Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Winter and Spring Grace Soup
屋敷周辺は草花が生い茂っており、まったく手入れがなされていない。
春の食用可能な植物が、これでもかと自生していた。
まず、近くにあった蟒蛇草(セルピエンテ)を採取する。これは、蛇が出そうな湿ったところに生えるので、古代語で蛇を示す言葉で呼ばれている。
ギザギザの葉に、ピンと伸びた茎が特徴。茎はシャキッとしていて、粘り気がある。
辛みと苦味のある蘭辛子(クレソン)は、治癒力を高め、貧血を予防する高い栄養分のある野草だ。今の幻獣保護局の局員達にぴったりな食材だろう。
ちまちまと摘んでいたら、アルブムが近寄って来る。
『パンケーキノ娘、アルブムチャンモ、手伝オウカ?』
「あ、はい。よろしくお願いします。なんか、体に良さそうなものを」
『ワカッタ~』
アルブムが協力してくれたおかげで、いろんな野草が集まった。材料はこんなものでいいだろう。
そろそろ屋敷の中に入ろう。幻獣保護局の見張りの人からの「こいつ何やってんだ?」的な視線も痛いし。
アジト内の台所は案外綺麗だった。几帳面な盗人だったのか。
調理器具も結構ある。木の実や乾燥果物が入った瓶も。どうやら、ここで幻獣の食事を用意していたらしい。
おそらく、築一年も経っていないだろう。もしかしたら、建ったばかりかもしれない。それとなく、第二部隊の新しい隊舎と同じような、新築の匂いがする。
なんでも、ここの屋敷は貴族の別荘として登録されていたらしい。もちろん、存在しない架空の貴族で、即座に怪しいぞとなったらしい。早期発見ができたのも、国内の貴族の名前をほとんど記憶していた、侯爵様のお手柄だとか。なんというか、すごすぎる。
そんなことはさて置いて。料理を始めることにした。
今日はアメリアが見守ってくれている。お母さん、頑張るからね!
まず、味がしないビスケットと乾燥チーズを、石臼で砕く。
「ぐっ……よいっしょっ、どっこいっしょ……」
この石臼、第二部隊の台所にあるのより重い。筋肉がブルブルと震え、ぶわっと額に汗を掻く。
二周回しただけでも、かなりの疲労感に襲われた。
ここで、アメリアが話しかけてくる。
『クエクエ?』
「え、いいのですか?」
『クエ!』
どうやら、アメリアが石臼を回してくれるらしい。お言葉に甘えて、代わってみる。
嘴で取っ手を咥え、器用にクルクルと回していた。
「わっ、アメリアすごい! 力持ち! 最強の鷹獅子(グリフォン)!」
褒められて嬉しかったからか、羽根をバサァと広げている。
その上、回す速度も速くなった。どうやら、褒めたら伸びるタイプのよう。
石臼の中のビスケットとチーズを粉末にしている間、私は鍋を用意する。中に水を張り、お手製の出汁と塩気が強いソーセージを輪切りにして投入。ぐつぐつと煮こんだ。
ここで、ビスケットとチーズが粉末になったのでボウルに移し、この中に粉末凍み芋も加えた。
水を入れて練り、団子状に丸める。このあと茹でなければならないので、団子の真ん中をぐっと潰し、おへそみたいな形にした。
このお団子は、一度茹でて火を通す。プカプカと湯の中に浮いたら掬い出した。
食感はどんな感じだろうか。茹で上がったばかりの団子をアルブムと半分こにして試食してみた。
「あ、すごい、モッチモチ!」
『モチモチデ、オイシイネエ』
ほどよい塩気があって、食感も良い感じだった。これならば、スープに合うだろう。
ここで、採れたての野草を刻んで入れる。
シャキシャキの食感を残したいので、余り火を通さないようにした。
最後に、塩胡椒で味を調えたら完成。
題して、『冬と春の恵みのスープ』!
食堂に運ばなければ――と、鍋に手をかけようとした瞬間気付く。鍋の中身は十人前以上。なので、私の細腕では持ち上げられないだろう。
ちょうど、台所の前をガタイの大きな幻獣保護局のおじさん局員が通ったので、持って行ってくれないかとお願いした。
その後、侯爵様に食事ができたという旨を報告。第二部隊の面々が見張り役を代わり、全員集合してもらった。
皆、一様に顔色が悪い。侯爵様も疲れているのか、目の下に濃いクマが。可哀想に。
「冬と春の恵みスープです。滋養強壮効果のある野草……ではなくて、薬草が入っているので、残さず食べてくださいね!」
野草と言った瞬間、皆の表情が固まったので、薬草と言い直してみた。遅いだろうけれど。
アジトにあった木の器にスープを装い、匙も並べていく。
もちろん、侯爵様の分も用意した。
幻獣保護局の局員達は神に祈りを捧げたあと、恐る恐るといった手つきだった。
最初は侯爵様が食べる様子を皆で見守る模様。私も、ドキドキしながらじっと眺める。
一口、湯気の上がるスープを冷まさずに飲んでいた。熱くなかったのか。表情一つ変えなかったが。
「……局長、どうですか?」
あまりにも反応がないので、局員の一人が質問を投げかける。
「悪くない」
おいしいんだか、おいしくないんだか、よくわからない 微妙な感想をいただきました。ありがとうございます。
とりあえず、不味くないとわかったからか、局員達も食べ始める。
「……普通にうまい」
ボソリと呟かれた声を聞いて、ホッとひと安心。
他の局員は「素朴な味……」とか、「お母さんの料理みたい」とか、侯爵様に倣っておいしいんだか、おいしくないんだか、よくわからない感想を漏らしていた。
近くに座っていた女性の局員に、お口に合ったかと質問してみた。
「味など、大丈夫でしたか?」
「あ、はい。食欲がなかったのに、食べられます。スープの、ぴりっとした風味とほどよい塩気がいいですね。薬草の苦味も、なんだか疲れを癒してくれるような気がします。あと、このモチモチしたお団子がおいしくて……。これは初めて食べるのですが、いったいなんなのでしょうか?」
私はドヤ顔で答えた。
「幻獣保護局の携帯食の中にあったビスケットと乾燥チーズ、凍み芋の粉末を混ぜて作ったものなんですよ」
「え? そう、だったのですね! びっくりしました。あのビスケットとチーズが、こんなにおいしくなるなんて」
スープの出汁に携帯食のソーセージも入っていると教えてあげると、さらに驚いていた。
「お口に合わない物でも、工夫次第でご馳走になるのですよ」
「へえ、すごいですね。ちなみに、作り方をお聞きしても?」
「いいですよ」
冬と春の恵みスープの作り方を教えてあげた。粉末の凍み芋がないので、ただの春の恵みスープになるけれど。凍み芋の代わりに、水団粉を使っても作れるので、挑戦してほしい。
他にも、ビスケットと薬草で作るなんちゃってお粥とか、ビスケットとチーズを砕いて作るパンケーキもどきとか、いろんな料理を提案してみた。
「ありがとうございました。あとで、作ってみます」
「ぜひぜひ!」
局員達は温かいスープを食べて、顔色が良くなった。侯爵様も、眉間の皺が消えている。
「残りは第二部隊の者達で食え。この先、陽が暮れるまで食事をする時間もないだろうから」
「侯爵様、ありがとうございます」
現在、三時のおやつの時間で、夕食には早いけれど、何か軽くお腹に入れておいたほうがいいだろう。
見張りを交代し、今度は第二部隊のみんなでスープを飲んだ。
残ったスープを分け合い、幻獣保護局の局員からもらったビスケットと共に食べる。
神様に祈りを捧げたあと、いただくことに。
ウルガスは一口食べて、ぱっと表情を明るくする。
「うわ~~、リスリス衛生兵、これ、おいしいです!」
「あら本当。とってもおいしいわ。メルちゃん、天才」
ウルガスやザラさんが絶賛してくれる。それを聞いて、心が満たされたのと同時に気付く。
どうやら、私は普段から大袈裟に褒めてくれる人達の中で料理を作っていたので、反応が薄いと物足りないと思うようになっていたようだ。
こんなほしがり体質になっていたなんて。恐ろしい。
反応がもらえる以上に、こうして私の料理で笑顔になってくれるのが嬉しい。
改めて、第二部隊のみんなが仲間で良かった。
今日は、それをひしひしと感じてしまった。