Pure Love ✕ Insult Complex
311. Teams
「頭下げてッ!!」
マルゴさんが振り返りながら、天井から襲って来る敵にナイフ型の手裏剣を投げ付けるッ!
……ドスッ、ドスッッ!
手裏剣がグレーの戦闘服の『敵』の腹に突き刺さるが……防刃チョッキを着込んでいるらしい。
『敵』は態勢を崩しただけで、ダメージは無いようだ。
オレは寧さんを庇う。腰を落として、なるべく身体を小さくして……。
雪乃が後ろから、寧さんにしがみついていた。
「ハァァァァッッ!!」
マルゴさんが全速で走って、グレーの『敵』に飛び掛かるッ!
その瞬間……オレたちの前後に潜んでいた『敵』も行動を起こす!
「やらせないッッ!!」
マルゴさんと入れ違いに……麗華が後方の『敵』に突進するッ!
「美智ちゃん、下がって!」
関さんが、前方に姿を現した『敵』に拳銃を向けるッ!
……ドゥンンッッッ!ダァウンッッ!!
牽制として、2発銃撃するッッ!
『敵』には当たらないが……正確な射撃は、オレたちへの接近しようとする動きを止める。
「……こちら、お任せします!」
美智は、その様子を確認すると……マルゴさんと交戦しているグレーの『敵』の方へ向かう。
「イヤァァッ、ハァァァァッッ!!」
マルゴさんは、金属製の伸縮式警棒みたいな物を引き抜いて、天井から降りて来たグレー『敵』に殴り掛かる。
グレーの『敵』は、大きなコンバット・ナイフを抜いて、応戦す!
……ガキッ!バキキキッ!
金属と金属が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
「ハィィ、ハィィ、ハィィィーッッ!!!」
一方……麗華は、後方の『敵』に撲殺ステッキで三段突きを放つッ!
『敵』は、ギリギリで避けるが……オレたちとの距離は遠くなる。
……ダウウッッッ!!
関さんが、もう一発、銃を撃つ!
確実に前方の『敵』を足止めしている。
「……お避け下さいっ!」
美智の赤いムチの切っ先が、グレーの『敵』に飛ぶッッ!
グレーの『敵』は、後方に跳んで身を躱す。
飛びながら、美智に小刀状の手裏剣を投げ付けるが……美智はサッと一歩退いて避ける。
美智の脇の床に、ズドッと『敵』の手裏剣が刺さった。
そのために……ムチの第2撃は出せない。
「……こっちを見なさいっ!」
美智が、片手を招き猫のポーズにする……。
工藤流古武術奥義『心月』……!
「ダメだ、美智!」
オレは……叫んだ。
「は、はいっ?!」
美智の集中が緩む。
その瞬間……。
グレーの戦闘服の『敵』が、英語で何かを叫んだ。
「伏せてッ!閃光弾くるよッ!」
マルゴさんの声に、オレはそのまま寧さんを押し倒して床に伏す。
雪乃も一緒だ。
廊下の前後が……ビカッと激しく輝くッ!!!
「……ウッ!」
顔を上げると……三人の『敵』はすでに姿を消していた。
「みんな……大丈夫かい?」
ハァハァと荒い息で……マルゴさんが言った。
「あたしは平気……ヨッちゃんが、護ってくれたからっ!」
寧さんが、オレを抱き締めたまま……答えた。
ちょっと涙目になっている。
「……眼がチカチカします。何も見えません」
香月健思は、閃光を正面から見てしまったらしい。
「しばらく眼を瞑っていなさい。少ししたら、治るわ」
関さんが、撃った弾丸を補充しながら答えた。
「すみません、隊列を乱す様な行動をして……」
麗華が、マルゴさんに謝る。
「いや……適切な判断だったと思うよ。麗華お姉さんが飛び出してくれたから、後方の『敵』がこちらに近づけなかったし……」
「本来ならば、隊列の真ん中に居たわたくしが……天井から襲って来た『敵』を撃退するべきでした」
麗華は……グレーの『敵』が天井に居たことに気付かず、初動の対応が遅れたことを反省しているらしい。
「いや、あの人は特別だから……だから、あたしもつい身体が動いちゃったんだ。本当なら、麗華お姉さんに任せて、殿《しんがり》に居たあたしが後方の『敵』を相手するべきフォーメーションなのに……つい、あのグレーの『敵』と交戦しなくちゃって思って、隊列の真ん中へ飛び込んじゃったから。麗華お姉さんが飛び出して、後方の『敵』を押さえてくれなかったらヤバかったと思うよ……ゴメンなさい」
マルゴさんも、麗華に詫びる。
「あのグレーの『敵』は……マルゴお姉様でなければ、対応できませんでした」
美智が……言う。
マルゴさんは、グレーの『敵』が放った手裏剣を床から引き抜いた。
「ああ……やっぱりね」
「どうしたの、マルちゃん?」
「ほら、これ」
マルゴさんは、寧さんに『敵』の手裏剣を見せる。
続いて、自分の手裏剣を取り出して……。
2つの手裏剣は……ほぼ同じ形をしていた。
材質や加工は、微妙に違うけれど……。
「……同門、てことだよね。これってさ」
マルゴさんは、ニヤッと微笑む。
「あたしの師匠は、恭子さん。あたしの前に恭子さんと組んでいたのは……」
ミス・コーデリア……。
さっきのグレーの『敵』は、ミス・コーデリアか……。
となると、前後から襲って来たのが白い女のヴァイオラとロザリンドだな。
「同門同士の方が、相手の手の内が判りますから……フォーメーションを崩すことになっても、マルゴお姉様が相手をしたのは正解だと思います」
「というより、藤宮さんも美智さんも突然のフォーメーションの変更に、よく対応したと思うわ。マルゴさんの判断も正しかったと思うし……それぞれが常に一番良いと思うポジションに移行して、互いにフォローし合えていた。ちゃんとチームとして機能できているわよ……!」
関さんが、先頭チーム全体を褒めてくれる。
「関さんこそ……3発だけの銃撃で、正面の『敵』を足止めするなんて、さすがです」
麗華が……言う。
「まあ……あちらは、本気じゃ無かったからね」
関さんは苦笑した。
「本気では無かったって?だって……?!」
驚く……雪乃。
「本気なら……『敵』は最初から銃を使っているよ。最初の、完全に気配を消していた状態で銃撃されていたら、あたしたちの大半は死んでいたと思うな」
マルゴさんも……そう言う。
「今回の襲撃は……オレたちの戦闘力をチェックしにきただけですよね?」
オレは……マルゴさんに尋ねる。
「偵察というより……あたしたちに対する、『挨拶』って感じだね。本気で潰しには来なかったし……」
「四人目は……出て来なかったですもんね」
そうだ……ホテル内に潜伏している、ミス・ヴァイオラたちのチームは4人のはずだ。
最後の一人は……まだ、姿を見せない。
「どうせ、どこかからあたしたちの様子を観察していたんだと思うよ……!」
「では、ご主人様がわたくしを止めたのは……?」
美智が、オレを見る。
「うん。『敵』の目的が、ただの様子見だけなら……こっちの手の内を全部見せるのはマズイだろ?それに……」
オレの中に……疑念がある。
「美智の『心月』は、武道の達人には効くかどうか判らないんだろ?そして……美智は、天井に隠れていたミス・コーデリアの『気』には気付かなかったんだよな?」
オレたちは、美智を先頭に……美智の『気』を関知する能力を頼りに進行していた。
だが、美智はミス・コーデリアには気付かなかった。
ミス・コーデリアが、完全に自分の気配を消すことのできるほどの達人なら……美智の『神月』が通じない可能性がある。
「申し訳ございません……ご主人様」
美智は、口惜しそうだった。
「いや、これは美智ちゃんの能力に頼りすぎるフォーメーションを組んだあたしが悪かったんだよ」
マルゴさんが、自分を責める。
「気にすることはないわ。あんな化け物みたいな相手……なかなかいないんだから」
関さんがニコッ微笑んで、マルゴさんをフォローする。
「フォーメーションは元に戻しましょう。藤宮さんが先頭で、あたしが2列目。美智さんは他の子を護りながら、前後の『気』を探って。で、マルゴさんが最後尾ね」
関さんの提案に、マルゴさんはウンと頷く。
「藤宮さんも前みたいに一人だけで突出することはしなくなったし……何か突発的に起きた場合は、今みたいにそれぞれの判断でポジションを変更してくれていいから。もう、お互いの能力は判っているんだし……上手にフォローし合っていきましょう」
戦闘チームのコンビネーションは、確実に良くなっている。
「さすが……香月セキュリティ・サービスのトップ・エリートですね、関さん。あたしよりも、遥かにリーダーシップがある」
マルゴさんが、そう言う。
ミス・コーデリアの襲撃で……チームの指揮を執ることに、自信をなくしてしまっているのか?
「違うわ……わたくしも藤宮さんも、あなたたちのお陰で『自分には何ができるか?』、『チーム内で自分の付するべきポジションは何なのか?』を考えられる様になったのよ。ちょっと前までのあたしたちは……そりゃ、経験や技術はそこそこあるけれど、自分のことばっかり考えていて周りを見る眼に欠けていたわ。こうやって、このチームを組んでみて……気付いたこと、判ったことがいっぱいあるのよ」
「わたくしも……関さんと同じです」
麗華が……言った。
「今までのわたくしは自分勝手でした……。反省しています」
「だからね……このチームの指揮は今まで通り、マルゴさんにお任せするわ。もちろん、あたしたちも気が付いたことがあったら、すぐに指摘するけれど……でも、リーダーとしての視点で全隊を見る眼を持っているのは、マルゴさんだけだと思うから」
「ええ、気にしないでどんどんわたくしたちに指示を出して下さい」
関さんと麗華の言葉に、美智が付け加える。
「わたくしも、マルゴお姉様を信頼しております。このまま参りましょう……!」
「みんな……ありがとう」
マルゴさんは、感激している……。
「うんうんっ!大丈夫だよ、マルちゃん!きっと良いチームになるよっ!」
寧さんが、ニッコリ笑ってそう言った。
「それから……あなたも良い眼をしていたわね。助かったわ」
関さんは、雪乃を褒める。
「まあ、たまたま天井を見たら、何か人型が浮かんで見えただけなんだけどね……!」
ドヤ顔で、フフーンと鼻高々な雪乃……。
「これからも期待しているわ。頼むわよ」
「……任せなさいってっ!」
こいつは……調子に乗りやすいからなあ。
関さんは、雪乃とオレたちの関係の正確な関係は知らないし……。
白坂創介の娘を人質として連れているぐらいしか理解していないんだろう。
まあ、人質にしては雪乃には自由な言動を許しているし……。
何となく、打ち解けてきているというか……オレたちの中に溶け込んできているけれど。
マナとメグがいないのが大きいんだな。
あの二人は、雪乃に対する拒絶反応が強すぎるから……。
「そう言えばあんた……眼は平気?ちょっとは見えてきた?」
雪乃が、香月健思に話し掛ける。
「あ、大分良くなってきました。もう平気です」
雪乃……本質的には、優しい子なんだよな。
ただ……自分は特別な存在だと思っているから……。
他の子と、理解し合えないギャップがあるわけで……。
それはさっきの香月健思の言動を見て……気付いた。
香月健思も……何でか、自分は特別で、他人の上に君臨するものだと信じ込んでいる。
だからこいつは、オレたちを束ねて、香月グループの『裏』部門の長に自分はなれると考えているわけで……。
オレたちに対し、信頼を得るとか……。
自分の能力をアピールするとということは一切、飛び越えて……。
最初っから、香月健思は……自分をオレたちよりも上位の人間だと位置づけて……。
だから、何の問題も無くオレたちが自分の下に付くと……思い込んでいる。
……雪乃もそうだ。
自分は……最初から他の人たちよりも特別な位置にいる人間だと思っているから……。
だから、メグをずっとイジメてきたんだし……。
妹にも酷かった。
雪乃と香月健思は……似ている。
そういや……二人とも、名家の一族の傍系の子だ。
中途半端な……位置に居る。
ジッちゃんや、みすず、瑠璃子といった名家の本家の人間は……家を護るという責任感がはっきりあって、他の人に対してきちんと応対するけれど……。
中途半端な傍系の人間は……家の権威に縋り付くだけで、余計なことしかしないからなあ。
自分のプライドを守るためだけに、家の恥となるようなことも平気でするし……。
「……ん?」
あれ……ちょっと待てよ。
「どうしたの、ヨッちゃん?」
寧さんが、オレの顔を覗き込む。
「あの……『私塾』の連中とその親って、性格的にそっくりでしたよね」
「うん、どういうわけか考え方とか、シンクロしていたよねっ!みんな!」
……ってことは。
「香月健思さんとお父さんの香月昇さんも……やっぱりそうですか?」
香月昇……ミス・コーデリアにそそのかされて、シザーリオ・ヴァイオラと組んでいるって言うけれど……。
「似ていませんよ……父と僕とは、全然別の人間です」
香月健思は、はっきりとそう言うが……。
「そっくりですよ……そういう性格も含めて……!」
関さんが、そう言う。
関さんは……ジッちゃんの専任警護人だ。
重役たちの集まるような場所でも、警護に付いてきているんだろうから……。
その意見は、正しいだろう。
「それがどうしたの、ヨッちゃん?」
「何か気が付いたことがあったら、何でも言ってみて。大切なヒントになるかもしれないから」
寧さんとマルゴさんが……オレを見る。
「オレ、思うんですけれど……」
オレは……香月健思を見る。
「確かに……健思さんみたいな人なら野心もあるし、思い切ったことをすると思うんです」
香月健思は……香月家の血筋でありながら、新興グループの方に属していた。
そして、『私塾』内の両グループの調整役に徹していた。
それは、彼がいずれ香月グループの『裏』のボスになりたいという想いがあったからだということは、すでに判っている。
頭もいいし、色々と画策することが好きだし……人を思い通りに動かす、才能だってあるんだろう。
香月健思は、決して無能な人間では無い。
……しかし。
「健思さん……お尋ねしますけれど、あなたがもしお父様の立場だったら……今の状況で自分以外の重役を皆殺しにする計画なんて実行しますか?」
香月健思は……。
「僕が父だったら、そんな馬鹿げたことはしないですよ。自分と敵対する勢力の重役はともかく……自分の下に付きそうな人まで殺すのは間違っていますから」
そうだ……香月健思は、他人を見下している。
自分よりも愚かな人間は、いずれ支配すればいいと思っている。
……全員皆殺しなんていう、エキセントリックなことをするわけがない。
「自分と敵対するだけのどうしょうもない人間は処分してしまいたいと思うかもしれないですけれど……それ以外の人間は、助けてやって恩を売っておくことにしますね。その方が長期的には、僕に都合の良い結果になると思いますし……」
頭は良いし、有能なのに……。
自分自身を高く評価しすぎているから……現実と合わなくなる。
それが、このタイプの人間だ。
「では……お父さんの昇さんの今回の行動は、少しやり過ぎだと思いませんか?香月家内の裏切り者のトップがお父さんだっていうのは、変だとは感じませんか?」
「いや、父がやったというのは間違いないと思います。父は、他人の下に付くような人間ではありませんし」
「でも、誰かにそそのかされたって可能性はあるでしょう?」
「それは……そうですが」
「もう一度聞きます……香月昇さんは、ここまで過激な反乱を起こすような人間だと思いますか?」
香月健思は、しばらく考えて……答えた。
「そう言われたら……違う様な気がします。父が計画・実行したにしては……確かに、現状で起きていることは過激過ぎるような気がします……父は、僕と違って気弱で小者なところがありますから……!」
いや……あんただって、小者だってのっ!