Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Thin soup, hard bread.
船での待機時間を使い、鷹獅子(グリフォン)について、報告書をまとめた。
どこで発見をしたか、どういう状態か、現状についてなどなど。
性質についてもきちんと書いておいた。第一発見者である私にだけ気を許していること。第二発見者のガルさんには少しだけ気を許していること。その他の隊員には、警戒心を剥き出しにしていること。
ささいなことも、詳しく書き綴った。
隊長に提出すれば、問題ない内容であると、お許しをもらう。
これで、私の鷹獅子(グリフォン)に対するお仕事は終わったようなものだった。
怪我は大分良くなったのか、かなり元気になったと思う。
けれど大きな翼で均衡を取っているからか、完治しないと歩けないようだ。その点だけ心配である。
果物も皮を剥いてあげなければならないのだ。
「こう、皮に爪を入れて、ぐっと剥くのですよ」
『クエ?』
覚えるかもしれないと、果物の皮の剥き方なんぞを教えてみたけれど、伝わるわけもなく。
「やっぱり無理ですか」
『クエ~~』
今日も呑気に、鷹獅子は鳴いていた。
◇◇◇
やっと王都近くの港に辿り着いた。
雪がはらはらと降っていて、外套の合わせ部分をぎゅっと握りしめる。南国から寒い地域への移動は辛い。
なんなら、南の島での警護部隊とかあったらいいのにと思う。
森蟹(フォレ・ガヴリ)は美味しいし、果物は食べ放題だし、最高だった。虫と蛇は嫌だけど。
「隊長、大丈夫ですか?」
顔色の悪い山賊――ではなくて、隊長が振り返る。
「案ずるな。俺は、船酔いを克服したのだ」
「そうでしたね」
気にするなと言うので、そのままにしておく。
港には大勢の人達が並んで待機している。王宮幻獣保護局の面々らしい。鷹獅子(グリフォン)を迎えに来たのだろう。
一歩前に出ている眼鏡を掛けた四十代くらいのおじさんは、王宮幻獣保護局の局長らしい。いまだ、顔色の悪い隊長が教えてくれた。腰には、乗馬用の鞭のような物が差さっている。あれで幻獣を躾けるのだろうか。嫌な予感しかしない。
「鷹獅子(グリフォン)、新しい家族が迎えに来てくれましたよ」
『クエ~?』
契約を拒否した幻獣は、西部にある保護区に運ばれる。そこで、のんびりと暮らすのだ。
他に数頭、鷹獅子(グリフォン)がいるというので、安心だろう。
「局員さんを困らせたりしたら、ダメですからね」
『クエ?』
上目遣いで私を見る鷹獅子(グリフォン)。
こうやって数日一緒にいたら、愛情が湧いてしまうのも仕方がない話だろう。
けれど、ここでお別れだ。
船から階段が降ろされる。
隊長が降り、ベルリー副隊長が続く。ガルさん、ウルガス、それから――
「メルちゃん、よく頑張ったわ。慣れない幻獣のお世話、大変だったでしょう?」
「いえ……。実家の弟や妹へのお世話と、そう変わらないものでしたから」
「そう」
ザラさんが優しく背中を撫でてくれた。じわりと、目頭が熱くなる。
早く降りねば。おじさん局長の眼鏡が、「幻獣を渡したまえ」と言わんばかりに、キラリと光ったような気がした。
先にザラさんが降りて行く。
私は最後のお別れを、短く済ませた。
「元気で、暮らすのですよ」
『クエクエ?』
そして、階段を降りて、一列に並ぶ。
よく幻獣を連れ帰ったと、局長より労いのお言葉をもらった。
それから局長は、優しい声色で話しかけてきた。もちろん、私達にではなく、鷹獅子(グリフォン)に。
「よくぞ帰った」
鷹獅子(グリフォン)は局長に話しかけられるも、ぷいっと顔を逸らす。
一瞬、笑顔が凍ったように見えたが、気のせいだろう。
私の腕の中で大人しくしている鷹獅子(グリフォン)を見て、局長は驚いていた。
第七王女様の報告によると、暴れて手が付けられない状態と聞いていたとか。
隊長は私が書いた報告書を手渡しながら、説明をする。
「最初に保護をした隊員には、心を許しているようで」
「まさか、そんなこと、あるはずが――」
報告書に詳しく書いてあると、隊長は書類を手渡した。
局長は一瞥もせずに部下に手渡し、鷹獅子(グリフォン)のもとへやって来る。
ぞろぞろと、部下らしき人達もやって来た。武装しているようで、先の尖った棒や、大きな革袋を持っているのが気になるが……。
「鷹獅子(グリフォン)をこちらに渡せ」
「……はい」
『クエ!?』
鷹獅子(グリフォン)を差し出す。怪我を負っていると言えば、見ればわかると怒られてしまった。質問する以外、喋るなとも。
「私は幻獣の専門家なのだ。馬鹿にしているのかね?」
「い、いえ、そんなことは――」
乱暴な扱いはして欲しくない。警戒心が強いだけで、根は良い子なのだ。そのことを伝えたかったが、発言することは許されなかった。
鷹獅子(グリフォン)に手を伸ばしたのは、部下っぽい局員。
『クエ!!』
「痛っ!!」
さっそく、鷹獅子(グリフォン)は局員に噛みついた。
「何をしているんだ。鷹獅子(グリフォン)は前方から触れようとすれば、害をもたらすと教えただろう」
なるほど、そうだったのか。だから、ウルガスは噛みつかれたのだ。
一応、専門知識はあるようで安心する。けれど、高圧的な態度がどうにも気になるのだ。
周囲の異変を感じ、クエクエと低い声で鳴く鷹獅子(グリフォン)。私にしがみつき、「大丈夫だよね?」と問いかけるように見上げてきた。思わず視線を逸らしてしまう。胸が締め付けられるようだった。
「目隠し帽はどうした?」
私のほうを見ている隙に、鷹獅子(グリフォン)に目隠し帽が被せられた。乱暴に帽子を被せられ、加えて突然視界が暗くなったからか、不安そうな鳴き声をあげる。混乱状態にあったが、私に爪を立てることはなかった。
局員が鷹獅子(グリフォン)の胴体に手を伸ばした。
『クエエエエエエエ~~!!』
今まで聞いた中で、一番の絶叫。ジタバタと暴れ、局員に爪を立てて深い傷をつける。
「ぎゃあ!」
「早く袋へ」
「怪我をしていますが?」
「構わない」
保護局の行動とは思えない、酷い扱いだった。けれど、現状として怪我人も出ている。
「……メルちゃんに任せて運べばいいのに」
ザラさんがぽつりと呟く。
「向こうにも、専門家であるという自負心があるのだ」
ベルリー副隊長が、切なげに答えていた。
乱暴に革袋に押し詰められ、運ばれて行く鷹獅子(グリフォン)。
いつの間にか、ボロボロと涙を流していた。
ザラさんが、そっと手巾を手渡してくれる。
保護区に行けば、仲間がいるのだ。だから、今は辛抱をと、そんなことを考えていれば、局長がこちらへとやって来る。
私の前にやってきて、手を振り上げた――かと思えば、パンという乾いた音と、頬に鈍い痛みを感じた。
「ちょ、ちょっと、何をするの!?」
ザラさんが抗議する。私は今になって、頬を叩かれたのだと気付いた。
「お前が鷹獅子(グリフォン)の扱いを間違ったから、あのようになった」
「す、すみません」
「あなた、何を言っているの!? 報告書は読んだ?」
じろりと、ザラさんをも睨む局長。発言を非難するように、ある問いかけをした。
「お前、生意気な口を聞く。名前と階級、出身を言え」
「……」
ザラさんは沈黙している。ふいと、顔を逸らした。
すると、局長は腰の鞭を手に取り、ザラさんの頬を打った。鞭で正面を向かせ、顎に当てる。
「質問が聞こえなかったか? それとも、言葉がわからないのか?」
「ザラ、言え」
隊長が命じれば、ザラさんは局長の質問に答える。
「ふん、未開の地の蛮人め。ザラ・アーツ。覚えておけよ」
幻獣保護局の局長、信じられないくらい嫌な奴だ。早く王都に戻ればいいのに。
わなわなと震えながらそんなことを考えていたら、再度、私の前に戻って来る局長。
「両手の甲を見せろ」
「え?」
「早く」
命じられるがまま、手の甲を見せた。
「あ、あの、これは……?」
「勝手に話しかけるなと言っただろう! いいから命令通りに動け。腕を見せろ」
隣でザラさんがわずかに動くのがわかったが、隊長に名前を呼ばれ、止められていた。
大丈夫だと、視線で合図する。
腕部分の服をめくり、裏表返して見せた。
息が掛かりそうなほど顔を近づけ、謎の確認をしていく局長。ぞわりと、悪寒で肌が粟立つ。
「なるほど。簡単に見せられる場所に契約刻印はないと」
「え!?」
まさか、鷹獅子(グリフォン)と契約をしたと勘違いされている?
馬鹿な。そんなこと、絶対にない。
「局で全身をくまなく確認する。来い」
夫以外に肌を見せてはいけない。そういう教えと共に育ったので、ギョッとする。
腕を掴まれそうになったが、局長の手は空振りで終わる。
なぜならば、ザラさんが私の体を引き寄せたからだ。
局長は目を剥き、逆上する。
鞭を振り上げたが、それが私やザラさんに当たることはなかった。
「――え?」
驚きの光景が目の前で起こる。
隊長が、局長に見事な蹴りを食らわせていたのだ。
「ぎゃああああ!!」
叫び声と共に、ぶっとぶ局長。ごろごろと転がっていく。
すぐに、局長の補佐官が叫んだ。武器を使用してもいいので、隊長を拘束しろと。
「なんだ、やるのか?」
こちらに背中を向けていた隊長は、そんな物騒なことを呟く。
「ご、ご乱心だ~~!」
ウルガスが叫んだ。本当に、その通りだと思う。
三十人くらいだろうか。一気に向かってくる、武装した幻獣保護局の人達。
戦闘訓練を受けている者達だろう。全身鎧を纏い、各々の得物を掲げてこちらへ向かってくる。
「メルちゃん。私、ここの部隊に入隊できて、本当に良かった」
ザラさんはぽつりと呟き、颯爽と走り出す。向かってきた局員を蹴り上げていた。
続く、ガルさん。
どうしようと、私はオロオロするばかり。
ベルリー副隊長も、困った表情で仕方がないと言って、乱闘に加わっていた。
どうやら、隊長達は武器を使わずに、素手で戦っているらしい。少人数で、武装した集団に応戦するとは。
もう、涙が止まらない。どうすればいいのか。
そんな私に、ウルガスが話しかけてくる。
「リスリス衛生兵、大丈夫ですよ。隊長の山賊力を信じましょう」
隊長の山賊力とはいったい……。
ちなみに、ウルガスは近接戦が苦手らしい。
さんざん暴れたあとで、私達は駆けつけた騎士隊に拘束された。
皆、抵抗せずに、大人しくお縄となった。
私達は王都に移送され、一人ずつ独房に入れられる。
ずっと、放心状態で過ごした。
夕方、食事が運ばれてきた。薄いスープに硬いパン、水。
スープは野菜の皮が申し訳程度に浮かんでいる。灰汁抜きをしていないからか、濁った色合いだ。
パンは石のように硬い。釘が打てそうだと思った。
これが、噂に聞いた獄中飯。
お約束のことながら、死ぬほど不味かった。