Reincarnated into an Otome Game? Who Cares! I’m Too Busy Mastering Magic!
183 Disputes in the Royal Garden
◇
「!?」
木立の間から走り寄ってきたガブリエラは、髪を振り乱し目を血走らせて、ぎょっとするほど恐ろしい形相をしていた。
その後ろから慌てた様子の皇子が走ってくるのが見える。
何事かと目を見開いた瞬間に、ガブリエラが絶叫した。
「お前ぇ……殺してやる!!」
その叫びと同時に、ガブリエラが突き出した掌に握られた何かが強烈な光を発した。
一気に込められた異常な量の魔力により、一瞬でその何かにヒビが入り、砕ける。それと同時にガブリエラの指の隙間から吹き荒ぶ風が漏れ出した。
「まさかあれ……盗まれた風の魔石!?」
それを確認する間もなく、私の前に二人の人物がザッと立ちふさがった。一番近くにいたヨハンとニコラスだ。
ニコラスは身を挺する形で。ヨハンは逆にガブリエラに向けてアサメイを抜いた。
その一瞬後に、ガブリエラから高密度の魔力が解き放たれる。それはぎゅうっと空間に留まったかと思うと、鋭利な風の刃となりこちらへ襲い掛かった。
しかし、すかさずヨハンが地面に荒くヴァヴの文字を刻み発動させる。それにより現れた土壁によって刃は上空へ跳ね返り、霧散した。
ヴァヴには土の属性と固定の効果がある。それをこの一瞬で戦闘に生かして使いこなすとは、ヴィル兄様との特訓の成果か。
びっくりしすぎて場違いにも感動した私を前に、反応は三者三様だ。
大怪我や死をも覚悟したらしいニコラスは、自分と私を完璧に守ってみせたヨハンを驚愕の目で見ていた。
位置が離れていたヴィル兄様達は危機が去ったことで息をつき、守り切ったことを実感したらしいヨハン本人も、肩の力を抜いた。
その拍子に隆起を固定されていた土壁がバラバラと崩れ、向こう側のガブリエラと皇子の姿が再び露わになる。
その二人の表情は、対照的だった。
皇子は意外にも、心底安堵したような顔。
そして肩で息をするガブリエラは、先ほどよりも落ち着いたかと思った。……だが、違った。
二つの暗闇の様な瞳が、まっすぐに私だけを見据えていた。
その暗闇の正体は、猛り狂い、一周回って凪いだ殺意だ。それが、私だけをひたりと見据えていた。
「あ、あ……」
あの、目は。
あの目は、見覚えがある。
本能が、心の奥底が震えだす。
あの目は駄目だ、あの目は、あの目は。
足の力が抜けて、倒れそうになる。倒れずに済んだが、後ずさる。震えが止まらなかった。
あれは、ルージと同じ目だ。妄執に憑りつかれた者の目だ。
異様に怯える私をよそに、展開は進む。パンと乾いた音が響き渡った。
ハッとしてみると、なんと……アギレスタ皇子が、ガブリエラの頬を引っ叩いていた。
「な!?」
まさかの光景に驚いていると、皇子が怒声を響かせた。
「なにをしている、ガブリエラ!? 最近様子がおかしいとは思っていたが、これは目に余るぞ!」
「あ、あぎ、れすた、様」
叩かれたことが信じられないのか、ガブリエラは叩かれた姿勢のままで頬を押さえて動かない。
「今のは喧嘩や決闘じゃない、殺害未遂だ! そんなことをして、本気で内戦でも起こすつもりだったのか!?」
「あ、ちが……、ちが、だってあの花は、ここで主人公が、主人公が贈られないといけなくて。だから、違う。髪に、いや……いやよ、こんなのちがう、ちがう、ちがう」
「違うじゃない、やったんだ、これだけの人の前で! 一体、一体何を考えてる!?」
皇子が怒鳴るにつれて、さらにガブリエラの様子がおかしくなっていく。
違う、違う、違う……と繰り返し早口でぶつぶつ呟いて。
その狂気に塗れた、いつか枕もとで聞き続けたような悍ましい声が恐ろしくて、私はとっさに耳を塞いだ。
とうとう「聞いているのか!」と叫ばれたガブリエラは、耐えきれなくなったのか。
「嫌ぁあ!!」とヒステリックな甲高い悲鳴を上げると、走って逃げだした。
「待て! ガブリエラ!」
皇子が声をかけるも……。
ガブリエラは、暗い木立の奥に消えてしまった。