前線に立つのはクラウドと俺。カタナを抜いた俺と盾を構えたクラウドが横一列に並ぶ。

広がって待ち受けるのは、敵が後ろに抜けないようにするためだ。

サリカとザナスティアは魔法偏重型なので後ろへ。対してサリヴァンは中間距離を維持する遊撃に入りたいを主張していた。

「じゃ、ザナスティアさんとサリカさんは後方から攻撃、レティーナは――」

「ザナスって呼んで。ね?」

「う、うん。えと、レティーナは万が一に備えてサポートに。できる?」

「問題ありませんわ」

「ミシェルちゃんは……」

俺の言葉に、ミシェルちゃんは目を輝かせて拳を握った。やる気に満ち満ちている。

そんなにあの鳥が食いたいのか? 食いたいのだろうな。

「まっかせて!」

「一撃で仕留めちゃうから待機で」

「えー」

彼女の腕はすでに超一流の域にある。

彼女が参戦してしまっては、一瞬でカタが付いてしまうだろう。学院の課題である以上、さすがにそれはバツが悪い。

「そんな残念そうな声出さなくても、逃がしたりしないよ」

「でもニコルちゃん、どっか抜けてるとこあるし」

「ミシェルちゃん、最近容赦ないね……」

初等部では深窓の令嬢が慣れない前衛を必死に頑張る、という認識をなぜか確立していた俺ではあるが、ラウムキジを狩るくらいのことでドジを踏んだりしない。

あの鳥は捕まえるのに少々コツがあるが、それほど難しい事ではなかった。

「いい? ラウムキジを狩るなら一撃で仕留めるか、それができないなら、対抗できると思わせれるくらい弱い攻撃を加えればいい。そうすれば相手からこっちに近付いてくれるから」

「じゃあ、わたしが撃った方が早いじゃない?」

「だからそれだと課題にならないんだって。レティーナなら一撃で倒せるだろうけど、今回は控えておいて。相手が逃げそうになったら攻撃して」

「わかりましたわ」

反論なく頷いたレティーナだが、それを聞いてサリカが緊張した声を上げる。

「待ってください! それだと、攻撃役が私たち二人になってしまいます」

「うん、そうだね。はっきり言って、レティーナとかミシェルちゃんはあの程度の相手なら余裕で倒せちゃうから。それはわたしも同じなんだけど」

「そ、それならニコルさんたちで倒した方が……」

「それって、あなたたちのためにはならないよ?」

「あぅっ!?」

彼女たちが『見てるだけ』で倒したとなっては、俺たちに寄生して課題をこなしたという声が上がりかねない。

それぞれがある程度役割を持ち、それをこなしてこそ他の生徒からの中傷を避けられる。

「大丈夫だよ。クラウドがいるから怪我する心配もないし、逃げられそうになったらレティーナとミシェルちゃんが倒すから」

「そう、なんです?」

「まかせてくださいまし!」

「レティーナの腕前は……知ってるよね?」

彼女がこの高等部に転入して、もうしばらく経つ。その間に彼女の魔法の腕の優秀さは、クラス全員の知るところとなっていた。

俺も、知識面では優秀な成績を収めている。慣れない錬金術ではミスも多いが、そこはご愛敬だ。

「で、では思い切って……」

「その程度、思い切った内に入らないよ。サリカさんの腕なら大丈夫」

かくいう彼女も、クラスではそれなりの成績をしていた。

干渉系魔法しか使えない俺とは、比べ物にならないほど優秀だ。

あいにく、ザナスティアの能力までは把握しきれていないが、ラウムキジはサリカ一人でも倒せる程度の敵だ。

「じゃ、いくよ!」

緊張する二人を尻目に、俺は拳より少し小さい石をいくつか拾い上げつつ、ラウムキジとの距離を詰めた。

そして相手に気付かれるより先に投擲。ラウムキジは最初こそ驚いて留まっていた枝から飛びあがったが、こちらの攻撃がか弱い投石しかないと知ると威嚇の声を上げてきた。

それでも俺は投石をやめない。これに苛立ったのか、ラウムキジは大きく羽を広げたのち、こちらに急降下してきた。

「囮成功!」

俺はそう声を上げると大きく後ろに飛び退いた。そこにはクラウドが控えていて、盾を構えた彼と位置を入れ替える。

入れ替わった動きに対応できず、クラウドの盾の表面をガリガリと音を立てて削るラウムキジ。だがハスタール神によって整備された盾は、たとえ表面素材がただの鉄と言えど、一段高い防御力を持っていた。

盾に裏打ちされた邪竜の革まで貫くこともできず、諦めて飛び上がろうとするラウムキジ。しかしそうはさせじと、俺は大きく声を張り上げた。

「サリカさん、今!」

「は、はい!」

声に応えて慌てて魔法陣を描き始めるサリカ。しかしその手付きは拙(つたな)く、このままでは飛び去られてしまいそうだった。

そこで俺は大きく跳躍してラウムキジの翼の付け根に斬り付けた。

この部位は鳥にとって羽ばたきの大きな起点になる場所で、ここを傷付けられてはまともに飛翔することができなくなってしまう。

片膝をついて着地する俺。そしてその上に舞い落ちてきたラウムキジ。

「ぬわぁ!?」

さすがに真上に落ちてくるのは想定外だったので、慌てて真横に転がって避ける。

うっかり下敷きになった場合、その大きな爪で怪我をしてしまうかもしれないからだ。

俺が距離を取ったところで、ようやくサリカたちの魔法が完成する。

発動したのは、二人とも炎の弾丸を発射する炎弾(ファイアボルト)。それが地に落ちたラウムキジに続けざまに命中する。

しかしそれだけでは仕留めきるには至らなかった。

身体の各所に火傷を負い、悲鳴のような鳴き声を上げ、苦痛にのたうちながらも再び飛び立とうとする。

そこへクラウドが盾を使って地面に押し付けようとした。しかしこれは間に合いそうになかった。

もちろんレティーナはこれに対応していた、魔法陣をすでに完成させ、あとは発動するだけという状況になっている。

後は彼女がトドメを刺すだけ、と思ったところで予想外の事態が起きた。

飛んで逃げようとするラウムキジの翼に、一本の鋼糸が絡みついたからだ。

ミシェルちゃんとクラウドは一瞬俺に視線を向けるが、これは俺がやったことではない。

視線を背後に向けると、サリヴァンが一本の糸を操っているのが見えた。

「へえ、糸使いか――」

「操糸のギフト持ちでね。俺は一本しか使えないけど、まあ、こういう時は便利かな」

彼はいつものヘラッとした雰囲気はなく、珍しくまじめに返してきた。

しかし絶妙なタイミングで干渉してくるところ、なかなかいい判断をしている。

ラウムキジはすでに飛び立つ力もなく地面に転がっている。後はトドメを刺すだけなのだが、サリカたちの様子を見ると、もがき続けるラウムキジに怖気付いたのか、追撃の魔法すら放てず硬直していた。

「ま、お嬢様ならこんなもんか」

俺は小さく呟き、カタナを持ち替える。貴族の娘としては、平然とトドメを刺せるレティーナの方が異常なのだろう。

足掻くラウムキジに歩み寄り、逆手に持ったカタナを振りかざして首元に突き立てた。

喉を傷付けられたラウムキジは、断末魔の叫びすら上げることができず、何度か痙攣を繰り返した後、動きを止める。

こうして俺たちの班の最初の戦闘は、幕を閉じたのだった。