「グ……ココマデ、カ……」

その人型の上級悪魔は、忌々しそうに片言の人語を口にしながら、小柄なエルフを睨みつけた。

しかしもはや戦う力どころか、立ち上がる力すらも残っていないようだ。

「くっくっく! 残念じゃったのう。しかしまぁそう気を落とすでない。お主の敗因はたった一つだけなのだからの。む? それが何か知りたいか? 知りたいじゃろう?」

「イヤ、ベツニ……」

「くくく、いいじゃろう、いいじゃろう、冥途の土産として教えてやろうではないか」

メルテラは自らが打倒した悪魔に勝ち誇りながら、聞かれてもないのに声高らかに言った。

「ここにわらわがおったことじゃ~~っ! かっはっはっはっは!」

……この品のない笑い方を、もし彼女を英雄と崇めるエルフ族が聞いたらきっと幻滅することだろう。エルフ族は本来、高潔な種族なのだ。

なお、彼女は残念ながら生まれつきこの性格である。

「何でしょう……彼女のお陰で助かったのは事実ですが……素直には喜べませんね……」

聖女シアも複雑な顔で、偉ぶるエルフを見ていた。

(きっとあやつもわらわの活躍を褒めざるを得ないじゃろうな。まぁ、もちろんわらわは別にそのために戦ったわけではないがの!)

などとメルテラが胸算用していると、瀕死のはずの上級悪魔がいきなり残る魔力を一点に集束させはじめた。

「む? 何をする気じゃ? 言っておくが、力の差は歴然。この状況をひっくり返す方法などないぞ?」

「ククク……アノカタノ、タメ……コノ、イノチヲ……ツカウ!」

上級悪魔は残る力を振り絞るように立ち上がると、結界目がけて突っ込んでいった。

と同時、集束させた膨大な魔力が一気に不安定になり、今にも暴走、いや、暴発しそうなほどだ。

「っ、まさか」

「コノ、ケッカイ、ヲ……ハカイ、シテ……シヌ!」

上級悪魔が結界に激突したその瞬間、凄まじい爆発が巻き起こった。

自爆したのだ。

さすがにゴーレムたちを自爆させまくっていたメルテラも予想外のことで、思わず自分のことを棚に上げて「自爆とかズルいじゃろう!?」と叫んでしまった。

元よりギリギリで保たれていた結界が、そのダメージによってついに破壊――とはならなかった。

「くくく、言ったじゃろう。状況をひっくり返す方法などないとな!」

結界は無事だった。

上級悪魔が自爆する寸前、メルテラが必死に分厚い土壁を作り上げて爆風を防いだのだ。

(ふー、危ないところじゃった。わらわのせいで結界が破られたとなっては、あやつに褒められ――いやいや、別にそのために戦ったわけではないのじゃがな!)

メルテラは平然と笑いながらも、内心では盛大に冷や汗を掻いていた。

あとほんの一瞬でも遅れていたら、確実に結界は失われていたことだろう。

と、そのときだった。

ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキッ!

「ちょっ!?」

パリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!

甲高い破砕音を響かせ、結界が砕け散ってしまった。

「っ……結界がっ!」

「破られてしまった……っ!」

聖女シアや騎士たちが愕然とする中、メルテラは大いに慌てた。

「いやいやいや、今の爆発のせいではないじゃろ!? わらわはちゃんと防いだからの!」

必死に言い訳するメルテラだが、すぐにそれに気づいた。

どこからか先ほどの上級悪魔とは比較にもならない禍々しい魔力が漂ってきたのだ。

聖女シアもそれを感知したらしく、

「な、何ですか……この異様な気配は……」

「し、シア様っ!」

わなわなと唇を震わせてよろめいたところを、傍にいた騎士が慌てて支える。

「どうやら本当に今の自爆のせいではなさそうじゃの」

メルテラは北の方へと視線を向けた。

「あやつのおるところのようじゃの。なら何も心配ないじゃろう」

◇ ◇ ◇

『二人ともそっちはどうだ?』

『『おわった!』』

『スーラはどうだ?』

『おわったのー』

念話を使って、従魔たちの様子を確認するリオン。

どうやら南も東も一通り悪魔を片づけ終わったようだ。

「後はあいつのところだが……まぁ大丈夫だろう」

従魔ではないメルテラとは念話を使えないが、きっと問題ないだろうとリオンは推測する。

何だかんだでその実力については信用しているのだ。

「上級悪魔くらいまでなら倒せるだろうからな。それ以上となると分からないが――」

と、そのとき突然、背筋を嫌なものが走った。

咄嗟に空を見上げたリオンが見たのは、空中に浮かぶ小柄な人影だった。

見た目は赤い瞳を持つ白髪の少年だ。

だが頭には角が生え、背中には漆黒の翼がある。

どうやら悪魔らしい。

ただ、彼の内側に秘められた禍々しい魔力は、上級悪魔のそれをも遥かに凌駕していた。

「まったく、まさかこのボクがいなければ結界すら破壊できないなんて……こんな程度の低いやつくらい、壊すのに一秒もかからないよね?」

少年は呆れたように呟くと、指先に一瞬にして膨大な魔力を集束させた。

そしてまるで鼻糞でも放るかのように、結界に向かって投げつける。

結界にそれが接したかと思うと、

ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキッ!

一瞬にして網の目のような亀裂が走り、

パリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!

破壊してしまった。

「な……」

「け、結界が……」

聖女マリーと騎士たちが目を剥く中、さらに少年は遠くに見える最後の砦であった三番目の結界へと視線を転じ、

「ついでにあれも邪魔だから壊しちゃお」

同じように魔力の塊を放り投げたのだった。