201話

アシュレイ・エレオラ連合軍を見送った俺は、急いで砦に立てこもった。

「ヴァイトさん、慌ててどうしたんですか? 私たちはお留守番ですよね?」

ラシィが不思議そうな顔をしているので、俺は首を横に振る。

「留守番だから慌ててるんだ。今このタイミングが一番危ないんだぞ」

アシュレイ・エレオラ連合軍は現在、行軍用の隊列でゆっくり北上中だ。そしてまだ、ウォーロイ軍が追撃可能な範囲にいる。

行軍用の隊列だと槍衾を作れないし、弓隊も弦を外している。騎兵も突撃に必要な隊列変更と突撃前の加速ができない。

つまり本来の力を全く発揮できない。

「ウォーロイ皇子はこちらの動きに絶対気づいている。あいつは軍を動かすときには素早いから、追撃をかける気ならすぐに出てくるぞ」

ウォーロイ皇子は意外と慎重で用心深いが、仕掛けるときは恐ろしく素早い。まるで肉食獣の狩りだ。

そこに魔撃大隊の士官たちが駆け込んでくる。

「魔撃騎兵の出撃準備が完了しました! 二百騎ほどですが、すぐに出られます!」

「よし、そのまま待機しろ! ウォーロイ皇子が砦を無視してエレオラ殿下を追撃するようなら、横から叩け!」

「はっ!」

とはいえ、二百騎じゃなあ……。

不幸中の幸いなのは、クリーチ湖上城からの出撃には手間がかかることだ。氷の上を慎重に進軍しなくてはいけないので、俺たちが待ち伏せすればそれなりの損害を与えられる。

しかも先日の豪雪で氷の上は雪が積もり、出撃しにくくなっていた。

だからこそ、俺も騎兵などをあらかたエレオラに預けたのだ。

すると偵察に出ていたウォッド隊が戻ってくる。

「湖上城から二百ほど出てきおったぞ」

「少ないな。威力偵察だろう」

ウォーロイ皇子にとっても、ここで出撃するのは大きなリスクを伴う。もしエレオラ軍が反転して襲いかかる作戦だとしたら、ウォーロイ軍は大損害を受けるからだ。

そこでとりあえず様子見として、少数の兵を繰り出してきたのだろう。

「敵はどっちに向かっている?」

「こっちじゃ。今は湖上で雪かきしとるわい」

よし、こっちも慣らし運転といくか。

「魔撃騎兵隊、出撃せよ! 敵の先鋒を叩く!」

「はっ!」

第二〇九魔撃大隊の騎兵は騎鳥に乗っていたが、ここにいる魔撃騎兵たちは馬に乗っている。騎鳥は山岳地帯に適応した生物で、平野部ではあまりメリットがないのだ。

各大隊から集められた魔撃騎兵たちは、一般の騎兵を護衛につけて出撃していく。

俺も軍馬にまたがり、出撃することにした。

「あっ、隊長がやっぱり出撃するぞ!」

「逃がすな! 追え!」

後ろから人狼隊の連中が数名ついてくる。

今日はジェリク隊とハマーム隊か。

もっとも俺は戦いを見届けるだけだ。

魔撃騎兵たちはクリーチ湖の湖岸に到着すると、騎乗のまま射撃隊列を組む。

前方には敵の工兵隊が雪かき中だ。魔撃兵器の間合いからはかなり遠いが、叩くなら今だろう。

「前列撃て!」

士官が号令をかけると、彼らは一斉に光の弾を放った。

悲惨だったのは、雪の上で身動きが取れない敵兵だった。

「敵襲! 敵襲だ!」

「城に戻れ!」

「ぎゃっ!」

敵は悲鳴をあげながら雪に隠れるが、不運な連中が数名倒れた。

「後列照準補正! 撃て!」

ただちに第二射が放たれ、また数名倒れる。白い雪があちこち赤く染まった。

敵はスコップを持った工兵たちなので、反撃はしてこない。雪に隠れている連中を狙い、しばらく一方的な射撃が続く。

すると流れ弾のせいか、それとも雪の重みのせいか、氷の一部が割れる。

「うわあぁっ!?」

不幸な敵兵が何人か水に落ち、ほとんどもがく様子も見せずに水没した。湖水に体温を奪われ、あっという間に意識を失ったのだ。

魔撃兵たちは情け容赦なく射撃を繰り返し、そこそこの数を討ち取った。ざっと三十というところか。

一撃必殺の魔撃兵器も、射程外だとやはり弱いな。距離による威力の減衰が大きい。

残りは仲間がやられている隙に、死にものぐるいで城に逃げ帰ったようだ。

まあこいつら皆殺しにしても戦争に勝てる訳じゃないし、こんなもんだな。

「深追いするな、退却するぞ!」

俺は彼らに退却を命じて、砦に戻る。

こうして最初の小競り合いは、あっけなく終わった。

ウォーロイ皇子はこちらの出方をうかがいつつ、ついでに魔撃兵器の射程や命中精度を見極めたかったのだろう。

だからこの小競り合い、俺たちが勝ったとも言いきれない。

そう思って用心していたところ、夜になって予想通り面倒くさいことが起きた。

書類仕事の合間に白湯を飲んでいた俺は、遠くから聞こえる甲高い音色にハッとする。

「犬笛か!?」

慌てて外に出ると、哨戒中のモンザ隊が駆け戻ってくるところだった。

「どうした!?」

俺とハマームがロープを垂らすと、モンザ隊の四人はスルスルと登りながら答える。

「ウォーロイ軍が来た! 見える範囲で一万以上いるよ!」

「隊長、あれは二万以上かもしれません!」

「こちらの迎撃を警戒し、迂回して西側の湖岸から上陸したようです!」

えらいことになった。

しかし早期に気づけたおかげで、対応できる時間が増えたのはありがたい。俺はすぐに全軍に迎撃を命じた。

「こちらが夜襲に気づいていることを、敵に気づかせるな。各魔撃兵、担当の銃眼につけ。護衛兵も盾を持って同行しろ」

俺も自分専用の魔撃銃を手に取り、銃眼に張り付いた。

人狼に変身できないのでよく見えないが、多数の足音と軍馬のいななきが聞こえてくる。

ウォッド爺さんが近寄ってきて、そっとささやく。

「モンザがでかい丸太を見たと言っておった。おそらく破城槌じゃ」

「まずいな」

雪と氷を固めて作った城なので、破城槌に対する防御力がどれほどかは不明だ。

しっかり固めてある分、逆に亀裂が入るかもしれない。

逆に意外と耐えてくれるかもしれないが、今ここでそれを実験してみる気にはなれなかった。

「第二〇三魔撃大隊、南側に展開しろ!」

俺は予備兵力として温存していた部隊を、敵主力が来ると思われる南側に振り分けた。

雪原では行軍速度が落ちる。重い破城槌を運んで側面に回り込む余裕は敵側にもないはずだ。

やがて見張り台から兵士が叫ぶ。

「来ました! 総数不明ですが、一万以上います! 先鋒に軽騎兵!」

いくら夜襲とはいえ、この規模だとバレバレなのはウォーロイ皇子もわかっているだろう。

どうやら力押しで来たらしい。

俺の護衛についているファーンお姉ちゃんが、不安そうにつぶやく。

「昼間にあれだけやっつけたのに、なんで攻めてくるのかな……」

「俺たちが時間稼ぎをしようとしているからだよ」

敵がしようとしていることをさせてはいけない。勝負事の基本だ。

もともとはウォーロイ皇子が時間を稼ぐ立場だったが、今はそれが逆転している。

だから俺たちに時間稼ぎをさせないよう、一気に猛攻をかけてきたのだろう。

しかしそんなことぐらい、こっちだってわかっている。

俺は地味な軍人だから、防衛戦は得意なんだ。

雪を蹴散らしながら、敵の騎兵が突撃してくる。盾をしっかりと構えているから、どうやら騎兵隊は威力偵察のようだ。

「各魔撃大隊、射撃用意! 引きつけろ!」

今は月の光を反射する雪明かりが頼りだ。確実に当てるために、まだ撃たせない。

四十メートルほどまで敵が接近したとき、俺は射撃を命じた。

「後列撃て!」

隊列射撃を行う際、後列を担当する者たちが一斉に光弾を放つ。

夜戦での魔撃兵器運用は、俺もこれが初めてだ。

まずびっくりしたのが、光の量だった。まぶしい。

光の弾を撃ち出しているのだから、まぶしくて当然だ。

しかし目立ちすぎる。

まぶしいのは敵側も同様のようだった。

着弾した光弾は爆発するが、それがまたまばゆい光を放つ。雪面に反射して、辺りは前世の夜景を思わせる明るさになった。

「今見えた敵を狙え! 前列撃て!」

あちこちまぶしくて何がなんだかわからないが、敵の騎兵が次々に落馬していくのは見えた。

盾でしっかり防御していても、魔撃兵器の威力は桁外れだ。盾ごと破壊してしまうか、それでなくとも衝撃で落馬してしまう。

そのとき、俺の耳に微かな風切り音が聞こえた。

「護衛兵、大盾用意! 掲げろ!」

即座に一般兵たちが二枚重ねの大盾を構え、魔撃兵たちの頭上を守る。

次の瞬間、矢が上から降ってきた。

「うおっ!?」

「くっ!」

あちこちから悲鳴が聞こえるが、たぶん損害はほとんど出ていないはずだ。

幸い、曲射で飛んできた矢はそれほど多くなかった。それに防壁にぴったりへばりついていれば、斜め上からの矢は防壁に阻まれて当たらない。

「銃眼以外からは撃つなよ、こちらの居場所は光でバレバレだからな!」

うっかり防壁から頭でも出そうものなら、何が飛んでくるかわかったもんじゃない。

騎兵たちは最初の突撃の後で退却したようだが、どさくさに紛れて今度は歩兵たちがやってきた。

歩兵の中に、破城槌を担いだ部隊が混ざっている。

丸太を加工した破城槌を二十人ほどで担ぎ、それを左右の兵が盾で守りながら突進してきた。

もし防壁が破られれば、数で劣る俺たちの敗北は確実だ。

「最優先目標、破城槌! 撃ちまくれ!」

動きの鈍い破城槌隊は、魔撃兵たちの格好の的となった。

構えている盾が兵士ごと叩き割られ、守りを失った破城槌隊は集中砲火に曝される。

みるみるうちに兵の数が減り、担ぐ者が足りなくなった破城槌がその場で停止する。

必死に破城槌を運び続けようとする者、それを見捨てて逃亡する者、盾の残骸に隠れようとする者。

だが全員が光の弾に打ち倒される。

俺が確認しているだけで、六つの破城槌が投げ捨てられた。

まだ前進を続けているものもあったが、それも動きが鈍くなっていく。担ぐ者が一人また一人と倒れているのだろう。

よし、破城槌隊は壊滅したな。

残りは通常の歩兵だけだ。

南側には門を作っていないので、通常の歩兵では攻城用の梯子を持ってきてよじ登るぐらいしかできない。しかし足場は踏み固めた滑らかな雪だから、梯子を使うのは無謀だ。

そして防壁の上では、こちらの槍兵たちが待ち受けている。

槍についた鉤で梯子をちょっと押すだけで、敵は梯子ごとひっくり返ってしまう。

そして起きあがる暇もなく、敵兵は光弾の餌食になる。

みるみるうちに白い砦が血で染まる。