なにはともあれ腹減ったので夕食にしてくださいな。

 よく考えたら朝食ってから今までコーヒーとどら焼しか口にしてなかったわ。

 夕食をとの公爵どのの言葉に、控えていた中年の侍女さんがはいと返事して部屋から出ると、入れ替わりに若い侍女さんが入って来た。

「ご当主様。シュフロの間とアルハラの間がすぐに使用可能でございます」

 公爵どの、ご当主様って呼ばれてんだ~って軽い気持ちでやり取りを見てると、見知らぬ女性が入って来た。

 年齢と身なり、そして、第三夫人以上の高貴な立ち振舞いからして、多分、第二夫人だろう。リオカッテー号に飾られていた絵姿に、こんな人がいたのを記憶している。

「プレアリー!? どうした、突然?!」

 公爵どのに報告しないで来たようだ。アグレッシブな夫人だこと。

「どうしたかではありません。なにも報告がないからこちらから参りました」

 今の時代、通信手段は手紙が主だが、帝国の高位貴族ともなれば魔道具による通信が可能になると、以前、公爵どのから聞いたことがある。

 ……まあ、魔力を大量に消費するらしいから頻繁にはできないそうだがな……。

「そう簡単に事態は変わらんよ。こいつが動かんことにはな」

 公爵どのの視線にプレアリーさんなる夫人の目がオレに向けられた。

 高貴なご夫人。まさにそう言いたくなるくらい、典型的……と言うか、想像したらこんな貴婦人だろうと言うくらい貴婦人然とした夫人である。

 公爵どのが惚れるタイプには見えねーが、信頼し合っているのは二人の態度からわかる。夫婦と言うよりは同じ目標を持つパートナーって感じだな。

「お互い、会うのはこれが初めてだったな。二番目の妻でプレアリーだ。帝都を任せている」

 どうもと頭を下げる。立場上、オレの話は誰よりも聞いてるだろうからな。

「これが、いつも話している自称村人のベーだ」

「お初にお目にかかります。本当に十代の少年でしたのね」

「中身は百を越えていても不思議じゃないくらい老成されているがな」

 それは本当に百を越えて老成な方々に失礼ってもの。オレなんかまだまだ青二才だよ。

「ええ。帝都の狸爺どものような目をしています」

 あら、意外とお口が悪いご夫人だこと。

「フフ。そんな狸爺どもから女狐扱いされているお前に言われたくないだろうがな」

「妻に失礼よ、カイ」

「おっと。これは口が滑った」

 やはり、夫婦と言うよりは親友同士って感じだな。不思議な関係だ。

「まずは夕食にしよう。アルハラの間に用意せよ」

 公爵どのの言葉に全員がアルハラの間なるところへ移動した。

 オレたちがいた部屋は四階。アルハラの間は二階の奥。距離にしたら五十メートルもねーのに、アルハラの間とやらに入ったら、もうテーブルには料理が並んでいた。

 ……なんのイリュージョンだ……?

 なんて思ったものの、客の礼儀に反すると思い、勧められるがままに席に座った。

「公爵の城にしては小ぢんまりしてんな?」

 一般庶民なら十二分に広いが、公爵の領都にある食堂としてはかなり小さいと思える。うちの食堂より小さいぞ。

「ここは、家族が集まる場所だからな」

 公爵と高い地位にはいるが、家族を大切にする公爵どの。いや、この一族の血かもな。

「……さすがバイブラストだな……」

「なんだ、突然?」

 オレの呟きが思ったほど大きかったようで、公爵どのの耳に届いてしまったようだ。

「カイザル・バイブラスト」

 オレの言葉に、公爵どのも第二夫人も?顔。さすがに伝わってないか。

「バイブラスト家、初代の名前だよ」

 目を大きく見開く二人。だが、驚きを口にすることはない。自分の中で整理してんだろう。

 二人が飲み込むまで待ってやる。でも、早くお願いします。お腹がキュルキュル言って来ました。

「……そ、それは、本当なのだな……?」

「バイブラストの家長にだけ伝わる鍵があんだろう」

 息を飲む公爵どの。なんのことと公爵どのを見る第二夫人。いつの間にかそこまで重要な扱いになってたんだ。

「なんて言われて受け継がれてんだ?」

「……お前は、どう知っているんだ……?」

「えーと、確か、これは未来の鍵。生きたいと願うなら扉を開けろ、だったかな?」

 骸骨女がいた石碑には、そう書かれていたはず。あと、鍵穴もあった。

「ちなみに、その扉を見たことはあるのか?」

「受け継いだときに見た」

「開けたりはしてないのか?」

「するか。未曾有のときでもないんだからよ」

 つまり、解釈が違って伝わってるってことか。道理で誰も骸骨嬢のところに行ってない訳だ。

「これはアドバーーいや、助言だ。聞く聞かないはそちらに任せる。その鍵はカーレント嬢に譲れ。それで今の状況の半分は解決する」

 と思う。とは心の中で呟く。

「……なぜ、カーレントなのだ……?」

「知らないほうがイイーーと言っても納得しねーよな」

「当たり前だ。バイブラスト五百年の秘密だぞ」

 いや、余裕でその六倍はあるが、言ってもピンとこないだろうから黙っておくか。

「どうせ使う日は来ねーんだからイイだろうが」

「なぜ、そう言い切れる?」

「新たな扉を設置するからさ」

 つーか、もう我慢できん。話は食ってからだと、ロールパンっぽいものに手を伸ばした。