Reiryuu Academy Student Council

175 Impressions and discomforts

「うりゃあーーーーっ」

「ふぉっふぉっ、まだまだ甘いのぉ」

「黙れ、ジジイ! くたばりやがれーーーっ!」

ダンススペースではいまだ役員が仲裁に手間取っている。何度見ても思うが、あれは挨拶じゃなく完全に喧嘩だ。

「……少し、外に出ようかな」

来羅にはここで待っているように言われたが、あまり1人でパーティー会場にはいたくない。

「東條様、この度は……」

主賓側の席は芽榴たちのいる場所からは程遠い。聖夜や慎もいるその場所には確かに東條の姿もある。1人になると、どうしてもそちらに視線が向かってしまうのだ。「意識するな」と、そう言い聞かせれば言い聞かせるほど芽榴の意志とは反対に視線は彼を追ってしまう。

「……」

まだ有利と有利の祖父の挨拶は続くだろう。そんなふうに予想して、芽榴は会場から出て行った。

お手洗いを済ませ、特に乱れたわけでもないけれど軽く身なりを整える。自分の前髪に触れ、芽榴の手が止まった。

「……琴蔵さん、何する気なんだろ」

芽榴はそう言って視線を落とす。挨拶の際、東條は『琴蔵くんのお誘いで』と口にしていた。それはつまり、聖夜は東條を呼んだ上で芽榴のことも招待したということ。

聖夜の考えが分からない。文化祭の時もそう。聖夜は芽榴を東條と会わせるために自分の身を危険に晒してまで動いた。

「……」

前髪をサラッと梳いて、芽榴はお手洗いを後にする。

そして芽榴はそのまま会場に戻ろうとするのだが――。

「芽榴ちゃんっ」

会場から出て来たのであろう風雅が芽榴の元に走ってきた。

「あ、蓮月くん」

「ごめん、見つかっちゃうからこっち!」

「え、ちょっと……っ」

風雅はそう言いながら芽榴の手を引き、会場とは正反対の方向に向かう。奥の方に入り、最初に芽榴たちがいた待合室の近くまで来ていた。

「ここなら、大丈夫……かな」

風雅は周辺を確認してそんなふうに呟く。誰もいないのを確認し、安心したように息を吐いて芽榴の手を離した。

「よく出てこられたねー」

芽榴は目の前の風雅を見上げ、苦笑しながら言った。芽榴が会場を出る時、風雅はまだマダムたちに囲まれていたのだ。

「芽榴ちゃんが出て行くの見えて、さすがにお手洗い行くって言ったら離してくれて……」

そして会場を出た風雅は真っ先に芽榴を見つけて今に至る。

誰に囲まれていても、風雅は芽榴の姿をずっと視界にいれていたらしい。

芽榴は首を横に傾けながら風雅のことを見上げた。

「貴婦人の接待、お疲れ様」

嫌味のこもっていない、心からの労わり。けれど風雅は芽榴にそれを言われると、どうしても自分の情けなさを実感してしまう。

「……ごめんね、芽榴ちゃんのとこに行きたかったんだけど……」

風雅は芽榴の目の前でシュンとなりながら謝った。そんな風雅を見て芽榴はカラカラと笑う。

「うん、見てたよ。一生懸命叫んでたもんねー」

「……っ! き、聞こえてた?」

風雅は顔を赤くしながら問いかける。ちなみに風雅が叫んでいた台詞は「あそこに好きな子がいるんで離してください!」というもの。

芽榴はずっと扉付近にいて、風雅はもう少し中の方にいた。その声が芽榴の耳に届くということは風雅がかなり大きな声でそれを言っていたということだ。

恥ずかしそうに顔を押さえる風雅を見て、芽榴はやはり楽しそうに笑った。

「全部スルーされて腕ホールドされてたし。相手が40すぎのマダムたちじゃ、逃げられないのも仕方ないよね」

「同年代のお嬢様からは早めに逃げられたんだけど……」

風雅はそう言って溜息を吐く。まだまだイイ男には程遠いと自分で自分に呆れていた。しかし、風雅が愛想笑いで済まさずにちゃんと「離して」と言えていたのは彼なりの進歩だ。

「蓮月くん」

「ん、何?」

風雅は眉を下げた頼りない顔で芽榴を見下ろす。芽榴はいつの日かと同様に背伸びをして風雅の頭にチョコンと手を乗せた。瞬間、風雅の目が見開く。

「よしよし」

風雅の頭を撫でながら、芽榴はフワリと笑った。いつもの芽榴がそうしても風雅の胸は鷲掴みにされるのに、今の可愛らしい芽榴がそんなことをすれば風雅の胸は潰れてしまいそうなほどに脈を打つ。

「……芽榴ちゃん、近すぎ」

風雅は自分の頭に乗った芽榴の手を掴んだ。頭を撫でているのだから芽榴の体が風雅に接近するのは当然のこと。でも芽榴の衣装はベアトップで、肩や首回りの露出は少しばかり激しい。おかげで風雅は視線のやり場に困るのだ。

「どうしたの?」

視線を彷徨わせ、挙動不審になる風雅を芽榴は心配そうに見つめる。その顔がまた可愛すぎて風雅は耐えられない。

「ああーっ、もう、芽榴ちゃん!」

風雅はヤケクソと言わんばかりにそう叫び、芽榴のもう片方の腕まで掴んで壁に押し付けた。芽榴を拘束した風雅は自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。

「蓮月く……」

「喋っちゃダメ。今は芽榴ちゃんの声聞いたら、マジでオレ何するか分かんない」

風雅はそう言って芽榴のことを見つめる。その顔は色っぽい熱を持っていて、芽榴は目を奪われた。芽榴の口から言葉は出なくて、代わりに鼓動がトクンと大きな音を立てて跳ねる。

芽榴の頬はチークの赤みとは別の色を持ち始め、それが風雅の心をもっと強く締め付けた。

「芽榴ちゃん……可愛すぎ」

風雅の声が切なげに降る。心臓の音はうるさいくらいに芽榴の中で響いていた。

雰囲気にのまれていきそうな自分が怖い――そう思った芽榴は懸命に思考をそらして口を開いた。

「あ、の……蓮月くん。そろそろ…会場に……」

「簑原様! ようこそパーティーへ!」

そんな芽榴と風雅の耳にエントランスの方からそんな声が聞こえた。

その名字は2人がよく知る人物と同じもの。けれど彼はもうずっと前に芽榴とともにここへやって来ていて、周囲から歓迎などを受けていない。その理由を知っているがゆえに、芽榴はエントランスにいるのであろう〝簑原様〟が誰なのか分かった。

「芽榴ちゃん……?」

芽榴の頭がすーっと落ち着いていく。芽榴の纏う空気が変わったのを感じ、風雅は芽榴の手を離した。

芽榴はあまり靴音を立てないように気を配りつつ、エントランスのほうへ近付いた。

「いえ、僕まで招待していただけるとは思っていませんでしたので、こちらこそお礼申し上げます」

エントランスで受付を済ませている男がいる。芽榴の目に映る、その人物はおそらく簑原慎の兄。

はっきり言って、姿だけ見てそうとは考えられない。顔はあまり似ておらず、纏う空気も慎とは真逆。

印象は優しそうな人――。

――真面目で誠実で、俺なんかとは大違い――

慎の言葉の通りの人物がそこに立っていた。慎が愚かな振りをしてまで比べられることを嫌う相手。

「あれ……簑原クンのお兄さん?」

「……うん、たぶん」

慎の兄の様子を隠れるようにして芽榴と風雅はうかがっていた。

「そんなことはありませんよ! 本当にありがとうございます」

「ははは、顔をあげてください。そんなふうに言っていただけると嬉しいです。……ところで」

慎の兄が受付の男に見せていた笑顔は即座に消える。瞬間、辺りが凍りついた。

「慎……弟も参加している、とか」

「え? ああ、琴蔵様のそばにお仕えしておりますよ。琴蔵様がそばに据え置くくらいですから、たいしたものですね。さすがは簑原様の弟様だ」

受付は苦笑まじりに言葉を取り繕う。

はっきり言って、受付の男を含めてこのパーティーに参加する人間の慎への認識は『出来損ないの弟』だ。それでも親族を前に、悪いことは言えない。

それを聞いた慎の兄の顔は芽榴と風雅からは見ることができなかった。

「そう、ですか……。琴蔵様の近くで立派に役目を?」

「はい。あまりよい噂は耳にしませんが、弟様も簑原様の背中を追いかけて頑張っておられるのでしょう」

受付は機嫌をうかがうようにして慎の兄に言葉を述べる。それからしばらく会話を交わし、慎の兄はパーティー会場へと足を向けた。

そのとき見た慎の兄の顔は、やはりさっきと同じ優しい印象を周囲に与える。

「……さっきの、気のせいかな」

「じゃないと思うよ」

芽榴の呟きに風雅が間をおかずに答えた。

「簑原クンのことだって別に好きなわけじゃないけど……あのお兄さん、オレの苦手なタイプだ」

風雅がそう言って眉を顰める。風雅が垣間見た慎の兄の心の中は、少なからず風雅にそういう印象を与えた。

「……とりあえず、会場に戻ろ。蓮月くん」

芽榴は足を動かす。心に浮かんだ違和感は拭えない。

会場へと戻る芽榴と風雅の心には何かが引っかかっていた。