Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit

Expedition dinner to cheer everyone up.

 食事のあと、騎士の装備を購入した服の下に身に着ける。

 鉄靴(サバトン)を履き、膝当て(パウレイン)、腿当て(クゥイス)をズボンの下に装着する。上は前甲板(ブレストブレイド)に前当て(フォールド)と胸と胴を守る装備を着用。肩から下は腕防具(カノン)に肘当て(クーター)を身に着ける。

 以上が非戦闘員に着用が義務付けられている騎士隊の装備品だ。戦闘員の隊員達はこれらに加えて、肩甲(ホールドロン)や顎当て(ラッパー)、篭手(ガントレット)などを装備する。

 驚くべきは、服の下に着られるほど薄く軽いことだろう。しかも、防御力は抜群。

 岩鋼(ロカ・アセロ)という素材を使い、魔法研究局と魔物研究局が共同開発した物らしいが、詳細は謎だ。

 しかも、これらの装備品は、前線で戦う遠征部隊のみに支給されているとか。謎が深まる。

 そんなことはさておいて、準備が整ったので、森へ戻る。

 皆を助け出すことなんてできるのか。不安だけれど、ザラさんがいる。スラちゃんだって。きっと大丈夫だと、言い聞かせる。

 馬に跨り一時間。森の入り口付近までやって来た。再び管理人に馬を預け、森の中へと分け入る。

 アメリアとの契約刻印に触れた。居場所をと強く念じれば、白く光る糸のような物が浮かび上がる。これを辿ればきっと辿り着くだろう。

 できるだけ体力など消費したくないので、スラちゃんの聖水を使わせてもらった。

 黙々と、森の中を歩いていく。

 夜になるまえには、なんとか辿りつきたいが――道のりは険しい。

 三時間くらい歩いただろうか。

「――あ!」

「メルちゃん、どうかした?」

「あの、鈴みたいな音が」

 ――リィン、リィン

 二度目の音が聞こえた瞬間、小さな黒い靄が浮かび上がる。

「あ、あの、私はメル・リスリスと言います。精霊様に、ご挨拶に来ました。お土産(※川鼈(スッポン))もございますので、どうか、この先を通していただけませんか?」

 目の前の黒い靄(精霊?)へ、必死になって話しかけてみる。

 魔法で攻撃されたら終わりだ。打つ手はない。

 ――リィーン

 黒い靄は一回転し、背(?)を向けると森の奥へと進んでいく。

「……え~っと?」

「ついて来いってことかしら?」

 とりあえず、攻撃されなかったのでホッ。

 警戒しつつ、あとをついて行く。

 何やら、特別な空間なのか草木の様子が異なっていた。真っ赤な木の実は宝石のようで、葉っぱは飴細工みたいに見える。木々は重なって鬱蒼としているのに、幹がぼんやりと光っていて幻想的な空間になっていた。

 一本道で、しばらく歩くと、開けた場所に出てくる。

「――アメリア!!」

 そこには、蔓で拘束されたアメリアと第二部隊の面々が。

 アメリアはぐるぐる巻きの状態で、木の枝から吊るされ、リーゼロッテは縛られた姿で平たい巨大キノコの上に寝そべっている。ベルリー副隊長は両腕を背中側で縛られた状態で木に吊るされ、ウルガスはみの虫みたいに全身を巻かれた姿で大きな切り株の上に転がった姿で放置。ガルさんは木の幹と一緒に蔓が巻かれ、ガッチガチに拘束されていた。隊長は両手足縛られて、逆さ吊りにされている。血のめぐりとか大丈夫なのだろうか。顔色は悪くないけれど。不思議だ。

 皆、ぐったりとしている。が、意識はないようだった。外傷はないように見えるが、服はボロボロで、痛々しい姿。果たして、大丈夫なのか。

『お主らが、客か?』

「!!」

 一点に光が集まり、大きな何かが出現する。

「あ、あれは――!」

 光が霧散すると、明らかとなる正体。

「あれは、水鰭鰐(コロカジール)……ではないですよね?」

 蜥蜴のような体に、全身びっしりと覆った水色の鱗、長い尾に鰭のある姿。

 緑の目には知性が感じられた。威厳があり、この場にひれ伏したくなるような雰囲気もある。ひと目で、魔物ではないとわかった。

 巨体を持つ水鰭鰐(コロカジール)(?)は、悠然とした様子で私達を見下ろしていた。

『我は魔の存在(もの)ではない。大精霊、ネロ・シルワである』

 水と森の大精霊らしい。もしかしなくとも、商人が目撃したのは、ネロ・シルワなのだろうか。ならば、大きな個体や竜と勘違いした話なども納得できる。

「あの、知的で聡明、寛大な大精霊、ネロ・シルワ様、一つご質問があるのですが、どうして彼らを拘束しているのでしょうか?」

 答えによって、いろいろと交渉事も変わってくるだろう。駄目元で質問してみる。

 ネロ・シルワは目を細め、溜息を吐く。私の問いかけなど無視されるかと思っていたが――

『なあに、眷属を増やそうと思っていてな』

「け、眷属ですか……」

 ザラさんと顔を見合わせる。

 どうやら、大精霊ネロ・シルワの我儘で隊長達は拘束されたらしい。

 魔法研究局が森を荒らしたとか、疑ってごめんなさい。一応、心の中で謝っておく。

『そこなウサギ娘も、よいな』

「は!?」

 突然、地面から生えた蔓が伸びてきて、体を拘束される。しゅるしゅると巻き付いた蔓に引っ張られ、ネロ・シルワのもとへ引きずられて行った。

「メルちゃん!!」

「ひぇえええ!!」

 あっという間に低い木に吊るされる。以前にも、こんなことがあったような。今回は逆さ吊りではないだけマシか。いやいや、吊るされることに良いも悪いもない。

 いくらなんでも、間抜け過ぎる。

 否、隊長やガルさん、ベルリー副隊長が捕まっている現状を見れば、私の抵抗など意味もないだろう。

 ザラさんのほうにも蔓が襲ってきたが、戦斧で両断していた。

 地面でうごうごと蠢く蔓を、ザラさんは踏みつけ、ネロ・シルワを睨みつけた。

『――抵抗は止せ。この地はすべて我の意のまま。蔓も好きなだけ生やすことができる』

 ザラさんは絶えまなく生えてくる蔓を次々と切り刻む。今は大丈夫そうに見えるけれど、体力が尽きればすぐに囚われてしまうだろう。

 蔓に締め付けられるたびに感じる倦怠感。だんだんと、意識が朦朧としてくる。これは多分、体力とか魔力とか、諸々を吸い取っているのだろう。

『正解だ。ウサギ娘』

「え!?」

 もしや、心の中を読まれていた!?

『またしても正解だ、ウサギ娘!』

 私の心の声と会話しないでほしい。っていうか、ウサギ娘って呼び方も止めて欲しい。

 心の中のツッコミを聞いたからか、ネロ・シルワは肩を揺らしながら笑っていた。

『人の思念とは、至極愉快。飽きぬ』

「あの、これは、眷属にするのではなく、殺そうとしていませんよね……?」

『否。人の活動源となる力を抜き、我の力を注ぐ。すると、眷属となるのだ。だが、この者達は頑固で、誰一人として我が力を受け入れようとしない。このまま放っておけば、死ぬだろう』

「ええ、そんな……!」

 とんでもないことが発覚したところで、ザラさんがネロ・シルワに接近し、戦斧を振り翳す。

『なんと、我が蔓を掻い潜ってくるとは、見事なり』

 ネロ・シルワはザラさんの戦斧を避けもせず、体で受け止める。

 ガキン! と、金属を打ち合わせたような音がしただけで、ダメージを与えているような気配はない。

 ふと、気付く。蔓の拘束が緩んでいるような。

 首から下げていたスラちゃんの魔法瓶が、熱を発していた。

 もしかして、蔓は熱に弱い?

 出発前に飲んだ湯の力だろう。スラちゃんは発熱していた。

 この力を使えば、皆を助けることができるかもしれない。

 ザラさんが気を引いているお蔭で、私達のことには気付いていないようだった。

 私は僅かに自由になった体を捻り、スラちゃんの魔法瓶の蓋を開く。

「スラちゃん、まずは隊長を」

 スラちゃんは触手を伸ばし、了解と言わんばかりの敬礼を取った。

 そして、ぴょこんと大跳躍。逆さ吊りにされていた隊長にしがみ付くことに成功していた。

 頑張れ、頑張れスラちゃん!!

『ぬ?』

 ちらりと、ネロ・シルワが私のほうを見る。その刹那、私は無心となった。

『そうだ、色男よ。眷属になれば、特典を与えようではないか』

 色男というのはザラさんのことだろう。私のウサギ娘とは違い、的確な呼び方だった。

 ネロ・シルワが地面を足先で叩くと魔法陣が浮かび、ザラさんは後退した。魔法陣より、一本の細い木が生えてくる。それは、真っ赤な森林檎(メーラ)に似た木の実が生っていた。

『これは、渡した相手を惚れさせる力のある木の実だ。ほしいだろう?』

「なんですって?」

 今まで聞いたことがないような、低い声でザラさんが聞き返す。

『好いた娘がいるのだろう?』

「そんなの、必要ないわ。努力をして、私を好きになってもらわないと、意味がないから!」

 そう宣言すると、魔斧ルクスリアが発光する。

 魔法陣が浮かび上がり、ザラさんが一歩踏み出せば、地面に亀裂が入った。

『なぬ!?』

 グラグラと揺れる地面、裂ける地表。

 魔斧ルクスリアの力は絶大だった。体の均衡を崩したネロ・シルワは地面に倒れ込む。

 ザラさんはまず森林檎(メーラ)の木を両断。それから、ネロ・シルワのもとまで一気に距離を詰め唯一鱗が覆われていない口に戦斧を差し込んだ。動けば角度を変えて、口の中を裂くと伝えるザラさん。

「――ねえ、どうする?」

『お、おのりえぇ……』

 次の瞬間、ドサリと重たい何かが落ちる音がした。

 隊長が蔓から解放されたらしい。

「っ……クソ、痛えな」

 意外にも、隊長の覚醒は早かった。

 すぐに立ち上がり、周囲をきょろきょろと見て状況を把握、しているのか。

 すらりと剣を抜いて――

「こいつ、死ね!!」

 ネロ・シルワに襲いかかる。

「ザラ退け、こいつ、殺す!!」

「ちょっと待って、隊長、これ、精霊だから」

「関係ない、ぶち殺す!! こいつ、好き勝手言いやがって!!」

 拘束される前に、いろいろとあったようだ。まあ、気持ちはわからなくない。……これは、あれか。ウルガスみたいに、「隊長がご乱心だ〜!」と叫ぶしかないのか。しかし、そんな元気など残っていない。

「あの~~」

 殺伐とした中で、一つの提案をしてみる。

「眷属に相応しい、お土産があるのですが~~」

『んん?』

 ここで、全員蔓から解放してもらった。

 ◇◇◇

『クエエエエエ! クエエエエ!』

 意識が戻ったアメリアは、全力で私にすり寄って来る。

 可愛いけれど、力強い愛情表現だ。でも、良かった。元気そうで。

 リーゼロッテは魔力をたくさん吸い取られたので、まだ意識が朦朧としているよう。

 そんなリーゼロッテを支えるベルリー副隊長の顔色も良くない。

 ウルガスも似たような状態で、魔棒グラを杖代わりに使うよう、貸してあげた。

 ガルさんは平然と立っているものの、尻尾がだらんと垂れている。

 スラちゃんはガルさんと再会できて嬉しそうだった。

 皆の様子を見ていると、蔓の拘束から解放されて、即座に「殺す!!」と叫びながらネロ・シルワに詰め寄った隊長っていったいと、不思議に思った。まあこれも、ある意味山賊力だろう。

 そして、私は魔棒グラで作った川鼈(スッポン)を大精霊ネロ・シルワに捧げた。

 革袋から取り出して地面に置くと、のっしのっしとネロ・シルワに近付いていく川鼈(スッポン)。

『なるほど。川の者か。よいよい、近う寄れ』

 どうやら、ネロ・シルワは川鼈(スッポン)をお気に召した模様。良かった、良かった。

 荷物も全部戻って来た。崖で落とした食材なども、黒い靄の精霊が回収してくれたようだ。

 鍋が戻ってきたことが、一番嬉しい。

 眷属を得て満足したネロ・シルワは、迷惑を掛けたと一言残して消えて行った。

 終わった。やっと、終わった。

 早く帰りたいけれど、空腹で力が……。

 まずは、アメリアに果物を与える。

 拘束されている間も、鞄はしっかりと背負っていたらしい。

 嬉しそうに食べている様子を見て、じわりと涙が浮かんだ。

 次に、自分達の料理を用意する。

「ウルガス、その杖、ちょっと貸してください」

 ウルガスの手から戻って来た魔棒グラを握りしめると、ぼんわりと魔法陣が浮かび上がる。

「うわ、リスリス衛生兵、なんですか、それ?」

「魔棒グラの能力です。食材を作り出す力があるんですよ」

「うわ、凄いじゃないですか!」

「作れるの、川鼈(スッポン)だけですが」

「あ、はい……」

 もう川鼈(スッポン)は食べたくないけれど、憔悴しきった皆が手っ取り早く元気になってもらうには、うってつけの食材なのだ。

 三択すべて川鼈(スッポン)の中から川鼈(スッポン)を選び、調理に取り掛かる。

 料理に使う水はスラちゃんが提供してくれた。秘められていた能力を見て、皆驚く。

 三匹ほど川鼈(スッポン)を作りだす。今回の個体は生きておらず、首を傾げる。まあいい。無心で血抜きと解体して、調理開始。

 まず、川鼈(スッポン)の肉に香辛料をまぶし、揉みこんだ。臭みがなくなるよう、入念に。

 表面に小麦粉を振り、少量の油でざっくりと揚げる。

 川鼈(スッポン)のからあげの完成だ。

「どうぞ、食べてください。元気になるので」

 川鼈(スッポン)には私の魔力も含まれているので、きっと体の調子も良くなるだろう。

 皆、食欲がないようで、お皿に手が伸びない。

「じゃあ、いただこうかしら」

 ザラさんが味見をしてくれるらしい。

 スラちゃんが出してくれた、柑橘を絞って食べるよう勧めた。

「――あ、美味しい」

 ぽつりと、ザラさんが呟く。

 揚げたスッポンのお肉は魚と鶏肉を足して割ったような味わいなのだ。祖父の酒のつまみとして作っていた。

「衣はサクサクで、噛めば肉汁がじゅわっと溢れて、臭みもまったくないわ」

 ザラさんからも太鼓判をもらう。

 その感想を聞いたウルガスが手を伸ばして食べる。

「うっわ、すっごく美味しいです!」

 ウルガスのその一言をきっかけに、他の人達も食べ始める。

 顔色も良くなっていったので、一安心となった。

 最後に、皆がからあげを食べている間、こっそり作っていた料理を出した。

「リスリス衛生兵、これ、なんですか?」

 チョコレート色の物体を指差し、ウルガスは無邪気に質問してくる。

「血のプリンです」

「え?」

「川鼈(スッポン)の、血のプリン」

 川鼈(スッポン)の生き血を使い、小麦粉と香辛料を混ぜ、焼いて固めた自信作。

 以前、ザラさんが家畜の血を食べる話をしていたのを思い出したので、作ってみたのだ。

 ウルガスは嫌だと叫んだ。

 食わず嫌いは良くないので、特別に食べさせてあげた。

「ウウッ……あっ、ちょっぴり美味しい……」

 抵抗していたが、血のプリンを食べた瞬間に大人しくなった。

 川鼈(スッポン)の血は意外と癖がなく、さっぱりとしている。栄養があるので、しっかり食べて欲しい。

 隊長も食べるのを嫌がったけれど、無理矢理食べさせた。

 リーゼロッテは抵抗する元気もないのか、口元に持って行ったら、大人しく食べてくれた。

 優等生のベルリー副隊長、ガルさん、ザラさんは大人しく食べる。

 食後はしばし、休ませてもらった。

 互いに、これまでの経緯を語った。

 隊長達は精霊の使う魔法に勝てず、あっさりと拘束されてしまったらしい。

「ザラ、お前、髪はどうしたんだ?」

「ちょっと気分転換」

「そうかい」

 深く追求せずに、隊長はザラさんを労う。

「お前も大変だっただろう」

「ええ、いろいろと、ね」

 ザラさんは微笑みを浮かべていたが、目がまったく笑っていない。

「帰りに、寄りたい場所があるの」

 隊長に付き合ってほしいと、お願いしていた。