迎えた決勝の日。

空には澄み切った青空が広がっている。

控え室でも整列したときも、リナリーさんは相変わらず逃げるように距離を置こうとするから、僕は内心結構傷ついた。

でも、今は試合に集中するためにリナリーさんのことは一時忘れることにする。

学院中の視線が集まってる決勝で、暗殺というのも考えづらいしね。

布陣したのは、Aクラス戦と同じ高台の上。上り坂に土属性魔術で落とし穴を作ってもらい、水魔術と薬剤を使って底に粘着性のトラップを張る。

Aクラス戦と同じ要領だ。まずは単騎で突破してくるであろう、リナリーさんを全員で倒す。

最序盤でありながら、油断ができない最も重要な行程だ。

何せ、リナリーさんはクラス対抗戦個人撃破記録を更新した化け物。

初戦で戦ったAクラスの連中とはレベルが違う。

種が割れている以上、落とし穴にもかかってくれないだろうし。頭も良いからな、あの人。ほんと何でもできてうらやましい。

その才能一つくらい僕にくれ。いや、ください。なんでもするから。

土魔術で塹壕を作り、遠距離での雷撃への備えも万全。

しかし、早速予定とは違う事態が起きる。どれだけ待ってもリナリーさんは現れない。

「どう思います、隊長」

「おそらく、僕らの作戦を考慮して森からの奇襲。あるいは、チームでの戦闘を選んだんだろう」

「そんな……隊長の完璧な作戦の裏をかくなんて……!!」

「敵も強者ということだ。問題ない。これもちゃんと想定してる」

「さすが隊長! 裏の裏をかくことまで想定済みなんて!」「そこに痺れます! 憧れます!」

興奮する仲間たちに、僕は内心気持ちよくなりながら指示を出す。

「周囲の森を警戒。広がらないように、なるべくまとまって行動しよう。リナリーさんを見つけたらすぐ知らせて。僕が迎撃する」

待ち構える僕ら。いつ敵が攻めてくるかわからないヒリヒリとした時間が続く。

やがて、正面の道からSクラスの本隊が悠然と姿を現した。

その数は六名。

そこにリナリーさんの姿はない。

本隊と共闘するという作戦ではない。ということは、やはり森の中から単騎での奇襲を狙っているか。

リナリーさん対策で作った塹壕は遠距離魔術戦においても心強い仲間になる。

敵本隊が上り坂のふもとにさしかかったところで、僕は言った。

「全軍、攻撃」

一斉に魔術が放たれる。

AクラスとCクラスのみんなに教わって、その威力は過去二戦よりはるかに力を増している。

Fクラスだと舐めてかかれば、不覚を取ってもおかしくはない威力だ。

「やった……!! 全弾命中……!!」

「俺、第四位階魔術初めて成功したよ!」

「わたしも! これなら一人くらい持って行けたかも!」

喜びの声をあげるクラスメイトたち。

しかし、次の瞬間状況は一変する。

鼓膜が裂けたんじゃないかと錯覚する爆発音。

黒煙が視界を染め上げる。

揺れる大地。

バランスを崩し、膝を突く。

どちらが上で、どちらが下かもわからない。

その一撃。

たった一撃で、対Sクラス用に作り上げた塹壕は跡形も無く消し飛んでいる。

「クーベルは!? クーベルがいない!」

「ソニアもだ! 二人がやられた!」

そうだ、相手は最強のSクラス――

僕らは思い知る。

その強さを。

絶望的なまでの才能の差を。

「撤退! 全軍森に待避!」

決勝戦、最初の戦いはSクラスの完勝に終わった。

◇◇◇◇◇◇◇

side:Sクラス本隊小隊長、マクレイディ・アラン

マクレイディにとって、今回のクラス対抗戦は、決して許容できるものではなかった。

天才の中の天才と言われ、Sクラスでも序列三位に位置する自分が、二戦終わってただの一人も撃破できていない。

それどころか、自身が小隊長を務める本隊も未だに撃破数ゼロ。輝かしい成績を常に残してきた彼にとって、これは初めて直面する苦境だった。

『仕方ないよ。リナリー様とイヴ様はすごすぎるから』

そんな慰めも、マクレイディにとっては苦痛でしかない。

しかも事実を捉えている分、なおさら性質が悪かった。

中等部ではなく外部からグランヴァリア王立魔術学院に入学して三ヶ月、最上位に位置する二人との力の差をマクレイディは痛感している。

俺に勝てるやつなんてどこにもいない。

そんな、根拠のない自信は早々に打ち砕かれている。

もしかしたら勝てないのではないか。

不安を払拭するためにも、この試合は絶対に結果を残さなければならない戦いだった。

しかし、ひたむきにがんばってきた彼を神は見捨てなかったのか、いくつか幸運の予兆もある。

それは、『雷帝』リナリー・アイオライトが、ここ数日どうにも本調子ではなさそうなこと。

いつもできすぎなくらいにできる彼女が、ぼうっとして段差に蹴躓いたり、昼食を食べるのを忘れて予鈴に大慌てで食べ始めたりしている。

何があったのかは知らないが、マクレイディにとってはチャンスでしかない。

いつも獲物を全部食べようと暴れ回る大鯨が、今は心ここにあらずという状態なのだ。

(この機会に、必ず結果を残さなければ……!!)

隊長を務めるイヴ・ヴァレンシュタインからの指示は攻め込みすぎず、慎重に行動すること。

過去二戦忠実に指示を守り、この決勝も抗戦するまで指示を守ってきたマクレイディはFクラスのあまりの弱さに拍子抜けした。

たしかに、元々のFクラスの魔術よりはずっと威力がある。

しかし、所詮はFクラス。Eクラスにも劣る脆弱な魔術しか使えない相手だ。

「トラップを解体しながら、森へ逃げた敵の後を追う。全軍前進」

「良いのですか? イヴ様はあまり攻め込みすぎないようにと言ってましたか」

「今のを見ただろう。相手は所詮Fクラスだ。我らをどうこうできる術など持っていない」

「それは、そうかもしれませんが」

「お前は、撃破数ゼロで大会を終わって良いのか? このチャンスをみすみす棒に振って良いのか?」

焦っているのは、他のクラスメイトも同様だった。

天才である自分たちの前に現れた初めての壁。

その存在は、明晰な彼らの頭脳を少しずつ狂わせている。

「……そうですね。前進しましょう」

Sクラス本隊は、Fクラスの後を追い、森に入る。

張られた罠を丁寧に解体しながら、マクレイディは慎重に部隊を進めた。

孤立を誘い、落とし穴で動きを止め、集中放火して各個撃破する。

Aクラスを倒した戦術について、マクレイディはその狙いを十全に把握していた。

ならば、孤立しないよう近い距離を保ちながら行動し、張られた罠は一つ一つ丁寧に対処していけば良い。

マクレイディは自身の内の焦りを自覚していた。

これが、隊長であるイヴ・ヴァレンシュタインの指示を破った行動であることも。

だからこそ、より慎重に行動する。決して焦らない。

じっくり少しずつ追い詰めていけば良い。ただ不利な状況にさえ陥らなければ良いのだ。そうすれば、埋めようのない個の力の差は、必ずやつらの息の根を止める。

広い森の中を、Sクラス本隊は着実にFクラスを追い詰めていった。

さながら、狼が集団で獲物を誘導するように。

フィールドの端が近づいてくる。

もう逃げられない。

網にかかった獲物を見て、マクレイディは舌舐めずりした。

あわてた様子で迎撃してくるFクラス。

しかし、中距離での魔術戦において、両者の間には明確な差があった。

一方的な蹂躙。

逃げ惑う獲物の戸惑いに、マクレイディは嗜虐的な笑みを浮かべる。

Fクラスの生き残り八人全員が、網にかかっていることを彼は確認している。

あとは、押しつぶすだけ。

簡単なただそれだけの行程で、Sクラスの勝利は確定する。

(やったぞ……!! Fクラス十名、全員を我らが倒した! 『雷帝』も『氷雪姫』も出し抜いて!)

既に勝敗は決したも同然。

Fクラスを、絶望的な結末に突き落とす言葉を、マクレイディは告げる。

「全軍、前へ」

罠にかかった獲物に、とどめを刺そうとSクラス本隊は前進する。

(チャンスだ……!! ここで一人でも多く撃破しなければ……!!)

Sクラス生は、腹を空かせた肉食獣のように目の色を変えて前に進む。

自分たちは敵を追い詰めている。

そう考えていた彼らは気づかなかった。

自分たちが、この場所まで狙い通り誘導されていたことに。

「待て。何か音がしないか?」

マクレイディは部隊を止める。耳を澄ますSクラス生。

地鳴りのような音がどこかから響いている。

音は次第に大きくなる。

(何かはわからない。だが、このままではまずい気がする)

「全軍、一時待避――」

しかし、マクレイディの指示は間に合わなかった。

瞬間、姿を現したのは洪水のような大量の水と泥。

(土石流――!?)

伝承の竜のように、それはすさまじい速さで彼らを飲み込み、戦闘不能にする。

罠にかかっていたのは自分たちだったのか。

魔術戦用安全装置により身体が転移するのを感じながら、マクレイディは「見事」と自嘲気味に笑って戦場から消えた。