Reiryuu Academy Student Council
99 Prospecting and pushing
開幕から約2時間が経過した頃、文化祭を回っている人たちのあいだで一つの噂が流れていた。
「おい。聞いたか?」
「ああ……2年F組だろ?」
「何の話?」
「柊さん並みに可愛い子が来てんだって!!」
はしゃぐ男子たちはそう言って2年F組に走るのだった。
噂の発信源であるF組は男性客で溢れ、売り子の男子たちもソワソワしている状態だった。
現在、喫茶店の中心の机で一人メニューを見ている少女に男子たちの熱い視線がすべて注がれている。
みんなが少女に注目しすぎているため少女目当てでF組にやってきた男子たちもただ牽制しあっているだけだった。
「あの……」
少女が注文を決めたのか、小さく手を挙げた。それを待っていたかのように、男子たちは我先にと注文を取りに行く。
そんなクラスの男子組を女子組が冷たい目で見るが、男子たちも今はそんなことを気にしている暇はないらしい。
美少女と話せる機会を逃すわけにはいかないのだ。
「「「「ちゅ、注文は!?」」」」
ほぼ全男子が少女の元に行き、同時に尋ねる。少女はビックリして少し引いてしまうが、恐る恐る売り子の男子たちに尋ねた。
「ここに……楠原芽榴さん、いらっしゃいますか?」
同じ頃、厨房側には芽榴と委員長、そして数人の女子がいてクラスの男子の現在の有様に文句を言っているところだった。
「確かに、美少女だったわねぇ」
女子たちの言う美少女を見に、表に出てきた舞子が戻ってきて言う。
「ふん! 絶対あんな可愛い子って性格悪いよ!」
表でデレデレしている男子を思い出して女子たちが頬を膨らませてつぶやく。そんな中で委員長は「いい宣伝ガールになりますね」と少しご機嫌に呟いていた。
現に、目的はやましさしかないものの、男性客が大量に押し寄せたためF組は繁盛しているのだ。
芽榴のスイーツもストックが徐々に尽き始めていた。
「へー、来羅ちゃん並かぁ。私も見てみたいけど」
女子から聞いた話に、手を動かしながら芽榴も反応する。来羅並に可愛い子などそんなにいない。そう思って芽榴は「あー、そーいえば」と顔をあげた。
「夏休みに見たなー。来羅ちゃん並みに可愛い子」
「案外その子だったりしてね」
芽榴の呟きに舞子が言う。
すると、表から男子が厨房にやって来た。厨房にいた女子にギロッと睨まれるため、男子は少し怯んでしまうがすぐに芽榴へと視線を移した。
「楠原」
「何ですかー」
「美少女がお前に会いたいって」
「へ」
芽榴はポカンと口を開ける。まさかと思っていたが、舞子の予想が的中した。
「お待たせー」
急いで作りかけのスイーツを仕上げ、厨房から出てきた芽榴は見覚えのある美少女の元に駆け寄った。
「功利ちゃん」
芽榴が呼びかけると、噂の美少女――功利は笑顔で振り返った。
「楠原さん、あの……お久しぶりです」
「約1ヶ月半ぶり?」
軽く頭を下げる功利に芽榴は笑顔で応えた。功利が笑った瞬間、前後左右から男子たちの羨ましそうな視線が芽榴に刺さった。
「その格好……とてもお似合いです」
「いやいや、あなたが着たほうが似合いますからー」
芽榴はハハハと笑う。芽榴自身、普通に似合っているが、美少女が着たほうが格段に似合うのは確かなのだ。周囲の男子も芽榴の発言にウンウンと頷く。
「兄様に見せました?」
功利が芽榴の耳元に口を寄せ、コソッと耳打ちする。芽榴は不思議そうな顔をして首を横に振った。
「ううん。どーして?」
「見たら喜ぶと思ったので」
「……そーかな?」
芽榴が困り顔で答えると、功利は何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「気になります? 兄様の反応」
「え? まぁ、それは普通に……」
芽榴は功利の問いに特に深い意味も考えず答える。すると、功利は「まだ見込みありますね」と言って笑った。芽榴にはさっぱり分からないが、功利が楽しそうにしているのでそれでよしとした。
とにもかくにも、あの一件以降、功利もちゃんと芽榴のことを認めてくれているようで、芽榴はホッとする。
「一人で来たの?」
「いいえ。爺様と来ました」
功利の答えに芽榴は納得する。しかし、肝心な有利の祖父は功利のそばに現在いないのだ。「どーして?」と聞こうとして、芽榴は口を閉じた。同時に功利も苦笑する。
「くっそジジイィィィィ!!」
廊下のほうからものすごい足音が聞こえてくるのだ。聞こえる声は間違いなくブラック有利モードのそれである。
「ふぉっふぉっ!」
有利の祖父の独特な笑い声も廊下のほうから聞こえる。
「藍堂! 藍堂のじいさん! ここは学校…!」
「うるせぇぇぇ!!」
有利属するD組の隣で出店しているE組は大迷惑だろう。案の定、翔太郎が止めに入る声も廊下から聞こえた。そして有利と祖父の祖父孫喧嘩という名の流儀に翔太郎も巻き込まれたようだ。
廊下の騒がしさはそのままに、芽榴と功利は苦笑する。
「爺様が先に兄様をからかいに行くと思ったのでひとまずこちらに来たんです」
「懸命な判断だねー」
芽榴は想像がついて目を細めた。功利も少し不安そうな顔で考え込む。
「でも、あんなに暴れて……。クラスの評判が落ちなければいいのですが」
「大丈夫大丈夫。そこらへんは何とかするでしょ。お兄さん、優秀だからねー」
芽榴がカラカラと笑って告げた。すると、功利は柔らかく笑って、少し視線を下げて口を開いた。
「あの、楠原さん」
「何?」
芽榴は首を傾げる。功利はフッと息を吐き、顔を上げて芽榴を見つめた。
「私、楠原さん見て…麗龍を受験することに決めました」
「え」
功利が突然告げた言葉に芽榴は目を丸くする。功利は中学3年生で、受験生と有利からは聞いていた。さすがは有利の妹で、麗龍に受かるのも難しくはないほど優秀であることも知っているが、彼女は麗龍を受験しないと聞いていたのだ。
理由はおそらく有利に気を使わせてしまうから、なのだと芽榴は察していた。
「私が理由?」
芽榴が少し戸惑いがちに尋ねると、功利は迷いなく頷いた。
「麗龍に入って……兄様や楠原さんみたいに、役員になって。ここでなら、私も楠原さんみたいに大切な友人ができる気がしたんです」
功利は少し恥ずかしげに、でもハッキリとそう言った。
まさか功利にそんなことを言われるなんて芽榴は予想もしていなかった。言葉の意味を理解すればするほど、嬉しくて芽榴の顔は自然と綻んでいた。
「……できるよ。絶対」
「はい」
2人とも恥ずかしそうに笑った。
それから有利と決着をつけた有利の祖父が芽榴のクラスにやってきて、「芽榴坊のオススメ」と言ってスイーツを頼んだ。
芽榴は注文を持って厨房に戻る。
スイーツを準備している途中で、表にいるはずの売り子男子たちに芽榴は囲まれた。
「あの子誰!?」
「藍堂くんの妹」
「「「え!?」」」
男子だけでなく女子も芽榴の答えに驚いていた。「美形兄妹」と感嘆するクラスメートたちを無視して、芽榴は準備した芽榴の自信作スイーツを持って表に出ようとする。
「楠原、紹介してくれよ」
自分が持っていく、と言い出した男子たちにそう言われ、芽榴は「いやー」と即答した。
「功利ちゃんは藍堂くんの妹である前に、私の大切なお友達だから。仲良くなりたかったら自分で話しかけてー」
芽榴はそう言ってサッサと厨房を後にし、男子たちは「楠原ー」と泣き崩れる。
「楠原さんナイス!」
女子たちは声高らかにそう言って、ルンルンで仕事を再開し始めた。
芽榴のスイーツを堪能した功利と祖父は満足そうに芽榴に挨拶をした。
「芽榴坊は、やっぱり嫁候補じゃ」
「それ神代くんの前では言わないでくださいねー」
芽榴が苦笑しながら言うと、祖父は楽しげに笑った。嫁発言の後のとばっちりは芽榴に来るのだ。
「楠原さん、美味しかったです」
「それはよかったー」
芽榴は功利の言葉に、本当に嬉しそうな顔をしていた。
「楠原さん!」
功利と祖父がF組を出て行こうとした頃、ちょうどよく有利が現れた。
「藍堂くん」
芽榴は功利たちを見送ろうとしていたが、反転して有利のほうを振り返る。すると、有利は目を丸くしてすぐに目をそらした。
「お疲れ、どうしたの?」
「いえ、功利と爺様が迷惑をかけてないかと思いまして……」
「全然。ていうか、店に大貢献してくれたよー」
芽榴がヘラッと笑うと、有利は何とも言えない顔をしてハァッとため息をついた。
「藍堂くん?」
「兄様」
芽榴が有利に近寄る前に、功利が有利のそばに寄った。そして有利の耳元に口を寄せ、さっき芽榴にしたみたいに有利に何かを耳打ちした。
途端、珍しく有利の顔が真っ赤になった。
「功利!」
「爺様、行きましょう」
「ふぉっふぉっ。愉快じゃのぉ」
功利と有利の祖父は顔を赤くした有利を放って人混みに紛れて行った。
残された芽榴は心配そうに有利の顔を覗き込む。すると、有利の顔が余計に赤くなっていく気がするのだ。
「大丈夫? 熱?」
芽榴が有利の額に触ろうとするが、有利は「大丈夫です!」とこれまた珍しく大きな声を出した。
「ほんとに?」
芽榴はまだ心配そうな顔をする。有利もこのままじゃいけないと分かっているため、意を決し深呼吸をして口を開いた。
「楠原さん……」
「んー?」
有利はできるだけ芽榴に自分の赤い顔を見られないように、手で隠した。
「すごく……カワイイです」
有利はそう言って、芽榴の応答も聞かず逃げるように自分のクラスに帰っていく。
F組の前にポツンと一人で立つ芽榴の元に舞子がやってきた。
「芽榴、そろそろ戻って……って、あんたどうしたの?」
「え?」
舞子が驚いた顔をしているため、芽榴は首を傾げる。
「顔真っ赤」
舞子が芽榴の顔を指差して告げる。
有利の恥ずかしさが移ったように、芽榴の顔も真っ赤になっていた。
「功利。お主、有利に何と言ったんじゃ?」
混雑する廊下を歩きながら祖父は隣を歩く功利に尋ねる。2ヶ月ほど前の功利が絶対に見せることのなかった笑顔を祖父は見つめていた。
「秘密です」
「もっと気になるのぉ」
シュンとする祖父を見て功利は微笑んだ。
――楠原さん、兄様が衣装どう思ってるか気になるって言ってましたよ――
「嘘は言ってません」
小さな声で紡がれた功利のつぶやきに有利の祖父は首を傾げた。功利は今度は祖父にも届くくらいの声の大きさで言う。
「兄様に直接聞いてみたらいいと思いますよ」
そうしたらきっと有利はまた顔を真っ赤にしてしまうだろう。その功利の意図が分かって祖父も笑った。
「ふぉっふぉっ。それは名案じゃのぉ」
功利は「ですよ」と笑って、来羅属するC組のプラネタリウムへと向かった。