Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
VS Sand Ants
どっと、汗が噴き出る。
突然現れたのは、今まで見た中で一番大きな魔物だった。
魔法研究局の局員が光球を放ち、その姿を露わにする。
砂蟻(ミルミギ)――頭部には触角があり、口元には牙が二本生えていた。目が赤く光っているのがなんとも恐ろしい。
体は頭、腹部、尾とわかれていて、接続部はくびれている。
細い六本の肢には、棘があるように見えた。
尾からは、細長い刺針が生えている。滴っている液体は、きっと毒だろう。
砂蟻が出現した瞬間、砂場がズルズルと沈んでいく。
人工竜は全力疾走で後退していた。
『クエクエ!』
「おっと」
アメリアより「おかあさん、飛びますよ」と声がかかる。返事をしたら、暗い夜空へと飛翔した。
そこには、巨大な穴場が出現した。
これは魔物研究所の局員が話していた巣穴だろう。ここに、生き物を引きずり込んで、ゆっくりじっくり味わって食べるらしい。
「うわ……!」
空から見下ろすと、凄まじいほどの大きな穴が。
底など見えない。落ちたら、這い上がって来られないだろう。
ふと、違和感を覚えて目を凝らす。
「――んん?」
暗くてよく見えないけれど、穴の中に、大きな何かが、いる(・・)。
うごうごと、蠢いていた。
『クエ、クエクエ!!』
「え、ええ~~!?」
アメリアには、穴の中の存在(もの)が見えたらしい。
なんと、任務で討伐予定の大蠍が捕まっているとか。
「大蠍もやられてしまうなんて、だ、大丈夫なの!?」
『クエ~~』
背筋がゾッとした。
隊長もいないのに、こんな魔物に遭遇してしまうなんて。
人工竜はなんとか散り散りになって逃げているけれど、砂蟻は猛追している。
どうしよう。
本当に、どうしよう。
ベルリー副隊長! ガルさん!
二人は人工竜に跨り、武器を手にした状態で、砂蟻から距離を取っていた。
魔法研究局の局員が、魔法で応戦している。
氷の球が杖の先から発射された。
キラキラと軌道を描き、まっすぐに砂蟻へと飛んで行く――が。
殻が堅いようで、表面にぶつかって弾けて消えた。
もくもくと、砂埃が舞い上がる。砂蟻は一時、動きを止めたが外傷はないようだ。アメリアの報告より。
攻撃した魔法研究局の局員は、砂蟻の怒りを買ったようで、追い駆けられている。
怖い。空にいて、攻撃されることはないのに、恐れ慄いていた。
私は衛生兵だ。できることは限られている。
でも、自分だけ安全な場所にいて、オロオロしているのはなんとも情けない。
隊長を呼びに行くべきか。
ここからだと、行って帰るまで往復二時間。就寝中だろうし、身支度もあるので、三時間は見ておいたほうがいいだろう。
それまで、ここの人達が保つかどうか。
しかし、私がこのままここにいても、何もできない。
『クエクエ』
「う、うん。そうだね」
まずは、ベルリー副隊長に指示を仰ごう。
そう思って向かおうとしていたら、なんと、砂蟻がこちらに来るではありませんか!
「ぎゃあ、な、なんでえ~~!!」
凄まじい速さで、猛追してくる。
『多分、一番ハ、パンケーキノ娘ノ、魔力ガ、目的ダト』
今まで大人しく襟巻になっていたアルブムがぼそりと言う。
あと、アルブムやスラちゃん、アメリアも、狙われているらしい。
「そんな~~」
アメリアが高く飛び上がると、届かないと思ったのか、追うのを止めた。
ホッとしたのも束の間のこと。
今度はベルリー副隊長とガルさんを追い始める。
「や、やだやだ、止めて~~!!」
情けないことに、泣いてしまった。
だって、ベルリー副隊長とガルさんが、あんな怖い魔物に追われている。
魔法は効かないし、指揮もバラバラ。
ベルリー副隊長から指示も聞けないので、成す術もない。
『クエ、クエクエ!!』
アメリアに叱られた。しっかりしろ、泣いている場合ではないと。
でも、でもでも、私に、何ができる?
『アノ、パンケーキノ娘?』
「な、なんですか?」
『ナンカ、杖ガ、光ッテイルヨ?』
「え?」
鞍に視線を落としたら、魔棒グラより魔法陣が浮かんでいた。
「今更~~!!」
休憩時間、果物でもあればな~っと試してみたけれど、何も反応しなかったくせに!
こいつ……。
この杖は何かとアルブムに聞かれる。
食材を生成できる魔法の杖だと説明すると、すごいと絶賛していた。
「でもこれ、役立たずなんですよ!」
『ウ~ン』
本当、なんなんだ、これは。
むしゃくしゃしたので、手に取って、この野郎と杖に喧嘩を売った。
『……アノネ、パンケーキノ娘』
「なんですか?」
『ソレ、役ニ立ツカモ』
「え?」
魔物は人の中にある魔力を求めて人を襲う。
『魔力デ作ッタ食材ダッタラ、気ヲ引ケルンジャナイ?』
「そ、それだ!!」
アルブムの着想を即座に採用する。
しかし、どれくらいの食材を作れるのか。謎だ。
一応、魔法陣を覗き込んでみる。
食材名:川鼈(タルタルーガ)
食材名:黄金の森林檎
食材名:スノードロップの実
食材名:青の甘芋
「あ、増えている!」
しかし、ザラさんがくれた茱萸の実はない。
やはり、自分で採って食べた食材のみ、増えるようになっているのだろう。
川鼈(スッポン)はアメリアが仕留めたけれど、契約を結んでいるので、私が獲ったことに該当するのかもしれない。
そんなことよりも、作戦を実行しなければ。
とりあえず、川鼈を五体、命じる。
魔法陣が光り、手のひら大の川鼈を作り出すことに成功した。
『ンギャ~~』
突然、川鼈が出てきたからか、アルブムはぶるぶると震え出した。
『アアアアア、コレ、生臭クテ、噛ムヤツ!』
「大丈夫ですよ。生臭くないですし、噛みません」
うごうごと動いているけれど、攻撃してくる様子はない。
手で持っていたら落としそうになったので、アメリアの背中に並べていく。
『クエ~~』
背中に川鼈を置いたのでアメリアは不服そうに鳴いているけれど、ちょっと我慢してほしい。
「では、アメリア、行きますよ」
『クエ!』
まず、砂蟻に接近する。
ベルリー副隊長とガルさんを追うのを止めて、こちらを向く。
怖い! 怖いけれど、耐えなきゃ。
アメリアはくるりと旋回し、砂蟻が追うギリギリの高さまで飛んだ。
十分距離を稼いだら、遠くに川鼈を投げてアメリアは上昇。
砂蟻は――川鼈を追って走って行く。
「――よし!!」
先回りして川鼈を設置しておく。
砂蟻が気を取られている隙に、ベルリー副隊長のもとへ飛んだ。
「リスリス衛生兵!」
「ベルリー副隊長~~!」
ベルリー副隊長は人工竜から降りて、駆け寄ってくれた。
ぎゅっと体を抱きしめてくれる。ここでも、泣いてしまった。
「すまなかった」
「いえ……」
問題は解決していない。
大蠍が砂蟻の巣に捕えられていたことも報告した。
「大蠍はまだ生きているのか?」
「はい。アメリアが言っていたのですが、砂の穴の中で、動けない状態だったらしいです」
「なるほど」
どうすればいいのか、ベルリー副隊長の指示を待つ。
「思ったのだが――」
「はい」
「さきほど、この地の砂で着火実験をしていたと言っていたな?」
一応、ベルリー副隊長にも報告していたのだ。それがどうしたのかと尋ねる。
「砂蟻を穴に誘導し、魔法研究局の局員の魔法で砂に着火できないかと」
その手があったか!!
魔法研究局の局員達は炎が燃え広がらない術も知っているのだ。
それを上手く使ったら、砂蟻と大蠍を一気に殲滅できる。
しかし、アメリアの体力は保つのか。
『クエクエクエ!』
大丈夫らしい。
即座に魔法研究局の局員と魔物研究所の局員を集め、作戦の説明をした。
皆、了承してくれる。
水で魔法陣を描くらしく、ベルリー副隊長とガルさんはお手伝いをすることになった。
「ベルリー副隊長、ガルさん、砂蟻の穴に落ちないでくださいね」
「心配するな」
ガルさんも、コクリと頷いてくれた。
ベルリー副隊長の号令で、作戦開始となる。