Rice for Enoch’s Second Expeditionary Unit
Handmade rosemary tea and the secrets of a great hero
とりあえず、大英雄シエル様のお腹は満たされたので、ひとまずホッ。
隊長は村人の避難をさせたザラさんのもとへ行くと言う。
「リスリス、大英雄の世話は任せた」
「え、そんな!?」
私みたいなエルフ風情が何か失礼なことをしてしまったら、大変なことになる。
「あ、あの、ここは、山賊みたいだけれど、一応貴族で教養豊かな山賊が大英雄様の傍付きをしたほうが?」
「誰が山賊だ!」
「ひえっ!」
怖い顔で怒られる。
自らの発言を思い出し、間違いに気付いた。
「す、すみません。山賊みたいだけれど、一応貴族で教養豊かな隊長と言おうとしたんです」
「山賊みたいという点が余計だと言ったのだ!」
「あ、そうでした」
真剣に謝罪する。心の広い隊長は許してくれた。
「まあいい。任せたぞ」
「はい」
そう言って、隊長はガルさん、リーゼロッテも伴ってザラさんのもとへと向かった。
残されたのは――ウルガスのみ。彼もまた、雨の日に捨てられた子犬のような表情でいた。
「リスリス衛生兵、俺、なんかすることありますか?」
「えっと、特に何も……。あ、いえ、あそこにある木の実の採取をお願いします」
きっと、今から炊き出しをし直すことになるだろう。使える食材は一個でも多いほうが良い。
「落ちている物は渋くて、木になっている物が、食べられる木の実だそうです」
「わかりました。木に登って採ってきます」
「お気をつけて」
「リスリス衛生兵も」
互いに敬礼しあい、健闘を称えたあと別れる。
『パンケーキノ娘ェ。アルブムチャンモ、ヤルコトアル?』
「え~っと……」
シエル様のほうを見ると、目が合ってしまった。微妙に気まずい。
何を話しかけたらいいのかわからないし、かと言って放置もできないし、
「そうだ。アルブム、大英雄様とお喋りできます?」
『アッチノ、オ爺チャント?』
「ええ、そうです」
何か交換条件が必要か? そんなことを考えていたが、アルブムはあっさりと頷く。
『イイヨ』
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私は湯を沸かす。食後のお茶でも入れようと思ったのだ。
一方で、アルブムはちょこちょこと走ってシエル様のもとへと行く。
いったい何を話すのか。耳を傾けてみる。
「なんだ、お主は? 森の妖精だったか?」
『アルブムチャンダヨ』
「アルブム・チャンか」
『ソウダヨ』
「私は――シエル・アイスコレッタ」
『ヨロシクネ』
「うむ」
案外普通に話をしている。シエル様は妖精であるアルブムに、敬意を払っているように見えた。
アルブム・チャンと、名前は間違った覚え方をしているけれど。まさか、妖精が自分のことをちゃん付けで呼んでいるとは思わないだろう。
ウルガスもアルブムチャンさんとか呼んでいるし……。いや、呼び方はどうでもいいか。
私は話を聞きながら、一昨日採取していた迷迭草(ローゼマリー)を取り出す。これで、薬草茶を作ろうと思ったのだ。
作り方は簡単。迷迭草をそのまま鍋で炒るだけ。
生のままでも淹れることはできるけれど、渋みが強いので一度水分を飛ばす。
アルブムは話を続けていた。
『鎧ノオ爺チャンハ、ドウシテココノ国ニヤッテキタノ?』
いきなり核心を突く質問をしてくれた。
セレディンティア国の大英雄がなぜこの国に? というのは、誰もが気になる疑問であった。
「それは――老後の『すろーらいふ』をしたかったからだ」
『スローライフッテ?』
「詳しくはわからんが、異世界の言葉で、ゆっくりのんびり、自然の中で恵まれた暮らしをすることらしい」
『フ~ン』
この国には異世界からやって来た人達から伝わった言葉や文化があるらしい。
言葉など、知らないで使っている場合もある。
異世界人はこの世界の者が召喚術で呼び寄せるらしいが、現在は禁術となっているとのこと。
それはともかくとして、シエル様はこの国に『スローライフ』を営みに来たということが発覚した。
「人気(ひとけ)のない山で、私の友であるコメルヴと共に移り住んだのはいいものの、すろーらいふはとても過酷だったのだ」
シエル様は、異世界の物語を参考にスローライフを始めたらしい。
本の内容は、元勇者の青年が一人きりで野山を開拓し、おいしい物を食べ、たくさんの人との出会いを経て、幸せそうに暮らすというものだったようだ。
元勇者という点が、大英雄であるシエル様と共感するような点だったのだろう。
「物語の中であった、木造の家を造ろうとするも、木を伐採したらキノコが生えていることに気付いた。そのキノコを食べた私は、今まで味わったことのない苦しみを覚えた」
『毒キノコダッタンダネェ』
「然り! セレディンティア国最強の戦士と言われた私をここまで苦しめるとは……。コメルヴがいなかったら、確実に死んでいた」
なんというか、いろいろ無茶をしている。
そんなシエル様の出足から躓いたスローライフであったが、そのあとも思うようにいかなかったらしい。
「野生肉の不味さ、木の実は酸っぱい、魚の泥臭さ……物語にあったすろーらいふと現実は、まったく違ったのだ!」
その辺は、処理や旬によるものだろう。
野生肉は血抜きをしないと不味いし、木の実は熟れないとおいしくない。川魚は泥を吐かせる必要がある。
物語の中では、そこまで書いていなかったのだろう。
『国ニ、帰ロウト、思ワナカッタノ?』
「私は、家族や周囲の者と大喧嘩をしたのだ」
シエル様が憧れるすろーらいふは、周囲の人達に理解されないものだったと。
家出同然の状態で、この国にやって来たようだ。
「私はすろーらいふを成功させるまで、家に帰れん。それに――」
物語の中で元勇者の青年には、さまざまな出会いがあったらしい。
その中で、シエル様は果たしたいことがあると言う。
「すろーらいふをしていると、はーれむと呼ばれる状態になるらしい」
『ハーレム?』
「そうだ。私ははーれむ状態というのに、非常に興味がある」
ハーレムとは、どういう意味なのか。私も聞いたことのない異世界語だ。
「私ははーれむの意味を、文献などを使って独自で調べてみたのだが――はーれむとは、さまざまな者と出会い、何かをするものだと思われる」
その何かは、いまだ不明らしい。
「私の想像では、はーれむとは家族よりも濃い、縁(えにし)を示す言葉だと、思っている」
シエル様は、はーれむという言葉に強く惹かれてならないと言っていた。
話を聞きながら、お茶を淹れた。黄金蜂蜜を入れたので、いつも以上においしいだろう。
コメルヴとアルブムにも、黄金蜂蜜を溶いた蜂蜜湯を持っていった。
保存食のビスケットと果物の砂糖煮込みを茶菓子とする。
「お茶の用意ができました」
机はないので、地面に置いた。
シエル様はカップを手に取り、不思議そうな顔で匂いを嗅いでいる。
「なんだ、これは?」
「迷迭草という、薬草から作ったお茶になります。疲労回復効果がありまして……」
「茶を、自分で作ったのか?」
「え? はい」
「自分で、薬草を探して?」
「はい」
「これは……すごい。すさまじく、すろーらいふ的な茶だ」
なんか知らないけれど、手作りのお茶がこんなに受けるなんて。
シエル様は恐る恐るといった感じで、お茶を飲む。
「う、うまいぞ!」
「あ、ありがとうございます」
作り方を聞かれたので、説明する。
「ふむ、鍋で炒るのだな。その、迷迭草というのは、特別な場所にしか自生しないものなのか?」
「いえ、その辺によくありますよ」
「なんだと!? 今まで、気付かなかった」
具体的にはどのような場所にあるのか。
詰め寄られるも、迫力がすご過ぎて後退してしまう。
『マスタ、コメルヴ、迷迭草のある場所、知っているよ』
「まことか!」
コメルヴはこっくりと頷いた。さすが、植物系の精霊。その辺は詳しいようだ。
ちなみに、コメルヴの言っている『マスタ』というのは、異世界語で『ご主人様』という意味らしい。シエル様がそのように呼ぶよう、命じているのだとか。
「エルフの娘よ、そなたはすろーらいふに長けていると見える」
先ほどの野外料理も含めて、素晴らしいものであると評価してくれた。
「名は、なんという?」
「メル・リスリスといいます」
「そうか。では、リスリスよ」
何を言われるのかと、構えてしまう。
失礼なことはしていなかったと思うけれど……たぶん。
そんな私に、シエル様はとんでもないことを言ってきた。
「お主を、私のはーれむの一員とする!」
「え!?」
よく意味がわからないけれど、私はシエル様のハーレムとやらの一員に選ばれてしまったらしい。
続けて、シエル様はアルブムのほうを見て、真面目な顔で言った。
「アルブム・チャンよ、妖精ながら話術は見事なものだった。お主も、はーれむに入れてやろう」
『ア、アルブムチャンモ、ナンダ……』
アルブムまでハーレムの一員となるとは。
それにしてもシエル様、ハーレムの意味をきちんと調べてから使ったほうがいいですよ。
なんだか、嫌な予感しかしない。