫んでいたり……。

克子姉や寧さんが大人に見えて、何を言われても信じてしまったり……。

お化粧やファッションのことを教えて貰うのに夢中になっている……。

未成熟な……子供。

そんな子と……セックスしたりしていいんだろうか?

……オレ。

舞夏ちゃんは、玄関先で寧さんと話している。

キャハキャハと屈託のない笑みを浮かべている、舞夏ちゃん。

十四歳になったばかりの……少女。

「でも、お子様で良かったです。この状態なら、どんな風にでも調教できますから……」

画面を見たまま、みすずが真顔で言った。

「やっぱり……雪乃さんと似ていますね」

みすずが、オレにそう言う。

「そりゃそうだろ……妹なんだからさ」

「旦那様……あの子が居たら、雪乃さんのこと諦めて下さいますか?」

……え?!

「あたし……舞夏さんなら、ガマンできると思います。雪乃さんと違って素直そうですし、可愛げもあります。みすずの前で、舞夏さんをレイプして下さい。そうしていただけたら……あたし、受け入れられると思うんです」

……みすず?

そんなに、雪乃が嫌なのか?

昨日、克子姉と……雪乃の身代わりに舞夏ちゃんを、オレのペットにするって言ってたけど……。

「ごめんなさい、そうじゃないですね……。みすずが、舞夏さんを旦那様に差し上げます。セックス専用の愛玩ペットとして献上しますから……!」

みすずが、ふふっと微笑む。

妖しい笑み……。

これもまた……みすずの別の顔。

「みすずちゃんだけではないわよっ!あたしたち全員であなたにプレゼントするからねっ!」

部屋の中に突然、克子姉が入って来る……?!

「ああ、車をガレージに置いて、地下通路を通って来たのよ。みすずちゃんと事前の打ち合わせをするためにね……」

克子姉が、笑ってそう言った。

「……『抱き枕』みたいな子にしちゃっていいのよね?」

克子姉が、みすずに聞く。

「はい、雪乃さんが旦那様の『安心毛布』なのは許せませんが……舞夏さんが『抱き枕』になるのは平気です。嫉妬もしませんっ!」

みすずは、そう答えた。

「でも……セックス専用の抱き枕よ?」

意地悪そうに、克子姉が囁く。

「構いません。みすずは……今はまだ、二十四時間ずっと旦那様とは一緒に居られませんから。みすずの居ない時に、旦那様の性欲を解消する可愛いペットを差し上げたと思うことにしますっ!」

みすずは、ニコニコとそう言う。

「あら……それじゃあ、あたしが彼とする分がなくなっちゃうじゃないっ!」

克子姉は、ちょっと不満げだ。

「あ、ごめんなさいっ!そういうつもりで言ったんじゃないんですっ!」

ぺこりと頭を下げるみすずに、克子姉はククッと笑う。

「冗談よ……とにかく舞夏ちゃんは、彼専用のセックス奴隷に堕とします。いいわね?」

「はいっ!」

何か……オレを無視したまま、二人は勝手に盛り上がっている。

「夕べ送った、メールは見てくれたかしら?」

そう言えば、昨日の夜に送って行った時、克子姉がそんなことを言っていた。

「はいっ、拝見致しました……!」

「あのプランの中の2のAの……『撮影会』をやるわ。みすずさんは、今日はあたしに写真を撮りに来て貰った……そういう設定でいくから。いいわね」

「……オッケーですっ!」

みすずは、それで判るらしい……。

「克子姉……オレは?」

オレは……何をすればいいんだろう?

「あなたは、しばらくここで観ていて!」

……観てる?

「車の中での会話は聞いてた?……思ったよりも、男の子に対する免疫が強いみたいなの、あの子。雪乃様の妹だから、もっと鈍感で淫乱体質かと思ったんだけど……」

「……想像してたよりも、潔癖そうですよね」

「セックスに対して、興味よりも恐怖感の方が勝っている感じよね……」

克子姉とみすずの感想に、マルゴさんが意見を述べる……。

「まだ、子供なんだよ。それに、彼女は女子校でしょ?アイドルくらいしか、男の子を観ていないんだよ……!」

ああ……オレも三年間、男子校の寮生活だったから良く判る。

ついこの間まで、女の子と喋ると震えが止まらなかったもんな……。

小学校の時は共学でも、中学に入ると男女ともに肉体が変化するから……。

この時期に身近に異性がいないと、耐性が弱くなるのは当然なのかもしれない。

「そうね……男の子慣れしてないのがよく判るもの。男性とは、家族と学校の先生くらいしか接していないんじゃないかしら。そう言えば、女子校だと、若い男の先生はどんな不細工でも、人気があるって言うわよね」

克子姉は、そう言う……。

みすずが、ぷるぷると首を振る。

「うちの学校もそうですけど……舞夏さんの学校は、若い男性の教師を雇いませんから。男性教師は、既婚者で中学生以上の子供の居る人しか採用されないんですよ……!」

「えっ、そんなんでもし、男の先生が離婚とかしたらどうなるの……?」

思わず、みすずに尋ねてしまった。

「もちろんクビです。雇用契約書に、そう書いてあるはずです」

……そこまで徹底してるのかよ!

「みすずの学校ではさらに……奥さんが妊娠したら、その期間は丸まる休職する決まりになっています」

「え……何で?」

「昔、奥さんが妊娠中でセックスできなかった先生がムラムラしちゃって、不祥事を起こしたんだそうです……」

「……不祥事?」

「あ、校内では何も無かったんですけど……四十歳過ぎの先生が、電車の中で女子大生に痴漢をして捕まったらしいんです。もう、学校の百年の歴史に残る大不祥事になったそうです。週刊誌とかに記事が載ったそうですから。それで……その先生だけなく、理事長先生から、校長先生、教頭先生、学年主任の先生まで全部クビになったそうです。学校の名誉を汚したということで……!」

……はあ。

……超名門のお嬢様学校だと、先生も大変なんだ……。

「とにかく……あたしたちが、彼女の気分を解放させるから、あなたはしばらくここに居てちょうだい」

克子姉が、オレに命じる。

「うん……判った」

オレの顔をチラッと見る……。

「そのリーゼント……みすず様にやって貰ったの?」

「……うん」

「とっても似合ってるわよ……可愛いわ」

克子姉が、ニコッと微笑む。

「そうでしょう……克子様っ!」

みすずは、自分の手柄を褒められて喜んでいる……!

「また後でね……マルゴ様、十分後にみすず様を連れて、テラスへ来て下さい」

「……判ったよ」

克子姉は笑って、部屋から出て行く。

「さてと……みすずちゃんは、もう一度自分の姿をチェックして。すぐに行動開始だよ」

「……はい。あ、忘れてましたっ!」

みすずが、自分のバッグを開けてごそごそする……。

「旦那様……これ、お願いしますっ!」

みすずは、赤い首輪を取り出す。

「え、これをしたまま、舞夏ちゃんに会うの?」

「はい。みすずの正装ですから」

そうとまで言われたら仕方が無い。

オレは、みすずに首輪を付けてやる……。

「……おむつもする?」

オレが、そう言うと……みすずは、

「本当はしたいですけれど……この後の『撮影会』に差し支えますから……!」

……オレには、よく判らない。

まあ、知らなくていいことなら、そのままでいいし……。

監視カメラの映像に、克子姉が現れる。

この部屋から出て三十秒も経っていない。

玄関前の寧さんと舞夏ちゃんの前に、姿を表す……。

「ごめんなさいっ!お待たせして!」

「もうっ、克子さん、遅いっ!」

そう言えば……寧さんは、舞夏ちゃんの前では「克っつん」て言わないな。

克子姉も、普段みたいに「寧様」と言わずに「寧さん」て言ってるし……。

全部……演技しているのか?

「ガレージのシャッターの調子がちょっとね……さあ、中に入りましょう!」

どうも……ここは克子姉の家という設定になっているんだな。

今は、家の中には誰も居ないことになっているらしい。

克子姉が、玄関のドアに鍵を差し込んでいる……。

そうして……舞夏ちゃんは、二人の女悪魔に連れられて、お屋敷の中に入っていく……。

「さあて、舞夏さん……処女のままでは、帰さないですよぉっ……!」

カメラの映像を観て、みすずがそう囁いた……。

三人目の悪魔が、ここにいる。

◇ ◇ ◇

マルゴさんが、カメラを切り替える。

テラスに通じる明るい部屋に……三人が入って来た。

『うわぁ……素敵なお部屋ですねっ!』

舞夏ちゃんは、お屋敷の調度品にうっとりとしている。

『すごいですねっ、克子さんのお家!』

やっぱり、そうか。

『適当に座って……今、お茶を入れるわ。あ、クッキーを焼いたの、食べてみて』

克子姉が、舞夏ちゃんにクッキーを差し出す。

相変わらず、高級菓子店の商品としか思えない出来映えだ。

『えっ……これ克子さんが焼いたんですか?』

『そうだよっ!はい、舞夏ちゃん、どうぞっ!』

寧さんに手渡されて、舞夏ちゃんはクッキーを一つパクッと食べる。

『うわっ、美味しいっ!克子さん、お菓子作るの上手なんですねっ!』

『お菓子だけじゃないよっ!克子さんは、お料理は何でも上手なんだからっ!』

『パンも自分で焼くわよっ!あたし、将来、パン屋さんを始めるつもりだからっ!』

克子姉が、舞夏ちゃんにニッと微笑む。

『すごい、すごい、すごい!克子さん、格好いいですっ!』

舞夏ちゃんは、少し興奮気味だ……。

『とっても綺麗で、スタイルも良くて、ファッションにも詳しいし……その上、お料理も上手なんて……!』

舞夏ちゃんは、憧れの眼で克子姉を見ている。

『舞夏……大人になったら、克子さんみたいな女性になりたいですっ!』

克子姉は、クスッと笑う……。

『大人になったらって……じゃあ、舞夏ちゃんは、まだ子供なの?』

舞夏ちゃんは、恥ずかしそうに笑った……。

『舞夏は……もう、大人です。でも、ちょっと……まだ、子供のところもあります』

……そう言うところが、子供なんだけどね。

うん……子供として、とっても可愛い。

舞夏ちゃんは、とっても素直だし……ちょっと、人の言葉を信じすぎだけど。

照れている顔が……雪乃に似ている。

……雪乃にも、こんな時期があったんだろうか?

「……ホント、お姉さんとは全然違いますよね」

みすずが、モニターを見て言った。

「……違う?」

……雪乃とは。

……違うんだ。

「はい。みすずは一人っ子ですけど、親戚に姉妹が何組がいるからよく判ります。雪乃さんと舞夏さんみたいに、2つ違いくらいの姉妹が一番違いますね。性格が」

「……そうなんだ」

「やっぱり、妹はお姉さんの姿を見て成長しますから……。それに、親の接し方も違いますし……」

オレは……ほとんど親戚づきあいがなかったから、他の家の兄弟姉妹のことはよく判らない。

みすずの家は名家だから、たくさん親戚がいるんだろう。

「一番上の子供は、親にとっても最初の子だから、いっぱい手を掛けて貰えるんですよ。親自身、恐る恐るでも積極的に接しますし……。でも、次の子は二回目だからって、やっぱり少し手を抜いて育てられるんですよね。うーん、良い意味で、親が手の抜きどころを判ってしまってるって言った方がいいかもしれません……」

はあ……そうなんだ。

オレ、ほとんど親と接触しないで育ったから、よく判らない。

小学校に提出する書類を書いて貰う度に、父親に「お前は、今、何年生だっけ?」って聞かれてたし。

さすがに「お前の生年月日っていつ?」って聞かれた時は、ショックだったけれど……。

もちろん、母親はそういうのは一切ノータッチだった。オレの学校のこととかは、全部、父親任せで……。

ていうか、父兄会も、授業参観も、運動会も、卒業式も……誰も家族は来なかったし。

小学校の入学式だけは、祖母ちゃんが来てくれたよな……。

「まあ、二人姉妹の場合ですけどね……年が離れていたり、姉妹が多かったりしたら、また変わります。でも、年の近い二人姉妹だと……お姉さんが我が儘で、妹が大人しいってケース、割と多いと思いますよ」

みすずが、そう教えてくれた。

「みすずちゃん……そろそろ行くよ」

マルゴさんが、上着を羽織る……。

これから、この屋敷を訪問する……という設定なんだろう。

マルゴさんが、部屋の隅に生けてあった花瓶の花を見る。

「これ、借りていこう」

マルゴさんは、花瓶から花を抜き取ると……模造紙でくるんで花束を作った。

慣れた手つきだ。

「……あたしもね、渚さんのお店がオープンしたばかりの頃に何回か手伝いに行ったことがあるんだよ」

マルゴさんは、そう言って微笑む。

「では……旦那様、行って参りますっ!」

みすずが、オレの顔に唇を差し出す。

オレは……チュッとキスをする。

「うふふ……楽しんで、観ていて下さいねっ!」

二人は部屋から出て行く……。

監視モニターの前に、オレ一人が取り残される……。

……仕方ない。

オレは、冷めた紅茶をゴクリと飲んだ。

◇ ◇ ◇

玄関のベルが鳴る……。

『あっ、きっとマルゴさんよ……!』

テラスの前の部屋に居た克子姉が、玄関へ出迎えに行く……。

マルゴさんとみすずは、どこか屋敷の脇から外に出て、玄関へ廻ったらしい。

しばらくモニターを見ていると……克子姉が二人を連れて入って来る。

『やあ、舞夏ちゃん、こんにちわ……!』

こうやって映像で観ると、マルゴさんは本当に格好いいな。

こんな風に花束を持つ姿が格好いい女性って、なかなかいないと思う。

『克子さん、はい、これ……!』

マルゴさんが、克子姉に花束を渡す。

その姿も、決まっている。

『まあ、ありがとうございますっ!』

花束を受け取る克子姉も……綺麗だ。

『今日は、友達のみすずちゃんを連れてきたよ』

マルゴさんが、みすずを紹介する。

自然な演技だ。

『初めまして……香月みすずと申します』

みすずは、いつもと違って少し大人っぽい声で挨拶した。

みんな、演技が上手い……。

オレだけ、待機になった理由が何となく判った。

『みすずちゃん……こちらが、克子さん。寧には会ったことがあるよね。そのお隣が舞夏ちゃんだよ』

『よろしくお願いします……皆さん』

みすずは、上品に礼をする……。

……普段の少し子供っぽいみすずは、そこにはいない。

名家のお嬢様として育ったみすずは、いつでもこういう大人っぽい顔が出せるんだ。

『は、初めまして……白坂舞夏ですっ!』

舞夏ちゃんは、すっかり緊張している。

『そんなに固くなることはないよ、みすずちゃんはとっても優しいお姉さんだからね』

マルゴさんが、笑って舞夏ちゃんにそう言った。

『ええ……仲良くして下さいね、舞夏さん』

品良く微笑む……みすず。

『こ、こちらこそ……よろしくお願いしますっ!』

みすずは、しっかりと舞夏ちゃんの心を掴んだ……!

『さあ……今日は、思いっきり楽しんでね……!』

克子姉が、みんなにそう言う。

みすずは、ごく自然に舞夏ちゃんの隣の席に座った。

『今、お茶を入れるわ。くつろいでいて』

『あ、あたし、お花を生けてくるっ!』

スッと、克子姉と寧さんが席を外す……。

舞夏ちゃんが、みすずに話し掛ける。

『あの……香月さん』

『みすずでいいわ……あたしも、皆さんと同じように舞夏さんて呼ぶから。いいわよね?』

『は……はいっ!』

『で……どうしたの、舞夏さん?』

『あの……みすずさんて、あそこの学校へ行ってらっしゃるんですね……!』

舞夏ちゃんが、みすずの制服を見てそう言う。

やっぱり、気になるらしい。

『そういう舞夏さんは、あそこの学校なのね……』

『……ご存じなんですか?』

『当たり前よ……有名なお嬢様学校じゃない!』

照れる、舞夏ちゃん。

『そんな……みすずさんの学校には、適いません』

『あら……うちは普通の学校よ』

『いえいえ……日本一の名門お嬢様学校じゃないですか。うちの学校なんかよりも、遥かに上の……』

みすずが、ククッと微笑む。

『学校に上も下もないわ。そうね……ちょっと高貴な家柄の方が多く通っているかもしれないけれど、それでも普通の学校よ。授業だって普通だし』

『お花や日舞の授業もあるって聞きましたけれど』

『ああ……それは、教養を身につけるための特別授業よ。大したことはしないわ。そういうのは、みんな個別に習っているし。あたしも、お花と日舞はお稽古に通っているわ』

『……そうなんですか?』

『ええ……ちゃんと、師匠に付いて学ばないと身につかないもの。そうだ、今度、日舞の発表会があるの。よかったら観に来て』

みすずは、カバンからチラシを取り出す。

日舞教室の発表会のチラシのはずなのに……綺麗にカラーで印刷されている。

何か、やたら豪華な作りだ……。

『えっ……みすずさんの先生って、紺碧流の家元様なんですか?』

チラシを見て、舞夏ちゃんが驚く。

『そうよ。紺碧撫子先生に師事しているの。去年、名取りにしていただいたわ』

『……すごーい!』

オレには、よく判らないが……とにかく、すごいことらしい。

『すごくないわよ。家元先生のお教室にたまたま入門しただけだもの』

『すごいですよ。舞夏、学校のお友達に、家元先生のお教室には普通の人は入れないって聞きました』

『入れるわよ。ちゃんとした人の紹介があれば……』

……いや。

だから、その『ちゃんとした人』の紹介を得るのが大変なわけで……。

『舞夏さん、日舞に興味があるの?』

『ちょっと……あります。前にお友達の発表会を観に行って、綺麗だなって思って……』

『それなら、習ってみる?家元先生にご紹介致しましょうか?』

『え……いいんですか?』

『いいも何も……もう、お友達でしょう。あたしたち』

みすずの笑顔が、舞夏ちゃんの心を蕩かしてゆく。

『……でも』

『何が心配?家元先生の教室だからって、お月謝が高いとかっていうことはないわよ』

『そういうことではないんです』

舞夏ちゃんは、暗い顔をする。

『あたし……お姉ちゃんがいて、とっても意地悪なんです』

『どう意地悪なの?』

『舞夏が何かを始めると……お姉ちゃんは必ず嫌がらせをするんです。舞夏、小学校の時にピアノを習っていたんですけれど……練習の音がうるさいからって、お姉ちゃんに無理矢理辞めさせられました。バレエ教室は、お姉ちゃんと一緒に入ったんですけど……お姉ちゃんが三回で飽きて辞めちゃって……そうしたら、舞夏ももう行くなって。あたし、お友達ができて楽しかったのに……』

雪乃……本当に、家では暴君なんだな。

『そんなの平気よ。もし、お姉さんが何か言ってきたら、あたしが文句を言ってあげるわ。舞夏さんのお姉さんは何年生?』

『……高校一年生です』

『じゃあ、大丈夫よ。あたし、高校二年生だからっ!』

みすずが、ニコッと微笑む。

『みすずさん……』

『本当に日舞を習いたかったら、あたしに相談してね。いつでも、紹介してあげるから』

『ありがとうございますっ!』

舞夏ちゃんが、頭を下げる。

『舞夏ちゃん、ピアノが弾きたかったらそこにあるよ』

マルゴさんが、部屋の隅を差す。

壁際にアップライトのピアノがあった。

『奥の部屋にはグランドピアノもあるんだけど……そっちは、しばらく調律していないから。そのアップライトは、音が合っていると思うわ』

克子姉が、お茶を運びながらそう言った。

『舞夏ちゃんは、ピアノはどれくらいやったの?』

マルゴさんが尋ねる。

『えっと……バイエルが半分くらい終わったくらいです』

『……バイエル?』

マルゴさんは不思議そうな顔をする。

『ああ、日本のピアノ教室ではバイエルっていう教本から練習するのよ。最近は、やらないところも多いらしいけれど。舞夏ちゃんの先生は、きちんとした音楽教育を受けた方だったんでしょう』

克子姉が、そう説明する。

『はい。音大を出られた女の先生でした』

『ふーん、本格的に習ってたんだね』

マルゴさんが、感心する。

『本格的じゃあありませんよ。本当にピアニストを目指してる子とかは、小学校の間にソナチネまで行きますから』

『ソナチネって?』

マルゴさんはそう言いながら、ピアノへ向かう。

『バイエルの次の段階に習う教本です』

『……へえ。日本にはそういうのがあるんだ』

蓋を開け、鍵盤の上の赤い布を取ると……マルゴさんは、ピアノの前に座った。

『あたしは、いきなり実践で弾かされたから……!』

すっとピアノを弾き始める、マルゴさん。

この曲は、オレでも知っている。

『聖者の行進』だ……。

……巧い。

ちょっと、ジャズっぽく弾いている。

軽やかな旋律が、部屋の中に響いている……。

マルゴさんが弾き終わると、舞夏ちゃんがパチパチと手を叩いた。

『すごいですっ!お上手なんですねっ!』

『本当は、クラリネットの方が得意なんだけどね……』

マルゴさんは、そう謙遜する。

『ジャズはいいよね……間違えそうになったら、適当にアレンジしちゃえばいいんだから』

そんなことも言った。

『舞夏ちゃんも何か弾いてよっ!』

花瓶の花を持った寧さんが、舞夏ちゃんにそう言う。

『えー、あたしは……しばらく弾いてないですし』

『いいから、いいからっ!』

花瓶をテーブルに置いて、寧さんは舞夏ちゃんをピアノに引っ張って行く。

『じゃあ……簡単な曲を弾きます。昔、発表会で弾いたんですけど……!』

舞夏ちゃんが、弾き始める……。

この曲も知っている。

小学生の時に、学校の音楽の時間に聞いたことがある。

『カッコーのワルツ』だ。

誰が作ったかとかは、知らないけれど……。

しばらく……舞夏ちゃんの可愛い演奏を聴いていた。

……PIPIPIPIPI!

突然、オレの携帯が鳴った。

……恵美からだった。

「もしもし……どうしたの?」

『今、休憩時間になったの。みんなから離れて、電話しているわ……そっちはどう?』

「今、舞夏ちゃんが来たところ。オレだけ隔離されて、他の人は舞夏ちゃんとお茶してる」

恵美が、ホッと息を吐く。

『まだ、これからなのね……』

「うん。全然まだこれからだよ」

『なるべく……優しくしてあげてね』

恵美は、そう言った。

「いいのかな……オレ」

オレは、心の内を恵美に晒した。

「さっきからモニターで観ているけど……舞夏ちゃんて、まだ子供だよ。しかも、素直で良い子なんだ。あんな子を……オレ」

思わず、口籠もる。

「……レイプして、いいのかな?」

携帯電話の向こうの……恵美が答えた。

『……もう、しょうがないのよ』

……しょうがない。

『あたしは……覚悟したわ』

……恵美。

『吉田くんがツラいのなら、あたしも一緒にしてあげる……そっちに行くわ』

「いや……いいから。恵美は、部活の練習をしっかりやってよ。さっき、キャプテンと約束したろ……!」

恵美の気持ちは……嬉しいけれど。

これはやっぱり……オレの役目なんだ。

『舞夏ちゃんは……あたしの妹よ』

恵美は、雪乃の腹違いの姉妹だ。

だから当然……舞夏ちゃんの妹でもある。

「……判ってるよ。優しくする」

『後で……舞夏ちゃんの前で、あたしのことを犯して』

恵美が、そう言った。

『メチャクチャ、酷いことをして……お願い、吉田くん』

「……恵美」

『そうでないと……あたし、舞夏ちゃんに悪くて』

……恵美も、罪悪感を感じているんだ。

オレだけでなく。

「判った……するよ」

『あたしと舞夏ちゃんの二人で、吉田くんに奉仕するわ……だから』

恵美は……言った。 

『雪乃のことは……もう、いいよね?』

みすずといい、克子姉といい……。

どうして、そんなに雪乃を嫌うんだろう?

「恵美も、オレが雪乃とするのは嫌なんだ?」

『……うん』

恵美の声は、真剣だった。

『昨日……吉田くんと雪乃のセックスを観たらね……』

……オレと雪乃のセックス?

『克子さんやみすずさんとの時は、みんなとっても幸せそうなの。あたしもとっても幸せだった。世界がキラキラしている感じで……。吉田くんも、とっても気持ちよさそうだったわ』

オレの……セックス。

『でも……雪乃としている時は、とってもツラそうなの。重い荷物を担いでいるみたいに見えたわ。雪乃からは、何かどんよりとした黒い感じしかしなくて……』

……恵美?

『吉田くんに抱かれている雪乃が……あたしには、死に神に見えたわ』

……そうなのか?

オレには……よく判らない。

『あたし……吉田くんが望むことなら何でもする。どんな酷いことでも耐えるわ。痛くしてくれてもいいし、どんなに恥ずかしいことだってする」

……恵美、何を言ってるんだ?

『吉田くんが、あたしに内緒で浮気したって構わない。他に好きな子ができたら、あたしのことを捨ててもいいわ。あたしが、その子を連れて来てあげてもいい……ただ、雪乃とは、もうしないで……!』

電話の向こうで……恵美は泣いていた。

「恵美……オレ、本当は怖いんだ」

オレはもう……ガマンできなかった。

「舞夏ちゃんて、雪乃に似ているだろ。雪乃とそっくりな顔で……でも、雪乃よりも幼くて、純真で、まだ子供じゃないか……!」

……そうだ。

それでもやっぱり……。

オレは……舞夏ちゃんの中に、雪乃の影を見ている。

「オレ……舞夏ちゃんに襲いかかったら、歯止めが効かなくなりそうなんだ。雪乃をレイプした時みたいに……ううん、それ以上に、舞夏ちゃんを犯したまま、止まらなくなりそうで……。心が爆発しそうなんだよっ!!!」

一人きりの部屋で……。

オレは、恵美に心中を打ち明ける。

……怖い。

オレは……自分がとんでもないことをしてしまいそうで……。

『いいわ……思いっきり、吉田くんのしたいようにして……!』

恵美が、そう答えてくれた。

『舞夏ちゃんには……あたしも、後で一緒に謝るから。吉田くんだけのせいじゃないわ。あなたの罪は、あたしも一緒に償うから……!!!』

……恵美!!!

『舞夏ちゃんの中で……思い切り爆発して……!』

……オレは。

『……いいのか?』

『うん……あたしたち姉妹で、あなたの奴隷になります。舞夏ちゃんには、ずっとあたしが付いているから……あたしが彼女のお姉さんになるわ。だから……あなたは、あたしたちも……犯して……思いっきり、犯して下さい……お願いします……!』

恵美の優しさが……オレの心に突き刺さる。

「……ありがとう、恵美」