Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Rhombus fruit soup
他所の国の大英雄を騎士隊に引き入れようとするなんて。
それにしても、彼(か)の大英雄様はいったい何をしに来たのか。謎過ぎる。
ちなみに、大英雄様は山岳地帯にある、とある貴族の別荘を買い取ったらしい。取引は代理人が行ったので、本人がどういった人物であるかはわからないままだったという。
社交界へのお誘いはすべて断られ、王族との面談も叶わなかったらしい。
ただ一点、大英雄に挑む自信がある者は訪ねてくるといいという、挑戦的なお言葉を預かっていたらしい。
その、大英雄に挑む栄誉を、私達は任されたようだ。
幻獣二体に妖精、精霊がいたら勝てるかもしれないと思ったのだろう。
しかし、スラちゃんはともかくとして、アメリア、ステラ、アルブムの戦闘能力は期待しないほうがいいだろう。
「とりあえず、急ぎの案件ではないらしい。ゆっくり目的地に向かって、交渉してくるように言われたが……」
ちなみに、移動時間は馬で五日、山岳地帯からは大山羊(カザー)に乗って、崖のような山道を岩から岩へと飛び移るように使うのだとか。
考えただけでも恐ろしいけれど……。
出発は今かららしい。食材は準備してあるので、大丈夫だろう。遠征というわけではないので、食事のすべてを自炊するわけでもないし。
準備を始めるように、隊長から命じられる。みんな散り散りになっていたが、リーゼロッテだけは、難しい顔をして立ちつくしていた。
「セレディンティア国のアイスコレッタって……」
リーゼロッテがポツリと呟く。
「リーゼロッテ、何かご存じなのですか?」
「ええ。アイスコレッタ家の直系、傍系と合わせて三つくらいあるんだけれど」
一つ目は魔法大国メセトニアにある、本家。
「言わずと知れた魔法使いの名家で、大貴族でもあるの」
「ほうほう」
歴史に残る偉大な魔法使いを何名も輩出しているらしい。
「二つ目は、リードバンク王国」
リードバンク王国は北方にあるそこそこ大きな大陸だ。妖精族や獣人が多く住んでいる土地として有名である。
「数千年前に、アイスコレッタ家の人が婿入りしているの。その人は、魔法を使った文化発展に大いに活躍したそうよ」
偉大なる人物の名は、ウィオレケ・アイスコレッタ。
現代に残る魔法使いのために、多くの魔法書も出版したらしい。
「三つめが、セレディンティア国のアイスコレッタ=ペギリスタイン家」
本家アイスコレッタ家のご令嬢が、セレディンティア国の王族に嫁いだあと栄えた一族らしい。もう一人、国内でもっとも有名な大英雄がいたという、とんでもない一族だ。
「でしたら、今回のアイスコレッタ家の方は王族の血を引いているのですね」
「ええ、そう。継承権はとうの昔に放棄しているらしいけれど」
語る途中から、リーゼロッテの表情がどんどん険しくなっていく。
「どうかしたのですか?」
「いえ、ウィオレケ・アイスコレッタの魔法書の一ページに書いてある言葉があるんだけど」
――魔法使いはアイスコレッタ=ペギリスタイン家の者と出会った場合、即座に回れ右するように。
「……どういう意味ですか?」
「変わり者の一族なので、関わり合いになるなってことらしいの」
「へ、へえ……」
たしかに、社交界で華やかに生きる身でありながら遠く離れた国にやって来て、引きこもりみたいに暮らしているという点は、変わり者としか言いようがないだろう。
「っと、話をしている場合じゃないわ。遠征の準備をしなきゃ」
「ですね」
私はリーゼロッテと別れ、食糧庫に向かった。
◇◇◇
「ニクス、今回は多めに入れますね」
『了解だよん』
保存食の入った瓶を次々と入れていく。
前回の遠征で戦った巨大烏賊の残りは塩漬けにしてみた。とてもおいしそうだ。
甘酸っぱい幻灯の実は砂糖煮込み(メルメラーダ)にしてみる。これに関しては、私は食べないほうがいいだろう。もう、光りたくないし。
パンにビスケット、乾燥果物など、長期の遠征なのでどんどん鞄の中へと詰め込んだ。
「よいしょ、っと」
『オロ、オロロロロ……』
「あ、ごめんなさい」
詰め込み過ぎて、ニクスが嗚咽を漏らしている。急ぐあまり、申し訳ないことをしてしまった。
食料の準備が整ったら、着替えなどを取りに行く。
数日分のシャツや下着などを鞄に入れた。
「よし!」
『アルブムチャンモ、準備デキタヨ!!』
何かをパンパンに詰めた物を背負い、アルブムがよたよたと歩きながらやって来る。いろいろ詰め込み過ぎではないだろうか。
「アルブムもついて来るのですね」
『モチロン!』
だったら、ザラさんが呼んだ幻獣保護局の人に、アルブムを連れて行くと伝えておかなければ。
アルブムを肩に乗せて、外で待つアメリアとステラのもとへと向かった。
侯爵様に作ってもらった、鷹獅子専用鎧を装着しなければならないのだ。
そう思っていたけれど――。
「お、おお!」
すでに、アメリアは黒い鎧を装着していた。どうやら、幻獣保護局の人達がやって来て、装着してくれたらしい。
『クエクエ!』
「な、なるほど」
どうやら、アメリアが頼み込んだようだ。よく、クエクエ言われただけで理解できたな。
これも、幻獣愛がなせる技だろう。たぶん。
アメリアには、ガルさんが跨ることになっている。任せていたら、襲われても対応できるだろう。ステラは頑張って、走ってついてきてくれるようだ。
三十分後に集合し、馬車に乗りこんで出発する。
◇◇◇
シエル・アイスコレッタの住む山岳地帯まで片道五日という、長い旅路になる。
御者は騎士隊が用意してくれた。
ガルさんはアメリアに跨り、隊長は馬を駆る。
馬車の中には私とリーゼロッテ、ベルリー副隊長、ウルガス、ザラさんの五名が乗っていた。
アルブムはウルガスの膝の上にいて、お腹を撫でてもらっている。幸せそうに目を細めていた。
リーゼロッテはアイスコレッタ家の歴史という本を読んでいた。騎士隊の蔵書の中にあったらしい。しかし、メセトニア国直系のアイスコレッタ家の歴史が書かれているもののようで、ガッカリしていた。
ベルリー副隊長は足を組み、ナイフの手入れをしていた。その姿が、なんだか様になっていてカッコイイ。
ザラさんは隊長の外套を繕っていた。目立つ場所が裂けていたらしい。チクチクと丁寧に縫っている。
私は、みんなの健康状態を衛生士の管理帳に書き込んでいた。きちんと朝食を食べたか聞き回ったが、寝坊をしたウルガスが何も食べていないとのことで要注意人物となった。
途中、馬を休ませるために池付近に馬車を停める。
そこは、水草が浮かぶ綺麗な池だった。
「あ!!」
そこで、私はある食料を発見した。
「ザラさん、菱(ヒシ)の実がありますよ」
「菱の実?」
ザラさんは知らないようだ。というか、水草自体、生まれ育った雪国では見たことがなかったらしい。
「そうですね。確かに、水草は気候が温暖な場所によく生えているような気がします」
菱は水底より蔓を伸ばし、水面を葉で覆う。人差し指と親指を丸めたくらいの実を付けるのだ。
「この実が、素朴な味わいでおいしいんですよ」
昼食のスープに入れようと思い、手を伸ばす。
「メルちゃん、危ないから、私がするわ」
「え、そうですか?」
なんか、最近みんな過保護なような気がする。大丈夫なのに。
でもまあ、せっかくの申し出なので、お言葉に甘えさせていただいた。
ザラさんは長い手を伸ばし、菱の蔓を手繰り寄せる。
「よいしょっと。メルちゃん、これでいい?」
「はい!」
実を千切って、蔓は水面に戻す。けっこうな量が採れた。
「これ、面白い形をしているわね」
「ですね」
先端は尖っていて細長く、少し曲がっている。
「大昔は、武器として使っていたのですよ」
「武器?」
「はい」
菱の実を乾燥させると、カチコチになる。すると、実の先端が針のように鋭くなるのだ。
「毒を塗って、投げつけるんです」
「なるほど。なかなかえげつないわね」
「ええ」
途中から、おいしい実であると発覚し、武器として使われることはなくなったらしい。
「よし、調理に取りかかりますか!」
「手伝うわ」
「ありがとうございます!」
まず、菱の実を剥く。ここでも、ちょっぴりスラちゃんに協力してもらった。
「このままだと、アクがあるんです」
「そうなの?」
そうなのです。
二時間くらい水にさらしてアクを抜かなければならないんだけど、その時間はスラちゃんを使って省略させた。
皮を剥いた菱の実をスラちゃんに食べさせる。口の中でもごもごと動かし、アクはぴゅっと吐き出された。
「スラちゃん、ありがとうございます」
「便利ね。一家に一匹ほしいわ」
「本当に。スラちゃん、頼りにしていますね」
スラちゃんは任せなさいと、胸をドン! と叩いていた。
鍋に菱の実、塩漬け猪豚肉、乾燥野菜を入れて、しばし煮込む。
味付けは香辛料、酒、砂糖を少々。
完成間近で、アルブムがやって来る。
『ア、料理、手伝ダオウト、思ッテイタノニ!』
アルブムはウルガスの膝の上で爆睡していたので、起こさずに放っておいたのだ。
「お手伝いしなくても、食べてもいいんですよ」
『イ、イイノ?』
「ええ、もちろんです」
『パンケーキノ娘ェ、アリガトウ』
「いえいえ」
そんなアルブムに、ちょっとしたお手伝いを頼む。
「食事の準備ができたと、みんなに知らせに行ってくれませんか?」
『ウン、ワカッタ!』
いつもは鍋を叩いて食事ができたことを知らせていたけれど、この前叩き過ぎて鍋が凹んでいたのだ。やりすぎると鍋がダメになる。自粛中であった。
アルブムのおかげで、散り散りになっていた隊員達が素早く呼び寄せることに成功した。
食前の祈りを捧げ、いただきます。
隊長は皿を持ち上げ、目を細めている。
「おい、リスリス。なんだ、こりゃ?」
「菱の実のスープです」
池の水草から採った実だと説明する。みんな、食べたことがないからか、不思議そうな表情でスープを覗き込んでいた。
「おいしいですよ」
私は匙で菱の実を掬い、パクリと食べた。
ああ、おいしい。
実はホクホクしていて、ほのかに甘みがある。濃い味付けのスープと、また合うんだ。
塩漬け猪豚は脂身が甘くて、肉はやわらか。ほどよい塩味がたまらない。
「メルちゃん、おいしいわ」
「よかったです」
初めて食べるザラさんも気に入ってくれたようだ。
なかなか食べ応えがあるので、満足感もある。
隊長は瞬く間に食べ終えたようだ。どうやら、おいしかった模様。
水辺のごちそうを、存分に堪能した。