Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Unknown Ingredients!?
鞄の中には、無数の麻袋が入っていた。
「これは?」
「高級食材の『白米(アロース)』ですよ」
これを、お礼にくれるらしい。
一つ手に取って、グルグル巻きにしていた紐を解いてみる。
中に入っていたのは――真っ白い小粒の何かだった。
「これが、高級食材?」
「ええ、そうなんです。うちの村でのみ生産されていて、お貴族様相手に販売しております」
これがどうして高級食材なのか。分からない。
それよりも、ここでふと気付く。
「あ、おじさん、鞄を服に縫い付けているって嘘じゃないですか!」
「す、すみません。大事に思うあまり、手放すことができなかったものですから……」
まあ、ご不浄とか寝る時も白米と一緒だったとか、買う人も嫌だろうから良かったのだろうけれど。
「でも、ザラさんの腰が悪くなっていたら、どう責任を取るつもりだったのですか!」
「メルちゃん、大丈夫だから」
「ほ、本当に、すみませんでした」
まったく、決死の人命救助をなんだと思っているのか。
「それに、この白米はいただけません。騎士たる者、礼品などを貰うことは禁じられていますから。それに、これは大切な商品でしょう?」
「そうですが、危ないところを助けていただいたので」
白米の入った麻袋を差し出しても、商人は受け取らない。
「でしたら、こちらは差し入れ、というのはどうでしょう? 差し入れの受け取りは禁止されていないですよね?」
「そ、それは……」
「メルちゃん、いただきましょう。彼の気持ちも無下にはできないわ」
「え、ええ。そうですね」
私は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。では、ありがたく頂戴します」
「ええ、ええ。是非に」
ついでに、食べ方を教えてもらった。
「まず、白米を洗うんです。水が白濁になるので、それが薄くなるまでですね。だいたい、五~六回くらいでしょうか?」
「へえ、そんなにバシャバシャ洗うのですね」
「そうです。続いて、米の量と同じ量の水で炊き上げます」
しかし、炊いた米の匂いは独特らしく、初めて食べる人は味付きの白米にすると良いと教えてくれた。
「ありがとうございました。さっそく、試してみます」
「はい、ぜひ!」
その後、私とザラさんとで、商人を王都まで送る。
アメリアは若干嫌そうな感じで、乗せてやらなくもないと言っていたが、商人が怖がったので、徒歩で向かった。
「では、騎士様、ありがとうございました。このご恩は、忘れません!」
ブンブンと手を振って、元気よく駆けていく商人。
私とザラさんは同時に溜息を吐いた。
「なんか、疲れました」
「そうね」
早く帰りたい。その一心で、エヴァハルト伯爵邸を目指した。
◇◇◇
『にゃあ~~』
『みゃう~~』
帰って来るなり、白猫、黒猫コンビのブランシュとノワールが、ステラのもとへと集まって来る。興味津々のようで、キラキラした目を向けていた。
『ク、クウウウ……』
ステラは懐っこ過ぎる山猫を前に、完全に怖がっていた。アメリアの後ろに隠れようとするが、ブランシュとノワールがすぐに回り込んでくるので、涙目になっている。
戦闘ではあんなに勇敢なのに、普段はとても臆病な子なのだ。
商人のおじさんですら、ビクビクしていたし。
可哀想なので、助けてあげることにした。
「ほ~ら、ブランシュ、ノワール、アルブムちゃんですよ~」
『ヘ!?』
首に巻いていたアルブムを掴み、見せびらかす。もちろん、ブランシュとノワールは『わっ! アルブムちゃんだ!』と目を輝かせながら近付いて来た。
「遊んでおいで~~」
『エッ、チョッ、デエエエエ!?』
アルブムが逃げると、ブランシュとノワールは喜んで追い駆けた。
すまん、アルブム。しばらく、上手くやってくれ。
額の汗を手巾で拭い、ふうと溜息。
エヴァハルト夫人にステラを紹介しに行ったら、喜んでくれた。
大人しいワンちゃんだと、褒めてもらう。
ノワールは元気過ぎるらしい。
その後、ザラさんと二人で昼食作りをする。
使う食材は、もちろん商人からいただいた白米だ。
「すごい真っ白ですよね」
「ええ、そうね」
ザラさんは市場で米をみたことがあったらしい。食堂で食べたこともあるとか。
「でも、こんなに白くないの。もっと細長くて、ペラペラしていて」
「へえ、そうなのですね」
「上にソースとかかかっていたらおいしいの。でも、単体だとパサパサしていて、結構癖があるのよね」
「ふうむ。なるほど」
今回は商人に教えてもらった食べ方に挑戦してみる。
まず、鍋の中で白米をしっかりと洗った。
ガッシ、ガッシと、揉み込むように洗浄するらしい。白濁とした水を何度か変えて、また揉み洗い。そうすると、濁らなくなった。
鍋に、米と同じ量の水を入れて、火にかける。
しばらくすると、鍋から湯気が上がってくる。
「――ウッ!」
商人の言っていた通り、炊いた米から独特の匂いが漂う。なんと表現すればいいのか。
土の匂いを薄くした……とか? どう表現していいのか、分からない。
とにかく、ちょっぴり苦手な匂いだ。
「なるほど。確かに、癖のある匂いね」
「ですよね……」
貴族達はまず、スープに入れて食べるらしい。それから徐々になれていったら、白米のまま食べるのだとか。
「しかし、保存食としては最高ですね」
一年ほど保ち、さまざまな料理に使える。しかも、栄養豊富らしい。
「とりあえず、白米にかける料理を作りますか」
「そうね」
五日前に仕込んでおいた塩と薬草を擦りこませていた猪豚肉がある。それで、スープを作ることにした。
まず、猪豚肉を分厚く切り分けたものを鍋に入れて、水を入れて煮立たせる。
肉自体に味が付いているので、塩胡椒、迷迭草(ローゼマリー)を入れてぐつぐつさせる。
「白米はこんなものかしら?」
ザラさんが炊き上がった白米の蓋を開けた。
「……」
「ウワッ!」
フワフワと漂う湯気。広がる独特の匂い。慣れたら、これがたまらなくなるらしい。
「あら、綺麗」
ザラさんがそんなことを言うので、私も鍋を覗き込んだ。
「わっ、すごい!」
鍋の中には、ふっくら炊き上がった、白米が。一粒一粒がキラキラしていて、とても綺麗。
これは、貴族の人も夢中になるだろうと、納得してしまう。
スープ用の深皿に白米を盛り付け、その上にスープを注いだ。上に猪豚を載せたら『塩漬け猪豚のスープかけごはん』の完成だ。
『……パンケーキノ娘ェ』
「あ、アルブム。お疲れ様です」
よろよろになって戻ってきたアルブムを抱き上げる。食事の準備ができたと言うと、元気を取り戻した。
しかし、ブランシュとノワールに追いかけ回されたくらいでは、体重は減っていない模様。
なんか、いい減量方法を考えなければ。
部屋に食事を持ちこんで、祈りを捧げたあと、いただきますをする。
相変わらず、家具がないので、広げた敷物の上で食べる。まあ、遠征の時と同じような状況だと思えば、気にならなくもない。
アメリアとステラ、ブランシュとノワールは、仲良く果物を食べている。
皆、肉食っぽい見た目なのに、果物大好きなのだ。
「では、いただきますか」
「そうね」
まずは、皿を鼻先に近付ける。
独特な匂いは、スープをかけたら気にならなくなった。肉と薬草の良い香りがして、食欲がそそられる。
匙で白米を掬って食べてみた。
「――むっ!?」
なんだろう、これは!
モチモチしていて、甘味があって、おいしい。匂いはアレだけど、味はかなりイケている。
スープを吸い込んで、味わいがさらに深くなる。
煮込んだ猪豚はほど良い塩加減で、薬草を揉み込んでいるので、香り豊かだ。
これは、おいしい。かなり好きな味だ。
食べきったころには、額に汗が浮かんでいた。
「白米って、おいしいんですね」
「私も驚いたわ」
「もしかしたら、市場に売っている米も、調理法次第では、おいしくなるかもしれません」
一杯食べただけでお腹いっぱいになったので、遠征に持ち込む食材として最適だろう。
今度買いに行って、いろいろ調理を試してみたい。
未知の食材発見に、ワクワクしてしまった。